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43.黒い翼

 上空から飛来した勇者様が、ラーラお姉ちゃんの脳天に剣を振りかざす。

 それをお姉ちゃんは大鎌を振るい上げることで弾き、かわす。

 勇者様は弾かれた衝撃を、くるくると回転して逃がし、ふわりと羽根の様に軽く着地した。

 その軽やかな姿の背中には、やっぱり大きな翼が。

 どう見ても、何度見ても。

 あれは見間違いでは有り得ない。

 間違いなく、勇者様の背中には、大きな黒い翼が生えていた。

 

 だから思わず、私は叫んでしまいました。


「勇者様、とうとう人間やめちゃったんですか!? 生やすにしたって絶対に白い翼だと思っていたのに黒だなんて! 一体何をやって堕天しちゃったんですか!?」

「とうとうって何だ! 前からそんなことを思ってたのか!?」

 緊迫していた空気が吹っ飛び、勇者様がうっかり反応しました。

 律儀に返ってきたら、私もついラリーしちゃうじゃないですか。

 言葉のキャッチボールってヤツを。

「いつか勇者様は人間やめるって、そんな気がしていたんです。実は前から」

「残念だが、そんな予定は1ミクロンもない!!」

「私は1ガロンはある様な気がしていました」

「なんでそんなに、君は俺に人間の自分を捨てさせたいんだ!?」

「でも勇者様、人間やめないと冗談でもまぁちゃんには勝てないんじゃありませんか?」

「…………一瞬納得しかけたじゃないか」

「人間やめるのは恥じる事じゃありませんよ? 今だってほら、背中の翼は誤魔化せない」

「これは生えてる訳じゃないからっ!!」

 必死でした。

 勇者様の叫びは、それはもう、必死でした。

 そんなに疑われたくないんでしょうか。

 でもあの翼、どう見たって勇者様の背中から生えている気が…


 訝しく思ってみていると、いきなりぽんっと軽い音がした。

 勇者様の、背中のあたりから。


 あれ、翼が消えた………代わりに、カラスが現れた。

 え、そういうことですか?


 軽い音の後、翼のあった勇者様の背中には、例の3本足のカラスがへばり付いていました。

『びっくりしたのー…』

 ぱたたと羽ばたき、勇者様の肩へと移動するカラス。

「すまないな、助かった。が、こんなことができるなら、そしてするのなら、まずは事前申告してくれ。頼むから」

 カラスが何らかの手段で勇者様に同化→飛翔となったようですが。

 どうやら勇者様も思いがけない事態だったらしく。

 妙に緊張の残る顔で、がしっとカラスを掴んで言い含める姿が印象的です。

 おやおや、仮にも戦いの場であんな隙を曝して良いんでしょーか。

 案の定、ラーラお姉ちゃんが鎌を大胆にぶちかまそうとしているんですが…。

「ぐぅ…っ!?」

 勇者様、ふっとんだー!?

 きりきり舞いに、錐揉み状態で。

 危ういところで鎌はかわしたんですけどね、衝撃で吹っ飛びました。

 ほんの5mばかりですけど。

 それでも驚異の平衡感覚で何とか着地に成功!

 勇者様、いつでも大道芸人になれると思う。

 しかもノーダメージですよ、あの人。

 やっぱりとうに人間じゃない気がするんですけど…

 自己申告を信じるのなら、あれで人間らしいですよ、あの人。


 今度は油断するまいと、緊張感を漂わせながら山羊に注意する勇者様。

 その傍らを飛ぶカラスに、押さえた声音で話しかけます。

「先程の、またできるだろうか…?」

『飛ぶのー? できるよ』

 あっさり簡単にカラスが言うから、拍子抜けしちゃう。

 勇者様も簡単に言うのが気になったのか、ちらりと横目でカラスを注目。

『できるから、ご飯ちょぅだい! 1回のご飯で、15分くらい! でもそれ以上はダメー。人間(アナタ)の体、15分以上は多分保たないよー』

 さらっとそう言うカラスですが。

 カラスにとっては、勇者様も人間の範疇なんですね…そこに驚きました。

 勇者様は眉を寄せて、質問を重ねました。

「ごはん、とは…?」

『同化してお空飛んだら、お腹空いたの!』

「ああ、君にはそういうリスクがあるのか…。だけど、何を…」

『うん。だから魔力(ごはん)ちょーぅだいっ』

「……………ああ、そういうことか」

 勇者様は、たった今何かを色々と諦めました。

 何となく、そんな顔をして。

 覚悟を決めたのか、ラーラお姉ちゃんの相手をするのに飛翔は必須条件と思ったのか。

 割合素直に、カラスに魔力を差し出す決断をなさったのです。


「程々で頼む。魔力を奪われた後でも、あの山羊の相手をできるだけの余力が必要なんだ」

『よくわかんないけど、ごはん!』

「……………………駄目か」

 勇者様の説得は、無邪気なカラスには通じませんでした。

 後は天に運を任せてお祈りするしかないね!

 大丈夫、勇者様が祈れば絶対に上手くいくよ! 

 だって勇者様は、幸運の女神に加護を受けているんですもの。

 あとは精々、余計な神の加護まで高まらないように、ね…。

 

 戦々恐々とする勇者様の顔に、カラスが身を擦り寄せる。

 その柔らかな羽毛で、すりっと。

 勇者様の額のあたり、見えない何かをカラスが啄んだ。

 瞬間、カラスの姿が消える。

 そして引き替えとばかりに現れたもの。

 再度、勇者様の背が大きく艶やかな黒い翼で覆われた。

 そうか、あれはカラスの翼だったんですね。だから黒いんですね。

 ………堕天した訳じゃなかったのかー…。

 何故か、微かにがっかりした気分になりました。

 でも私の勝手な期待など知らない勇者様は、翼に包まれた肩を大げさに震わせました。

 何があったんでしょう。

 その答えは、勇者様が即座に教えてくれました。

「って、1回の食事でどれだけ食べる気だ! 一気に半分近くの魔力が獲られたぞ!!?」

 うわぁ………。

 半分は、きっついですよね…。

 微妙によた、と勇者様の動きが鈍くなったのはきっと気のせいじゃありません。

「普通の人間だったら、乾涸らびているところだからな!?」

「ああ、ですよね…。勇者様の魔力、人間にしては大分多い上に強いですから。

勇者様の半分なら、凡人だったら枯渇して木乃伊ですよ」

 まあ、人間ならばの話なんでしょうけれど。

 それにしても、欲張りな腹ぺこカラスですね。

 ドンマイ、勇者様。

「く…っ 1度でこれだけ食われるんなら、1日に1回が精々か」

「いや、それだけ獲られて1日で回復するってどうなんですか。

普通の人間なら、1度に魔力半分も奪われたら1週間寝込むところですよ」

 つくづく、勇者様は人間として規格外という気がします。

 本人に言ったら、物凄く嫌そうな顔をするんでしょうけれど。

 

 勇者様が、翼の調子を確かめるように数度羽ばたき。

 それから空へと、不慣れな様子を見せながらも飛び上がる。

 おそらく、翼の操作はカラスがしているのでしょう。

 そこに自在という印象はない。

 勇者様の口が素早く、何かを呟いていて。

 きっと言葉でもってカラスへと指示を下しているのでしょう。

 ああ、これから攻撃が来る。

 動きを見守っていると、感覚的にそれが分かった。

 だから私は、衝撃に備えて口を噤んだ。

 余波を食らって、舌を噛み切ることのないように。

 まぁちゃんの防御魔法があっても、口の中までは守ってくれない。

 ラーラお姉ちゃんへと上空から斬りかかる勇者様を見ると、体が竦んだ。

 私が攻撃されるわけでもないのに。

 向かってくる、強い視線。

 軌道を読ませないために、その進路は真っ直ぐじゃなかったけれど。

 此方を見据える眼差しの強さに、私は怖くなって目を瞑った。

 ぎゅっと、身を守ろうとする本能からか。

 身を縮め、全身に力が入る。

 こわい。

 その言葉で脳内が、真っ白に埋め尽くされた。


 無意識に出そうになる悲鳴を、必死に噛み殺す。

 ああ、早く終わればいいのに。

 そう願いながらも、目を瞑っていると次々に不安が押し寄せる。

 後ろ向きの暗い考えが、がんじがらめに私を捕らえようとする。

 もしもラーラお姉ちゃんが怪我したら、どうしよう。

 勇者様がしくじって、致命傷を負ったらどうしよう。

 もしも何もかもが上手くいかなかったら?

 どっちかが再起不能になるようなことがあれば、私は…


 私は、……………あ。

 そんな時であればこそ、薬師(わたし)の出番なのに。

 私は何を、怖がっているの?

 なんだか急に心が軽くなったような気がして、色々なものが馬鹿らしくなって。

 そぅっと、目を開けてみた。


 突然、開ける世界。

 私は目を瞑っていて気付かなかった事実に気付く。

 

 あら、軽くなったのは心じゃなくて体だったよ。


 物理的に、暗い束縛から解き放たれていた。

 その代わりに、緩く違うものに戒められている。

 私は今、勇者様の腕の中。

 何故か、抱きしめられていた。

 

 どうしてそうなっているのか、前後のつながりがさっぱり分からなくて。

 当然のように、私は混乱した。

 暴れて取り落とされようものなら、確実に命はない遙か空の上空で。

 勇者様の腕に、腰を掴まれたまま。


 遙か上空彼方から、眼下を見下ろす。

 この高さを思うと、暴れる気にもなれない。

 憎々しげな5つの目で、勇者様を睨むラーラお姉ちゃん。

 私を握っていた彼女の左手の平から、滴る血の雫。

 あの突撃はただの攻撃かと思っていたけれど。

 どうやら勇者様は、攻撃に先んじて私の救助を優先してくれたみたいで。

 

 現在の私は、助けられて空の上。

 どうやら、そういう事みたいです。




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