45.やらせ決着
後半、勇者様視点が入ります。
さて、何とか私も人質から解放されて、無事に? 展開の軌道修正ができそうです。
…ラーラお姉ちゃんが理性を無くして猛り狂っていたり、突出してきた兵士ABCをプロキオンさん達が翻弄していたりと、ちょいと大変なこともちらほらありますが…
まあ、その辺は無視して良いでしょう。
――遠目に見える、プロキオンさん達は…
「九九九九九…ッ
皆の衆、活きの良い魚も同然! この包丁『血みどろ男爵』の餌食にしてくれる…!!」
…いっちゃった目の魔族(包丁装備)が、独壇場状態で場を支配していた。
名前は確か、ベテルギウスさんだったかな…。
彼の握った包丁から、仄暗い深紅のオーラが立ち上る。
どう見ても禍々しい上に、血を求める怨念の声が微かに響いて…。
え、なにあれ。こわい。
「おい! 何だよ、その包丁! また『呪われた武器』か!?」
「好きだからって一々自分で装備するとか本当に馬鹿だろう、てめぇ!!」
「っつーか、包丁なのに血みどろ男爵ってなんだよ!?」
「どんな関連でそんなけったいな名前が付いた!」
誰よりも動揺し、翻弄されているのがお仲間さん達なんだけど…
あそこの魔族4人衆、チームワークは大丈夫なんでしょーか…。
「さあ、喰らうがいい! エチカ族長に借り受けた、包丁の威力!!」
「って、貸借品だよ! そういえば!」
「あの人、何考えてこんな物騒なもん、此奴に貸したの!?」
なんという混沌。
あそこは、今後どんな展開を見せるのか…
気にはなったけれど、なんだか怖かったので。
私はそっと目をそらした。
うん、今は勇者様とラーラお姉ちゃんに注目するべきだよね!
私は何も見なかった! ←魔法の呪文
さて、私が目線を逸らした先は、勇者様とラーラお姉ちゃん。
私という枷がなくなった今、彼らは全力でした。
「まぁちゃん、ラーラお姉ちゃん大丈夫かな」
「あー…正気に戻った時が怖いな」
「………自刃しそうになったら止めてね」
「ま、それは当然。一応、打ち合わせじゃお前がいなくなった時点で当初の予定通り…盛大に光の攻撃を演出して、その間にクレーター制作&ラヴェラーラ回収の予定なんだけど」
「今のお姉ちゃん、素直に回収されそうにないね」
「……だな」
ちょっとだけ困った顔をするけれど。
まぁちゃんにとって、そのくらいのことは本当だったら何でもないんだろうな。
部下だからといって手荒にすることに抵抗があるわけでもない。
ただ、ラーラお姉ちゃんには沢山お世話になったからなー。
私も、まぁちゃんも、せっちゃんやりっちゃんだって。
ああ見えてラーラお姉ちゃんはりっちゃんよりも年上で。
未熟で幼稚なお子様時代は、みんなお世話になって迷惑をかけた。
うん。特に私とまぁちゃんは盛大に振り回していた気がする。
頭が上がらないとまでは言わないけれど、昔を思い出すとちょっと申し訳ない気持ちになる。
後悔はしていないけれど、ね!
私がこう思うんだから、まぁちゃんだって多分似たようなものでしょう。
…粉塵爆弾の実験をやった時とか、巻き込まれてたし。
あの時は危うく爆死させるところだった。
許してくれたラーラお姉ちゃんの寛容さには驚いた、あの時。
…家畜小屋の天井をぶち壊しちゃった時にも、巻き込まれてたし。
あの時は危うくお姉ちゃんの騎獣を圧死させるところだった。
困ったように笑って「めっ」と注意するお姉ちゃんの心の広さに、以下略。
他にも色々、蘇る子供時代の悪行。
先代魔王の椅子を爆破しちゃった時には代わりに怒られていたし。
りっちゃんを氷河落として風邪を引かせちゃった時は、寝ずの看病をしてくれていたらしいし。
せっちゃんの長い髪でメドゥーサごっこをして遊んだ時は、もつれにもつれたせっちゃんの髪を涙目で綺麗にしてくれていたし。
まぁちゃんの魔法実験でお姉ちゃんの大事に育てていた鉢植えを駄目に…というか、バケモノにしちゃった時も悲しげに笑って最後は許してくれた。
……………今思い出しても、ろくなことしていませんね。私達。
それら全部を許して流してくれたお姉ちゃんの広い心に、改めて驚き戦慄した。
これはもう、頭が上がらなくなっていてもおかしくないレベルだよ。
それでも平然とお姉ちゃんを振り回す私達はちょっと行いを改めた方が良いのかも知れない。
そう思いながらも、結局はきっと改めないんだろうけど。
不憫なお姉ちゃん…勇者様並に運が悪いよ。
勇者様は幸運の女神に愛されているからなんだかんだ救いがあるけど。
でも、お姉ちゃんに救いはあるのかな…?
心配に眉を寄せる私の顔を、まぁちゃんが暫く見ていた。
それからぽんぽんと、私の頭を撫で叩く。
困った顔で見上げる私に、にやっと。
不敵な笑いが一つ、こぼれ落ちてきました。
「そんじゃ、後はまぁちゃんにお任せ。お前はここで大人しーく見物していなさい。俺がちゃちゃっと良いように片づけてやっからよ」
「え、ここに置いてくって…」
「後で回収してやるよ。此処なら安全安心、お留守番よろしく!」
「まぁちゃっ ……………もう、行っちゃったよ」
私の体をひょいっと降ろすと、しゅたっと木の上から飛び降り着地。
そのまま、すぅっと姿が消えて。
あ、穏形。
呼び止めることも叶わないまま、まぁちゃんは私を置いて去ってしまった。
………私を、コンドルの巣に残して。
「……………」
ちらりと、横目で隣を見る。
私を窺う、コンドルの雛と目が合った。
「………………………」
私をエサと思ったのか、突こうとしてくる。
2羽同時に向かってくるのを、何とか鋭い嘴を鷲掴みにして阻止。
だけど雛の癖に、結構力が強い…!
何とかしようとしても、両手が塞がれてちゃどうにも…!
私は一羽を全力で巣の端に放り投げると、素早く懐に手を走らせた。
とっておきの、この1本!
コンドルの将来を考え、なるべく後遺症的な影響のない、優しいお薬に手を伸ばす。
この程度の軽い薬だったら、耐性ができている。
だから自分への影響を気にすることなく、私は薬瓶を巣の中央に叩き付けた。
空気に触れると、一瞬で気化し、白い煙が巣の全体を覆った。
なんだか効果が派手に見えるけれど、正体は軽い眠り薬。
まだ幼く、耐性らしい耐性も持たない雛は、くらくら、ふらふら。
ゆっくりと身をもたげ、そのまま眠りの底へと沈んだ。
「ふぅ…助かった。これで何とか安全、かな」
私は自分の安全を確保して、巣の中に堂々と居座った。
後は親鳥が帰ってくる前に、まぁちゃんが帰ってきますよーに!
まぁちゃんがひた走った先では、勇者様と山羊が激突していた。
この字面だけ見ると、なんて平和なんだろう。
だけど実際は勇者(堕天使ver.)VS.黒山羊(異形)。
そんな2人の激突ですから、火花どころか閃光が散っている。
あああああ…ラーラお姉ちゃんの顔に傷が付きませんよーに!
私の虚しい祈りなど知らずに、2人は激しくぶつかり合う。
………勇者様、私の脅し覚えてないのかな?
どうやらそんなことは構っていられない感じのようです。
この上はまぁちゃんが上手くやってくれるよう、希望を託しましょう。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
飛べる時間の限界は、15分。
『あと2分~』
頭の中で、俺に同化したカラスの呑気な声が聞こえた。
もう、時間も残り僅か。
そろそろこの戦いも終わりにしたいんだが…
まぁ殿が、まだ現れない。
無事に終わるかどうかは、彼の手腕にかかっているのに。
内心で気を揉んでいると、チカッと目に鋭い光。
目が眩みそうになったが、それが『光』だと認識した瞬間に痛みも惑いも消えた。
多分、これも神の加護の1つなんだろう。
光を直視しても目にダメージを受けない。
その特性に感謝して、俺はちらりと何が光ったのか確認の目を向け…
まぁ殿を、見付けた。
見付けて、気付く。
あれはまぁ殿の合図だ。
準備が整ったから、いつでもやれという…。
まかり間違っても、本当に山羊を傷つけたりしないように。
俺は覚悟を決めて、大きく剣を振りかぶり――
次の瞬間、一際眩く全てを塗り潰す光が、戦場の空に炸裂した。
………俺じゃなかったら、失明レベルの光だった。
まぁ殿、容赦ないな…。
光が全てを覆い隠した世界。
そこで何が起こったのか、正確なところを把握できたのは俺だけだったと思う。
どんな強い光にも影響されず、ダメージを負うことなく光の中でも物を見ることができる。
陽光の神の加護を受けた、俺だけ。
そんな俺の目に、裏方で働くまぁ殿の姿は…くっきりと見ることができた。
俺の中のカラスと共謀して、戦場に太陽みたいな光を打ち上げたまぁ殿。
彼は1秒とて体を止めることなく、さささっと次の行動へ。
光に怯んだ山羊の背中を駆け上り、山羊の首筋まで素早く移動。
その延髄に、回し蹴りを放った。
瞬間、動きを止めて硬直する山羊。
山羊はゆっくりと崩れ落ち…
……る前に、先に地面へ飛び降りたまぁ殿が持ち上げた。凄い早業だった。
………力持ちだな、まぁ殿。
受け止めた山羊をゆっくり、音を立てないように地面に降ろすまぁ殿。
ああ、受け止めたのは消滅を演出する為か。
消滅していたら、地響き立てて倒れる音なんてしないよな。
地面に寝かせられた山羊の体が、僅かに光る。
劇的に縮んでいって…娘の姿になった。
嫁入り前の乙女って、本当だったのか…。
意識のない女性の姿をまじまじと見るつもりもない。
さっと視線を逸らすと、視線が逸れた先にはまぁ殿。
ぴっと人差し指を立て………指の先に、黒い…あれ、なんだ?
まぁ殿が黒い何か魔力の固まりのような物を、先程まで山羊がいたあたりに転がした。
瞬間。
一気に、音さえ立てずに地面が蒸発した。
そうしてできあがる、大きなクレーター………
「…………っ!!?」
その威力に、おぞましい程の寒気が…!
あ、あんな何でもないような風に、なんて恐ろしい威力の物を!
まぁ殿の実力の片鱗。
それを我が目で確認して、顔が盛大に引きつるのが分かった。
恐ろしさのあまり、体が強張る。
いつか、アレに立ち向かわないといけないのか……
ああ、ぞわぞわと誤魔化しようのない寒気が…。
「………修練、頑張ろ」
それ以外にどうしろと言うのか、ちょっと天の神々に細かいところ問い詰めてみたかった。
いつか、本当に人間をやめる羽目になるかもしれない。
その日が来ないことを祈りつつ、俺は時間切れで地上へと舞い降りた。
残された物は、大地のクレーター(作・魔王)。
この凄まじいえぐれようを、自分の仕業だと偽るのか…
なんだががっくりと、酷い疲れに襲われた。
【フリーダムな魔族4人の名前】
プロキオン 四人のリーダー 九つの武器を使いこなす
シリウス 寡黙な兄貴分 ハルバート装備
リゲル 男前な牡鹿 ダガー二刀流
ベテルギウス やんちゃな問題児 呪われた武器愛好家




