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36.優先順位

 私達がシェードラントに戻ってきてまず見た物は、都市を取り巻く外壁から立ち上る煙。

 それから、壁に押し寄せる魔族の姿。

 争いの光景、でした。


 空を飛ぶナシェレットさんが、嫌そうに顔をしかめる。

 風に乗って空に広がる煙を避けようと、旋回。

 風に乗って、悲鳴が聞こえた。


「なんてことだ…」

 勇者様が、呟く。

 焦燥に満ちたその目は、何を、案じているの?

 人間を、人間の国を、その被害を?

 やっぱり勇者様は『人間の勇者様』だから、魔族とは相容れないのかな。

 どうしよう、どうしようかな。

 私は人間で、でもまぁちゃんの従妹で、魔境育ちで。

 こんな時、私は一体どうしたらいいんだろう。

 どんな反応が正しいのかな。

 分からないから、コメントは差し控えた。

 本音を言ってしまえば、また勇者様は頭を抱えてしまうだろうし。

 それは今、あまりにも場の雰囲気にそぐわないから。

 珍しく、勇者様を追いつめない方向で空気を読んでみた。


 何を言うべきか分からないでも、状況がストップすることはないから。

 ひとまずやるべき事を、そして詳しい情報を得ることを。

 その為に私達は、シェードラントのほぼ中央に座す王城へと向かった。


 ゆっくりと旋回していた体を傾け、ナシェレットさんが降下していく。

 ほぼ空っぽになった、人間の城を目指して。

 その屋上に、降り立つために。

 私と勇者様を、まぁちゃんの元へと届けるために。


 でも、まぁちゃんは城の中にいるのかな。

 勇者様は、まぁちゃんと会ったらどうするのかな。

 ……どうするの、かな?




 結果:どうにもならなかった。


 息を切らして駆けつけた私達に対して、第一声でまぁちゃんは。

 短く鋭く、簡潔に叫びました。

「遅いっ!!」

 思わず竦んでしまいそうになるくらい、鋭い声でした。

 絶対的強者の勢いに呑まれて、勇者様の体が硬直した。

 驚いたカラスが、勇者様の肩からぽろりと落ちた。


「まぁ殿、そ…」

「何ぐだぐだやってんだ。遅いって言ってるだろ!」

「外のこ…」

「こっちはこの3日、ずっと魔力放出し続けたせいでリーヴィルが結構やばいんだ!」

「まぁ殿、外のことだが!」


「…それは、今救える幼子の命よりも優先するべき事か?」


 ひた、と見据えるまぁちゃんの目。

 視線を向けられた勇者様は、息を呑む。

 まぁちゃんの言葉と、その視線と。

 2つの痛みに心を惑わせて。

 それでも、何かを言い募ろうとしたけれど。

「だがっ!」

「血の気の余った野郎共は今は放っとけばいーんだよ。どうせ簡単にゃくたばんねーんだから」


 あ、勇者様が黙った。

 何か思い当たる節でもあったのかな…?


 頭の中、多分理屈ではそれでも「そう言う問題じゃない」って答えたいんだと思う。

 でも1度、うっかり納得しちゃったから。

 行動に躊躇いが出て、余計にまぁちゃんに圧倒されてしまっています。


 でも勇者様は、優しい人だから。

 種族の差別なく、目の前の子供と、外の兵達と。

 そのどちらを優先するとは、はっきり言い切れないんでしょう。

 外では、人間と魔族が争っている。

 傷つく人もいるし、もしかしたら致命的な怪我を負ってしまう人だっているかもしれない。

 外の争いを止めることも、今ここで幼子を救うことも命を救うこと。

 ううん。外の人の方が多いんだから、感覚としては外の方を救いに行きたいのかも。

 でも勇者様は、命の優劣は付けられないと、知っている人だから。

 当の幼子の藻掻き苦しむ姿を目の前にして、余計に悩んでいるみたい。


 私の感想としては、多分魔族は悪ノリしてるだけだと思う。

 あの人達、戦う口実を得たら水を得た魚だし。

 戦える、暴れられる!…と、大はしゃぎしてそう。

 子供を害するとは許せない!って、気持ちもあるとは思うけど…結構よくあるよ、悪ノリ暴走。

 魔族さん達って、感覚で生きてるとこあるし。

 普段は穏やかな人でも、戦えるとなったらお目々ギラギラ。

 全力で戦いを楽しんじゃう彼らにとって、まさにお祭り。

 そこが戦闘種族と呼ばれる由縁なんじゃないでしょうか。


 でも今回、一応はまぁちゃんが引率ってことになってるし。

 暴れまくってはいるけど、最後の一線は守るんじゃないかな?

 都合の良い期待かもしれないけど、過度な期待だとは思いません。


 魔族はよく人に戦闘をふっかけるけど、意図的に(・・・・)致命傷を負わすことは少ない。

 だってその方が、次に繋がるって思う人達だから。

 見逃したら、次は強くなって戻ってくるかもしれないって。

 キャッチ&リリースだね! ……わぁ、タチ悪い!

 まあ、頭に血が上って興奮して、意図せず酷い怪我を負わせることはあるし。

 外が結構危険なのは確かだけど。

 行動に矛盾が多い魔族さん達は、今日も絶好調。

 外壁から立ち上る煙は、私達が最初に目にした時よりも確実に大きくなっていた。



 ふと、薬を飲ますだけなら、勇者様はいなくても良いなと思った。

 実際、薬を使うのは私だと思うし。

 そんなに外が気になるなら、勇者様だけ先に行ってもいいんじゃないかなーって。

 そう思ったんだけど。

 勇者様は幼子の容態が気になって、そこまで頭が回ってないみたい。

 教えた方が良いかなー?

 ちょっと考えてたら、りっちゃんに袖を引かれた。

「…余計に収拾が付かなくなるので、余計な暴走者を増やさないでくださいね?」

「釘を刺されてなんだけど、よく私の考えてること分かったね」

「それは、まあ。リアンカ様とも長い付き合いですからね…」

 私の頭がそこまで回るだろうと踏んで、忠告してくるりっちゃん。

これは信頼なのでしょうか、それとも心配でしょうか。

 あるいは、懸念されたのかな。

 どれなのかなー?

 笑顔で顔を覗き込んだら、りっちゃんにそっと逸らされた。



 取り敢えず、割り切れないながらも救える命にできることから取りかかることにしました。

 その方が、時間的なロスも少ないと言い切って。

 作ってもらったエリクサーを、鞄から取り出します。

 銀色の瓶に入っているのは、とろりとした液体。

 淡い銀紫に輝くそれは、薬とは思えない甘い匂いがしました。

 まるで花の蜜みたいだと、場違いな感想を抱いてしまう。

 私も滅多に取り扱うことのできない、最高峰の霊薬。

 この薬を用いれば、死に神に捕らえられた者でも救い出せるという。

 流石に死んだ人は生き返らないと思うけど。


 私はカーバンクルの子供に、そっと薬を与えました。

 穴の空いてしまった額に、浸すように数滴。

 それから体の内側から効果を出す為に、口にも数滴含ませる。

 多すぎれば、今度は逆に害にしか成らない。

 だから最小限の量を、そっとそっと慎重に。


 額に空いた風穴と一緒に空いてしまった、霊的な穴。

 魔力が流れ出してしまう、目に見えない穴。

 それを防げるのは肉体的な傷を癒す薬とは違う、霊薬の類。

 だからエリクサーは、確実に効くはず。

 確証を持っていても、本当に塞がるのかちょっと不安になってしまいます。

 そのくらい、カーバンクルの子供の状態は酷かった。

 今にも死んで、おかしくないくらい。

 もう大分、たくさんの魔力が額から流れ出してしまったのでしょう。

 いつショック状態を起こしても不思議ではないんです。


 カーバンクルの子供が死なずにいられたのは、ひとえにりっちゃんのお陰です。

 怪我を治しただけじゃない。

 額から魔力が流れ出す端から、りっちゃんが自分の魔力を分け与え続けた。

 繋いだ手を通して、ずっとずっと魔力を注いでいた。

 でもそれは、りっちゃんの魔力を絶えず放出していたってことで。

 りっちゃんも、結構酷いことになっていた。

 今にも倒れそうな顔を見て、私は慌ててりっちゃんにもエリクサーを与えた。

 本当は自分がやれればよかったのにと、無尽蔵の魔力を持つまぁちゃんが悔やむ。

 だけど仕方ないよ。

 だって魔王の魔力は特殊すぎて、強すぎて。

 そんなもの、何の抗体もない子供が注がれたら、一発で死んでしまう。

 手っ取り早い的に走ろうとせず、我慢して状態を見守っていたまぁちゃん。

 精神的な疲労が酷かったんでしょう。

 まぁちゃんも子供に薬が注がれるのを見て、ホッとした顔をした。



 それから、エリクサーの劇的な効果が発揮されて。

 子供は何とか一命を取り留めた。

 今度こそ、本当に。

 


 額は元通りにならなかったけれど。

 赤い石は無くなってしまった。

 だから、もうカーバンクルとは呼べないのかも知れないけれど。

 それでも、小さなカーバンクルは痛みを忘れたような風で。

 ひょっこりと起き上がって、首を傾げる。

 どうやら無事、魔力の流出は止まった様子。

 固唾を呑んで見守っていた父親が、小さな子供をひしっと抱きしめた。

「せがれぇっ!」

「パピー!」

 …感動の場面の筈なのに、今ひとつ緊張感に欠けるのは何故だろう?


 それから間をおかず、父親は我が子をそっと離しました。

 私達に向けてあげられた顔は………超、イキイキ?

 いや、うきうきワクワク?

 何故か、そんな形容詞しか浮かんでこない。

 ど、どうしたの…?

 皆があれ?っと首を傾げる中。

 カーバンクルの父親はしゅぴっと片手を上げて。

「それじゃ! 俺は我が子の無事が確認できたので、今からちょいと腹いせがてら人間達に目に物見せてきます! 俺の額が火を噴くぜ☆」

「うわー…」

 超ノリノリでした。

 何だかんだで、彼も魔族。

 戦う口実に嬉々として飛び出していこうとしますが…

 その身軽に未練などない様子に慌てたのは、むしろ勇者様。

 大いに焦った顔で、懸命に引き留めにかかります。

「待て! 子供を置いていって良いのか!?」

(せがれ)だったら魔王陛下が傍にいるのに、これ以上の安全なんてありませんよ! それより俺は、俺と俺の倅と、倅の友達を疎略に扱った兵士共に星を見せたいんです!」

「………星?」

 勇者様は怪訝な顔をしていましたが…あ、私には分かりました。

「それってあれだよね! 脳しんとう起こした時とかに目の前で瞬くヤツ!」

 私の言葉を聞いて、勇者様が凄い顔をした。

「お前は額で何をする気だ!」

「伝家の宝刀、ヘッドバッドですけど? こう、俺の赤い魔石でがつんと」

「大事にしろよ、命の源!!」

 勇者様、知らないんだね…。

 カーバンクル必殺の攻撃が、額の魔石を用いた頭突き&光線だってこと……

 …あれは結構見物だから、一度は必見と聞きます。

 特に現族長が放つ光線は、触れた物を透明な結晶に変えてしまう、一撃必殺の奥義だとか。

 奥義の名前は「ソドムフラッシュ」………透明な結晶の正体は塩だともっぱらの噂です。

 そんな噂のある人が全力で暴れ回る、外の防衛ライン。

 其処に加わるべく駆けだしたカーバンクルを、勇者様は止めることができませんでした。


 そして、その姿を見て。

 何の策も無しに無謀に飛び出すことの愚かさを悟った様で。

 取り残された形の私達は、車座になって額を突きつけ合わせます。

 今後どうやってことを丸く収めるのか。

 それを話し合う為の相談会を、私達は自然と開始していました。




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