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44.無茶ぶり

 動転した気が、ようやっと収まってきました。

 普段、まぁちゃん以外の若いお兄さんに抱っこされる機会なんてそうそう滅多に…

 というか、皆無ですから。

 結構、意外に免疫ないんですよ。私。

 若い異性との触れあいとか…まあ、(たま)におんぶくらいならありますけど。

 その辺、私の父とかが五月蠅いんですよー。

 まぁちゃん相手なら、腐るくらいに頻繁にあるんですけどねー。

 だからつい、慌てて混乱しちゃったけれど。

 でも、これって救助ですよね!

 下心も深い意味もない、仕方のないこと。

 だったら、私も深く気にするだけ馬鹿らしいってものですよー! ←ヤケ


 私は持ち前の順応力と脳天気さで、うんと頷き顔を上げた。

 若い娘にあるまじき素早い精神の立て直しを発揮しました。


 私を抱き上げたまま、困った顔をしていた勇者様が、ちょっと目を見張りました。

 って、顔ちかっ!

 私も吃驚、つられて目を見張るけれど。

 そんな私に心配げな顔を向ける勇者様は、どうやら私の内心には気付かない。

 案じる言葉は確実に、恥じらいよりも驚き重視。

「………大丈夫か?」

「いえっさー。もう平気でっす! だからさっさと下ろして欲しい!」

「…まだ、ちょっと動転しているみたいだな。いきなりで俺も悪かったよ」

「いえ、私は助けて頂いた立場ですからー!」

「そんなに気にしなくても良い。ただ、こっちにも都合があるから」

 だから、私の救助を優先したと言いますが。

 その目が、遠く巨大山羊(異形)を見据えます。

 ………その目線に、何か不吉なものを感じました。

 これは、ちょっとこっちも動転している場合じゃなさそうですね。

 私は思わず、私を抱えた勇者様の胸元をぎゅっと掴みました。


 正確には、いつも勇者様が身につけているスカーフ…? マフラー?

 とにかく、首に巻いている細長い布製品を。


「ぐぇ…っ り、リアンカ、首、首!」

 あ、引っ張りすぎて首閉めちゃった。

 わぁお、勇者様チアノーゼ1歩前!

 まだ犯罪に手を染める気はないので、私は乞われるままに手を離しました。

 私が手を離すと、勇者様は器用にスカーフを後ろに流し、引っ張られない様に遠ざけます。

 そんなに私が信用できないのでしょうか?

 まあ、場合によってはまた引っ張りますが。


 私は、この時我ながら据わった目をしていたと思います。

 勇者様が、ぎょっとした顔で。

 鬼気迫る私の様子に、若干の挙動不審を見せましたが。

 そんなことはお構いなしに、私は勇者様の胸倉を掴んで脅しました。


 ああ、ここが高い空の上で良かった。

 お陰で、下界から私達の細かい様子は分からないでしょう。

 魔族はともかく、人間にはそんな余裕もないはずで。

 私が勇者様に凄んでいるのもわからない。

 だから私は安心して、勇者様の顔に顔を近づけて笑いました。

「勇者様…? ラーラお姉ちゃん、どうするつもりですか」

「………おねえちゃん?」

 分からないという顔をする勇者様に、私は黙って指差しました。

 地上から、こちらに猛り狂った威嚇を繰り返す、大きな大きな黒山羊(異形)さんを。

「………」

「……………」

「…………………おねえちゃん?」

 今度の声は、先程よりも更に怪訝そうでした。

「お姉ちゃんです、ラーラお姉ちゃん」

「ラーラ、お姉ちゃん…」

「あ、私の姉って訳じゃありませんよ。ただ、ちっさい頃からお姉さんみたいに面倒を見てくれたってだけで…まあ、その分だけ関わり深い、仲良しさんってことで」

「あの、山羊が」

「普段は山羊じゃありません! 山羊成分はもっと少なめです。あんなに大きくもないし」

 再度、勇者様の眼がラーラお姉ちゃんに向かいます。

 その目は、露骨に疑いの眼差しでした。

「それで何が言いたいかというとですね」

「あ、ああ。なんだ?」

「ラーラお姉ちゃんはああ見えて、嫁入り前のうら若き乙女なんです」

「まぁ殿と言っていることが同じだな…」

「ですから、あまり手荒な真似はしないでください」

「……あんなに猛って我を忘れた相手に、一切するなと?」

「……………最低限は仕方ないと認めましょう」

 そうですね。そこのあたりの譲歩は必要でしょう。

 でも、許しちゃいけない一線ははっきりさせておきましょう。


「ですが。何度も言いますが相手は乙女です。もしも一生残る傷でも作ろうものなら…」

「 ……まて。その先は、」

 何かを察した勇者様が、私の言葉を留めようとしたけれど。

 私はお構いなしに続けました。


「その時は、責任とって勇者様にお嫁に貰って貰いますからね」


 勇者様の顔が、悲愴な感じに。

 具体的に言うと、死神の群への特攻を強要された見習い僧侶みたいな。

 何とも言えない、絶望の顔がそこにありました。




 その後、私はなんとか無事日常へと戻りました。

 回収してくれたのはまぁちゃんです。

 勇者様は、刻々と飛翔の制限時間が迫る中、キッと山羊を見据えていましたが。

 心なしか、その手がカタカタ震えていた様な…。

 本人の承諾も無しに取り付けた一方的な宣言なので、本当にただの脅しだったんですけどね。

 あんなに思い詰めて本気にするとは。

 これは脅し大成功! と喜ぶべきか。

 それともやりすぎたと罪悪感を覚えるべきか。

 しかして後悔は一切していない私がいました。

「………と、いうような脅しを勇者様にした訳ですが」

「おお、偉いなリアンカ。敢闘賞を贈ってやろうか?」

「それはいいや。その代わり、今度一緒にピクニックに行こうよ。お弁当作って」

「お前、俺が料理できるって知ってから遠慮なくたかるな」

「そうなるって分かっていて料理の腕前披露したんじゃないの?」

「まあ、そのへんは予想もできちゃいたけどよ」

 正直、女としてのプライドも粉砕されそうですけれど。

 まぁちゃんは私よりも料理が上手だと思う。

 というか、自分で作った料理って、そこまで大袈裟に美味しいとは思えないんですよね…

 誰かが美味しいって言ってくれても、自分で作った料理だと有難味もない。

 どうせなら、美味しい誰かの作った料理を堪能したい。

 だから。

「頑張った御褒美に、デザートもつけて。季節のフルーツたっぷりなタルトが良い」

「まあ、そんくらいなら良いか。今回はよく頑張ったしな。お疲れさん」

 そう言って労ってくれるまぁちゃん。

 ああ、落ち着くなぁ。

 何だかんだで色々と体力を消耗していた様でして。

 現在の私、実はまぁちゃんの腕に乗っています。

 抱っこです。

 この戦場のど真ん中で、子供抱きされています。

 よしよしとまぁちゃんは私の頭を撫でて、緩い笑みを浮かべてくれました。

 わぁ、甘やかされてるー…。

 まぁちゃんの緊張感の欠片もない笑顔は、甘やかし専用です。

 しかし戦場でする様な顔じゃないと思うんですけど。

「さてさて、此処は危ないから、離れた安全な所行こーな」

 こうして、私は過保護なまぁちゃんの手によって戦場の離脱に成功しました。

 ぐっばい戦場! 勇者様、後は任せました!

 呉々も、くれぐれもラーラお姉ちゃんに手荒な真似はしないで下さいねー!


 という、勇者様の苦労知らずな無茶ぶりをしつつ。

 私は悠々と高みの見物。

 まぁちゃんに抱き上げられたまま、特等席で今後の実況に移りたいと思います。




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