2.狩り祭りのお知らせ
色々とばたばたしていたから、勇者様に2人の紹介するのが遅れたけれど。
何とか勇者様の傷の手当ても一段落。
聞くところによると勇者様、故郷にいる頃にあらゆる薬物への耐性をつけたとか。
お陰で毒だけでなく、普通の薬は風邪薬ですら効かないとか。
………お国で、一体どんな生活してたんだろ。
耐性つけるだけにしては、明らかに過剰な耐性の付け方に、胡乱な目をしてしまう。
そんな無茶な耐性の付け方をして、今まで怪我や病気の手当はどうしてたんですか?
聞いてみたら、こんな答えが返ってきた。
「病気は身体を鍛えたお陰か、滅多にならない。なっても軽い風邪程度だから自力で治していた」
「それじゃあ、お怪我は?」
「ソレに関しては、城の魔法使いに特別に強力な物を調合して貰って…」
「身体に悪そうですね」
「まあ、消毒や止血程度だったら普通のでも辛うじて効いたから」
「つまり鎮静剤や湿布剤なんかは効かなかったんですね」
「…そうとも言うな」
魔境に来てからも、勇者様はお手持ちの特別な薬だけを使っていたそうですが…
どうやら、この村の薬師が使う薬を侮っておいでのようですね。
ばっちり効く薬を処方して差し上げましょう、驚くが良いです。
--勇者様からは、今回も良いリアクションをいただきました。
普通の人間用じゃ効き目が期待できなかったのが難題でしたね。
さり気なく魔族用の強い薬を使ったのは勇者様には内緒です。
私の目配せに心得たと返し、むぅちゃんとめぇちゃんは不自然にならない範囲で薬瓶の隠蔽に協力してくれました。
瓶のラベルにくっきり大きく書いてましたからね、魔族用って。
「ひそひそ(勇者様の気を逸らしてくれてありがとう)」
「ひそひそ(いえいえ。このお礼は今度ね)」
「こそこそ(魔法薬の媒体にするから、魔王城から魔石をちょろまかしてきてくれ)」
「ひそひそ(了―解)」
私達は、仲良しさんです。
なんとか持ち直した勇者様。
彼に鉄分ジュースを振る舞いつつ、治療の終わった傷に包帯を巻いていた時です。
もう今夜は誰も来ないだろうと思われた作業場に、新たに更にもう1人。
ばんっっ と、荒々しい音と共に乱暴にドアを開けて飛びこんできたのは。
「おい、リアンカいるか?」
あらまあ、まぁちゃんですよ。
魔王様な私の従兄さんは、何の脈絡もなく現れました。
だけどその姿が…
あれー…なんでそんな、完全装備?
まるで黒鳥かのごとく優雅なその姿。
いつもは鬱陶しがってつけない黒いマント。
夜空の様な黒が踝まで覆い、しかし翻る様は軽やかで重さを感じさせない。
一部を黒絹の紐で引き締めてアクセントを付けたひらひら衣装。
やはり黒いソレは、だけどマントとは違う黒曜石の様な光沢を持っています。
帯びた魔力の煌めきだけでも豪華な輝きを放っていますが、裾に縫いつけられた宝石や銀糸の刺繍が輝きを反射し、キラキラと一層煌びやかです。
腕の手甲や頸環には赤い宝石。中では炎が瞬き、踊っていますね。
面倒がって付けたがらないサークレットも、今日は珍しく装着済です。
そこに輝く宝石は、手甲や頸環と揃いの赤。わあ、今日は赤祭りだね。
いつも適当な髪も、紅石飾りの付いた黒絹の紐で結ばれて。
黒と、銀と、赤い彩りで飾り立てられたまぁちゃんの姿は、どこから見ても「魔王」そのもの。
略式正装でも充分に豪華なまぁちゃんが、其処にいた。
「まぁ殿、なんだその仰々しい格好は…」
勇者様もまぁちゃんの雰囲気に呑まれかけています。
今のまぁちゃんには意識を呑んでしまいそうな雰囲気があって危険です。物騒です。
私達の目の前には、「魔王」姿の艶やかまぁちゃん。
略式正装の分まだマシだけど、それでも充分に目がチカチカする。
美々しく麗しく、物々しい。
魔王にとっては、正装=武装だと知る私達(勇者様を除く)。
みんなで一斉に何事だという顔でまぁちゃんを凝視してしまいます。
困惑する私達を前に、まぁちゃんが声も高らか宣言しました。
「狩り祭りが始まる! だからちょっと薬を分けてもらえないか!?」
どこか慌てながらも楽しそうな、その顔。
私やむぅちゃん達も、わっと声を上げました。
「開催場所…対象種族は!?」
「どこからお知らせがあったの、まぁちゃん」
「ふふふふふ…っ 今回は期待できるぞ? カーバンクルだ!」
「カーバンクル!」
その単語を耳にして、いきなりむぅちゃんが興奮を増しました。
勢い私の肩を掴んで、ぐいぐい揺さぶってきます。
「それ、北方の緋赤森に行くってこと!?」
「まあ、あいつら緋赤森に棲んでるからな。当然、行くが?」
「じゃ、じゃ、じゃあっ」
「薬草は採ってこないぞ」
昂ぶるままに頼み事を口にしようとしたむぅちゃん。
だけどまぁちゃんが機先を制して断った。
拒否の文言を聞いたむぅちゃんが、絶望に固まる。
「な、なんでっ」
「なんで、ってお前な、よく考えろ? 俺は薬草の知識はからっきし。他の材料となると、更にわからん。どれが固有の珍しい種だとかわかんねーからな? そんな俺が単独で採ってこれるか」
「単純に嫌だからとかじゃなくて、無理だからって理由で断るからまぁちゃん優しいよね」
要知識の今回は無理でも、まぁちゃんは結構簡単に使いっ走りを引き受けてくれます。
たまに思うんですけど、そんな魔王ってどうなんでしょう?
密かに首を傾げていたら、むぅちゃんの矛先がこっちに来た。
眉間にぎゅっと寄せられた皺が、年齢不相応でちょっと心配。
「じゃあ、リアンカ! 君、陛下と一緒に行ってきて!!」
「ええっ 私、帰ってきたばっかりなのに!?」
じゃあって、何ですか。じゃあって。
かなり適当な気がしますけど…そんな物のついでの様に…。
「良いから、一緒に行って採取に励んできてよ。その間の作業はこっちで負うから」
「ちょっと待ってよ。それ以前に私が狩り祭りについて行ってどうするの。今まで一緒に行ったことはないし、邪魔になっちゃうよ」
「リアンカがそんな殊勝なことを言うとは思わなかったよ」
「むぅちゃん酷い! 私だってたまには遠慮するよ!」
「遠慮する必要なんて、ない。緋赤森は滅多に行ける距離じゃないし、彼処に生えている…彼処にしか生えていない薬草は今が収穫シーズンなんだ。丁度良いから色々採ってきて」
なんたることでしょう。
旅路から帰ったばっかりだってのに、同僚に早々と出張を申しつけられるとは…。
まあ、別に私も苦になる訳じゃないけど。
でも休む暇もないとはこのことだよね?
フットワークの軽い若者じゃなかったら泣くよ?
まあ、私はフットワークの軽い若者だから、まだ平気だけど。
でも他人への要求としては、ちょっと過酷じゃないかなぁ…?
「いつも僕らに仕事を残して出かけるじゃないか。どうせだったらお願い聞いてよ」
「う…それを言われると、受け入れざるを得ないよ」
弱いところを突かれてしまい、お願いを聞くしかない気分になってきました。
実は以前から狩り祭り、見物したいとも思ってたんだよねー…
………うん、丁度良いかな。
「そんな訳だから、まぁちゃん」
「リアンカ、お前なぁ…」
…溜息吐かれた。
でもまぁちゃんが、仕方のない奴って苦笑を浮かべる。
おや、結構好感触?
もしかして、脈有り?
なんだかんだでやっぱり、まぁちゃんは私に甘い。
それをわかっていながら、私の方も遠慮はしない。
「まぁちゃん、狩り祭りについて行って良い?」
「しょうがねーな。別に来るのは構わねーけど、知っての通り物騒な祭りだ。護衛ナシには承諾できねぇな」
そう言って、まぁちゃんがチラリと意味ありげに勇者様を見る。
見られたことに気づいた勇者様もまた、まぁちゃんを見つめ返した。
「それはつまり、俺にも同行を…と?」
「おー。狩り祭りは魔族の祭りだけどな。でも、ま、大した問題はないだろう。また今度はお前が正義と民族意識の狭間で葛藤するかもだけどな」
「その不穏当な予告は一体…」
「ま、意に反することにはなんないと思う。リアンカを守るって大義名分もあるだろーし」
「祭りの概要を聞かないことには不安が…」
「勇者様、ついてきてもらっても良いですか?」
言い渋る雰囲気があったので、勇者様のお言葉を遮って懇願してみた。
食らえ必殺! 弱者の眼差し(上目遣い)!!
私の悲しげな眼差し(演技)に、勇者様はものの十秒で屈服した。
勇者様、ちょろいって言われません?
有る意味、女性慣れしていない勇者様は女の涙に弱そうな気がします。
仕方ないと同行を認めた勇者様の背の向こう…
薬棚を物色していたまぁちゃんが、さり気なくぎゅっと拳を握りました。
「よっし! これでせっちゃんの安全確保」
ああ、成る程。
勇者様を勧誘するなんて珍しいと思ったんですよ。
なんのことはなかったみたいで。
せっちゃん、いつも狩り祭りの時はお留守番だもんね。
どうやらまぁちゃんは、ただ勇者様ごとナシェレットさんを隔離したかっただけのようです。
こうして、私の同行に便乗する形で。
勇者様と光竜のにわか主従コンビの随行が決定しました。
魔族にとって、楽しいお祭りが始まろうとしています。