37.茶番
結論として、まぁちゃんは言った。
「よし、英雄譚でいこう」
「………は?」
呆気にとられた勇者様は、それしか言えなかった。
ぽかんと口を開ける勇者様。
そのお間抜けながらも変わらず美しいご尊顔を尻目に、まぁちゃんはノリノリです。
「うん。これが良い。きっと面白い」
1人ご満悦のまぁちゃんに、勇者様が恐る恐る問いかけようと…
「お前ヒーロー役、俺は悪役な」
…したけれど、まぁちゃんに機先を制されて言葉を飲み込んだ。
代わりに、新たな言葉が勇者様の口から飛び出てくる。
「さっきから一体、何を言っているかと思えば…っ それでまぁ殿は良いというのか!?」
「面白けりゃ何でも良―んだよ。誰だって許してくれるって」
「至言だね、まぁちゃん」
「それは魔境限定の話だからな、2人とも!?」
「そんなことねーって。意外と世の中、そんなもんだって」
「まぁ殿は世の中の何を知っていると言うんだ!」
「ん? 意外と弱肉強食がどの社会でも適用されることとか? 何事も言った者勝ちってこととか?」
「く…っ 全て間違っていると、言いたいのに…!」
「言えないんだね、勇者様」
歯噛みして悔しがる勇者様が、なんだか少し面白く見えた。
そして、現在。
まぁちゃんが悪役を演じる中、勇者様は見た目だけなら立派なヒーローでした。
これがやらせだと知りもしない兵達を、外見だけで鼓舞するくらい。
勇者様は脆く瓦解しかけた軍を率いる騎士達の列に加わり、そのまま前線へと駆け抜けて。
そうして駆け足の勢いを殺すことなく、魔族の先鋒へと剣をかざす。
ぶつかり合う強烈な金属音が、遠く離れた此処まで響いた。
人間の戦士達の先頭に立って戦う、勇者様。
その姿は、陽光の神の加護のお陰でしょうか。
それとも、従えた竜と烏の属性故でしょうか。
宗教画に描かれる何よりも神々しく、眩い光を発してるように見えます。
物質的に。
…うん、本当に光ってる。
発光生物よりも過激に光る、勇者様。
とうとう人間止めたんですか?
え、辛うじて人間? 光の魔力が反応して光ってるだけ?
彼の前世は、もしかしたら蛍…ほど、弱い光じゃないから……
そうですね、ダイヤモンド(無機物)か何かかもしれません。
あの後、まぁちゃんは私達に考えを分かりやすく教えてくれました。
まぁちゃん曰く、魔族の軍勢を引くにしても、何も無しに引くことはできないそうです。
呆気ないから、じゃないですよ?
切欠とそれなりの理由がないと行動に不審が残り、下手したら関係者(勇者様や私)の行動にも疑念を抱かせることになるかも知れないからです。
そして、魔族の矜恃。
同胞の命を危機にさらされておいて、何も無しに去って堪るか、と。
あれには結構自業自得も多分に含まれると思うんですけど…
流石、魔族さん。なかなかの理不尽&矛盾ぶりです。
横暴と言っても良いかもしれません。
ですが、それでこそ魔族さん。
そんなことを思うのなら、そもそも『狩り祭』なんてやらなきゃいいのに。
……というのは言わぬが花なんでしょうね。
「何もなく引き返すのは不自然だろ、別に構いやしねーって。あれで一応、気も遣ってんだし」
「あれで、か…?」
まぁちゃんの言葉に、遠くを見る目で勇者様は外壁の戦いを見ています。
「どんな気遣いなの?」
「致命傷と急所は避けるように伝達してある」
「それはじわじわ嬲り殺しって言わないかー!?」
「じわじわだからこそ、余力もあるだろ。そんで危なくなったら後退するだろ」
「魔族は絶対に、気遣うポイントを間違えている…!」
「戦闘狂いの集団に多くを求めんなよ」
「ちゃんと統率してくれ、王ならば!」
「魔族は自由主義なんだよ。そして俺の方針は基本放任だ。面白いことなら一緒になって騒ぐ!」
「滅べ魔族!!」
「わあ…勇者様、すっごい度胸。魔王相手にそれ言えちゃうんだ」
「今更だろ? 俺も勇者の勇気は目を見張るものがあると思ってるぞ?」
「全然嬉しくない………っ」
嘆く勇者様を放っておいて、まぁちゃんは計画の説明を始めます。
筋書きは、こうでした。
――魔王を倒すべく、使命を胸に魔境を巡る勇者様。
そんな彼が魔王を倒す手段の手がかりを求め、シェードラントを訪れる。
目的は嘗ての勇者が使っていたという聖剣の手がかりを知る、ハテノ村村長の娘。
つまり、私。
ここまでは、特に嘘は言っていないと思います。
本当のことも言っていませんけど。
勇者様は確かに魔王を倒すべく自分磨き中だし。
うん、変に馴れ合ってはいても辛うじて使命は諦めていません。
そして私を探しに来たのも本当なら、私が昔の勇者の武器の在処を知っているのも本当です。
そんな物、まぁちゃん家の倉を漁ればごろごろ出てきますよ!
魔王に戦い挑んで負けたり、恭順した勇者の愛剣が!
現に勇者様が今使ってる剣も、その宝物庫からの貸借ですし!
さて、ここからです。
ここからまぁちゃんは嘘を盛り始めました。
――魔王を倒す術を探す勇者。
彼を足止めし、妨害するために魔王はシェードラントに呪いをかけた。
勇者自身の身分が高いことに目を留め、魔王は企む。
そして『城内の人間が身分の高い者から石化していく呪い』をかけたのだ。
本来なら深夜にかかるはずの呪いだったが、勇者の威光で発現時間に狂いが生じる。
そこで呪いの存在が発覚し、多くが避難に成功した。
責任を感じ、勇者は呪いを解くための方法を探しに城を立つ。
魔王は勇者もなく、上層部も混乱の酷いシェードラントを手に入れようと兵を差し向けた。
しかし屈強なシェードラント兵のお陰で、小国はなんとか抵抗を続ける。
実際にはまぁちゃんとこのストレス過多魔族兵さん達の暴走です。
そしてどうやら本気でもないです。
なんだか途中から、半ば「戦えればいいや」になっていたようで。
実際には「抵抗を続ける」ではなく「時間をかけてじわじわ因縁を付けられる」だよね。
そして、勇者が危急のシェードラントを救うべく、戻ってきた。
彼の力により、城は呪いの力から開放。
石にされた王や姫君達(複数形)も呪いより解き放たれた。
更に勇者様の威光によって、心清らかな善良性を取り戻したのだ。
…と、言う部分は私の仕事ですよね。
実際には勇者様じゃなく、私が石化を解く薬を振りまいて回りました。
ついでに性悪っぽい王家の人達が二の舞起こさないように、例のあの薬を使ってみました。
そう、『お天道様に顔向けできないことができなくなる薬』を。
別に……………人体実験してみたかったわけじゃ、ありませんよ?
ちょっと、効能がどんなものだか試してみたかっただけです…。
「ちょっとで人に謎の薬を飲ませるな」
げんなりしつつも、勇者様は止めません。
まぁちゃんも、りっちゃんも止めません。
多分、彼らも気になるんだと思います。
謎の薬の効能によって、王様がどう変わるのかを。
「…それで劇的に善良になったら、臣下が怪しまないか…?」
「まあ、その時はその時ですよ。人間万事、塞翁が馬と言いますし」
「波任せすぎるだろう、その発言!」
いきなり善良になっても「魔王の呪いが解けたんだ!」の一言で片付くだろうと。
まぁちゃんが、何とも頼もしいお言葉をくれまして。
勇者様の方は「国を治めるのはきれい事だけじゃ済まないんだが…」と微妙なお顔でしたが。
そこにずばっと! りっちゃんが力強いお言葉をくれました。
「どんな非道な手段であろうと、最終的に結果として民の為になるのなら、そして本人に『これは民の為である』という意識があるのであれば、条件には抵触しないと思いますが」
そうですよね…『悪いこと』ができなくなる薬じゃなくて、『お天道様に顔向けできないこと』ができなくなる薬なんですから。
本人に後ろめたい気持ちがなければ、ねえ?
結局、勇者様はこの言葉で落ちました。
そうして(表向き)シェードラントを支配せんと襲いかかる魔族を勇者様が先頭に立って打ち払い、追い払うという筋書きです。
勇者様の勇名が轟きそうな筋金だね☆
…そう言ったら、勇者様はがっくりと項垂れて悩み多い顔をしていた。
魔族=悪役、そして魔王=ラスボス。
世の認識をそのまま利用して、まぁちゃんはとっても張り切っていました。
と、言いましても。
まさかいきなり魔王が倒されるわけにもいかないし。
勇者様が魔王相手に互角の立ち回りを演じるわけにもいきません。
何故かというと、実際に勇者様の実力が追いついていないからです。
それにまぁちゃんがいきなり負けたら、呆気なさ過ぎる上に世界情勢が変わっちゃうよ!
凄いね、まぁちゃん! 責任重すぎ!
それに勇者様が魔王相手に互角なんて認識が浸透しようものなら…
勇者様が未だ苦戦中どころか、一向に使命を果たせないでいる説明が面倒になります。
最悪、故郷から催促の使いが来るかも知れないと、勇者様は怯えていました。
……故郷から使いが来ることに、なんでそんなに怯えるの?
微かな疑問が残りましたが、勇者様の強い希望で演習を凝らすことにしました。
別名を、中ボスと言います。
小ボスでも良いです。
魔族達の中から一番外見がそれっぽく禍々しいのを選び出し、お飾りトップに据えました。
実際の指揮権を握っているのはまぁちゃんです。
りっちゃんはカーバンクルの幼子を治療し続けたため、魔力枯渇状態。
だから今回はカーバンクルの子供達を連れて避難。
お陰で、まぁちゃん野放し状態。
それとは別に、目に見える形で分かりやすいボスを飾り付け。
それを勇者様が倒す(勿論峰打ちで)ことを魔族撤退の合図にしようというのです。
アレです、「まずい! アニキが倒された!」→「逃げろー!」の流れです。
ものすっごく回りくどくて、面倒くさい流れですね。
そしてまぁちゃんはラスボスなので姿すら晒さない予定です。
設定上は、魔王城にいることになっていますからね。
そう、本物の魔王が出てきていたら、被害もこんな者では済まないだろうと。
あと、こんなところで魔王と勇者の宿命の対決門もないだろう、と。
なのでまぁちゃんは、姿を見せることを自ら禁じました。
その代わり、声だけ出演。
魔王っぽく喋ると途端にがらりと印象が変わってしまいます。
でも、姿を見ると…うん、いつもと変わらず楽しそうでした。




