40.騎士B突撃
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そして、ハプニングが起きた。
予定が未定とはよく言ったもので。
まさか、こんなことになろうとは。
まぁちゃんは殆ど完璧だけど、全くの完璧という訳じゃないんだなぁ。
特に、他者が介在すると。
私は予想以上に人質らしく喉元に刃物を突きつけられながら、呆然と考えていた。
…どうしてこうなった。
現在、私は絶賛人質中です。
当初の予定ではこうじゃありませんでした。
傍目に分からないように緩く縛られて、適当に項垂れて全部が終わるのを待っている予定だったのですが。
何故か現在、私は所定の位置から移動しています。
ラーラお姉ちゃんの、手の中に。
そして喉元に突きつけられた、刃。
「く、来るな! 本気だぞ! 本気だからな!?」
それから混乱するラーラお姉ちゃん。
お姉ちゃん、その台詞はかなり小物臭いです…。
そんなお姉ちゃんを前に、距離を詰めるべく此方をじりじりと窺う、3人の人間。
隙のない眼差しで、ラーラお姉ちゃんを睨み付けている。
真の意味で人質と成り果てた私は、山羊の手の中で途方に暮れた。
拳で戦うなんて安っぽい、中ボスにはそれなりの武装が必要だと。
調子に乗ってそう主張した、魔族の将校の顔を思い浮かべる。
進言に添えて、わざわざ即席の錬金術でラーラお姉ちゃん(第3形態)に合わせたサイズの魔鎌を用意した、あの魔族。
――後であの角、折る。
私には折れなかったとしても、まぁちゃんに頼んで折ってもらう。
私は決意も新たに、遠目に見える奴の背中を睨み付けた。
遠目にも青い顔の其奴の背中に、まぁちゃんが忍び寄るのが見えた。
受け入れがたい、この状況。
私は自分に納得させる為、一からこうなった経緯を思い返すことにした。
勇者様は予定通り人間の騎士団に合流し、予定では兵達を鼓舞しながら諍い激しい戦闘へと躍り出る予定だった。
それに合わせ、立ちふさがる敵としてラーラお姉ちゃんが君臨する。
そこで一点撃破と勇者様がお姉ちゃんと戦い、他の人間達を魔族の兵達が足止めすると。
本来なら、その予定でした。本来なら。
しかし、本当に予定は未定と言うヤツで。
勇者様はちゃんと騎士団に合流し、
「城の呪いは解けた! 王達は無事だ。後は奴らを倒せば、俺達の勝利だ!!」
凜と響く声で檄を飛ばし、兵を鼓舞し、志気を挙げることには成功しました。
ええ、ここまでは予定通りだったんです。
それが、まさか。
「御身は全人類の希望を背負う他に代わりのない大切な身!」
「ここは、我らが!」
「お任せ下さい! 国家と王家と民、全ての安寧の為に!!」
うん、圧倒的強さを持つ(推定)勇者様に頼るまいという、その姿勢は素敵だよ。
でもね、思い切り良すぎないかな。
まさかさ、先頭に出ようとした勇者様が逆に人間に足止めされるとは。
魔王を倒す為の力を果たさせてはならんと、温存して貰わねば、と。
そう言って騎士団の皆さんで勇者様を引き留めにかかった。
そこは既に予想済みだったし、勇者様なら押し通せる筈だったんだけど…
「失礼御免!」
思いも寄らぬ早業で、勇者様は束縛された。
どこから取り出したんですか、その荒縄?
なんで、そんなに縛るのに手慣れているんですか、騎士団長。
あれですか、犯罪者の捕縛も仕事のうちですか。
でもこの国にいる間に聞いた話だと、犯罪者の捕縛は騎士団とは別組織の仕事で、騎士団は基本的に敵対者全て切り捨て御免の武闘派集団だと聞いていたんですが…
ねえ、本当にその縄、どこから出したんですか?
勇者様の反応速度を遙かに超える緊縛は、どこで会得したんですか。
絶妙の縛り具合なのか、勇者様は藻掻けども藻掻けども、自由を得られず。
その隙に、騎士団から飛び出した人の影。
どっかで、見覚えがある。
………………。
………………………。
…………………………………………あ、兵士Bだ。
誰も止めない、咎めない。
むしろその後に従う形で、突っ込む兵士達。
どうやら兵士Bは、切り込み隊長的な何かだったようです。
数日間、あの人のお宅でお世話になっていた筈なんですが…
どうしましょう、名前が思い出せない。
騎士なのに胸の内ではずっと兵士Bと呼んでいたので、それで定着してしまっているようです。
そして運とタイミングの悪いことに。
勇者様が縛り上げられるという、予想外の展開の中。
タイミングを読み間違えて、予定通りラーラお姉ちゃんが降臨していた。
そして、ハプニングの存在に気付かず、定められた口上を上げた。
「ふはははははっ 脆弱な人間共よ、この身に敵うと思うてか!
身の程を知らせてくれよう! 人間共は代表者を差し出すが良い! 直にじっくりと力の差を思い知らせてやる!!」
ああ、なんてことでしょう…。
なんてことを、言ってしまったんでしょう。
それに呼応するように、声を上げたのは…
「ならば、俺が相手だ!!」
案の定、最も近くに迫っていた、兵士Bでした。
想定していた相手とは違うということに気付いたのでしょう。
途惑いに、ラーラお姉ちゃんの瞳が揺れています。
しかし、もう既に手遅れでした。
本来ならば、勇者様がその役目を担っていたのですが。
咄嗟のことで伝達が上手くいかず、役柄を入れ替えたかのような見事さでして。
うっかりタイミング良く、兵士Bが突撃したこともありまして。
本当にうっかりですが。
つい、魔族の兵士達は勇者様にするはずだったことをしてしまいました。
即ち、さり気なく勇者様が通る為の道を空けるということ。
そして、従いついてくる人間達の足止めをするということ。
それが適応されてしまったので、易々と難なく。
兵士Bは、ラーラお姉ちゃんの元に辿り着いてしまった。
狼狽えたラーラお姉ちゃんは、それでも動揺を押し隠して役柄に徹しようと努力した。
「ふん…っ い、活きが良いのがいるようだな」
「魔族め…俺は騎士ベルガ! 貴様は何者だ!」
「私はこのシェードラント攻略戦の指揮を預かる者、ヴェラ(偽名)!
愚かな人間のお前に、すぐにでも慈悲をくれてやろう。死の安息を得るが良い」
「誰が貴様などに殺されるものか…!」
そして偶然の悪戯か、台詞まで噛み合ってしまった。
お姉ちゃん、頑張って!
似合わない悪役口調に、私内心抱腹絶倒!
棒読み具合が、また何とも言えない。
本当に頑張って、ラーラお姉ちゃん!
その相手はやらせじゃないから、予定通り手加減はしてくれないよ!
そうして、戦い始める2人。
しかして2人の力量差は、すぐ目に見え始めたのです。
上手く演技して合わせては、いるけれど。
異常な程に喧嘩慣れした魔族の目には明らかで。
私を拘束する役目の魔族が、ぼそっと。
「………5分も保たないな、あれ」
死んだ魚のような諦めの目で見ていた。
片方は最初から全力全開の殺す気満々で。
片や、内気でへたれの上にお芝居だと思っていた。
それ以前に、魔族の方では分かっていたことだけれど。
そもそもラーラお姉ちゃんは戦闘向きの性格じゃない。
魔族だから、喧嘩が嫌って訳じゃない。
武闘大会には前向きに参加しているし、身内や同族との喧嘩は忌避しない。
でも、ラーラお姉ちゃんは、内気で小心者。
戦うことは嫌いじゃないけれど、本気の戦闘はとっても苦手。
だってお姉ちゃん、知らない人が相手だと萎縮しちゃうもの。
今だって頑張ってはいるけれど、相手の一挙一動にびくびく。
戦う事じゃなくて、知らない相手がただ怖い。
魔族には珍しい性質だと思うけど。
魔族だってたくさんいるんだから、そんな人だっている。
ただ、今回に限り運が悪く、合わない役を引き当てただけで。
ラーラお姉ちゃんは本来の動きに比べると、凄くぎこちなくて。
変型したから、身体能力その他は飛躍的に向上しているはず。
でも、感情面に制御されて体が動かないんじゃ、仕方ない。
それにあんな凶悪な外見しているけど、考えてみればそもそも黒山羊一門って、魔法行使の得意な術師タイプの魔族じゃなかったっけ…?
ラーラお姉ちゃんは、頑張っている。
だけど本気の殺意を向けてくる相手に怯えている。
本職は、衛生兵だし。
戦闘訓練もこなすけど、基本的に戦場では戦いより救助が仕事。
つまり、生死をかけた戦闘に慣れていない。
そのことは、致命的な反応の鈍さと凄まじい心身の萎縮に繋がって。
小回りのきく、すばしっこい兵士B。
勇猛果敢に自分より遙かに大きく邪悪なご面相の相手へと斬りかかる様は、正に『正義の騎士様(笑)』といった感じだ。
どう見ても悪役の山羊は、彼を相手に危機を迎えようとしていた。
「やべーな…おいおい。勇者以外に中ボスが負けちまったら、魔族形無しだよなー?」
私の近くに潜んでいたまぁちゃんが、苦笑い。
本来であれば、勇者様とラーラお姉ちゃんが遭遇したタイミングで、
--『勇者よ、先ずは小手調べと行こう。我が差し向けた先鋒、この者を見事打ち破ってみせよ。見事、そなた1人の力で成し遂げられたのならば、兵を引いてやっても良いぞ』
とかなんとかソレっぽいことを声だけ、人間達に聞こえる様に響かせる予定だったけど。
残念ながら、完璧に機を逸しています。
成り行きを見計らいながらも、やっぱり見棄てるつもりもない様で。
そろそろ助けるかと、まぁちゃんが腰を上げようとした、その時。
「加勢するぞ、ベルガ!」
「1人で戦うなんて水くさい…」
『正義の騎士様(敵)』が、増えた。
頼もしい笑みを浮かべて参戦したのは、兵士Aと兵士C。
いつもいつでもどこまでも一緒って、あんたら3人セットか。
まぁちゃんの命令で決して決闘相手が増えないよう、魔族達が分厚い壁となっていたはずなのに。
この短時間で、よく突破できたものです。
無意味に軽んじてましたが…もしかして彼ら、結構な手練れなんでしょうか。
そんな風には見えないのに。
そして。
ただでさせ劣勢にあったのに、敵が3倍に増えたりなんかして。
ラーラお姉ちゃんの混乱は高まり、緊張の糸は千切れ。
実際にラーラお姉ちゃんの身体能力なら無いはずの、命への危機感が高まり。
色々なモノが限界へと近づいていく中。
表面上は役に徹して騎士達と刃を交えながら、ラーラお姉ちゃんはおろおろしていて。
救いを求める視線が、あっちこっちに彷徨って。
そうして、私と目が合った。
縋る思いがあったのか、咄嗟のことだったのか。
お姉ちゃんの細かい心理なんて、私には分からない。
分かったのは、屈強な腕が伸びてきたこと。
その腕に、私の胴体が鷲掴み。
結果。
「貴様達、大人しくして貰おうか。この娘がどうなっても良いのか…っ!?」
ラーラお姉ちゃんは、どう見てもヤケになっていた。
私の存在に初めて気付いたらしく、兵士B達が驚きに目を剥いた。
「なっ……あ、あれは、リアンカさん!?」
「なんであんなところに…」
「くっ 人質とは卑怯だぞ、汚い魔族め!」
血走った目の魔族を前に、歯噛みする3人の騎士。
悔しそうにしながらも、手を出すに出せず。
攻めあぐね、私を救出しようと目を光らせて。
彼らは、私やラーラお姉ちゃんの行動の不審さにも気付かず。
私のことを救出すべき対象だと信じ込んでいた。
一瞬即発の空気の中、先程とは違う緊張、緊迫感が高まる。
張りつめたいとの様な、ピンと張った空気。
この異様な空間を言い表すのなら、何と言おう。
咄嗟に頭に浮かんだのは、何ともこの場に相応しくぴったりな言葉。
修羅場。
この言葉以外に、何と言って言い表そう。
どうにも頭の痛い状況下、後先考えない魔族と人間の暴走が加速しようとしていた。
………本当に、どうしてこうなった。
ラヴェラーラ(第3形態)
HP:基礎値+500 MP:基礎値+300
知恵:基礎値+200 精神:基礎値+200
→ その割には混乱具合が半端ない。
他、各パラメータ+150
装備:即席デスサイズ(攻撃力120)
布のビキニ(防御力+4)
適当ですが、イメージ的にはこんな感じにパワーアップしています。
ただし向上した能力を使いこなせるか否かは本人次第。




