35.面倒くさいことが待機中。
後半、まぁちゃん視点が入ります。
サッチー&ポロの店で開発された謎の薬。
『お天道様に顔向けできないことができなくなる薬』
どうやればそんな薬が作れるのか…
100年を超す経験の差は、先達に道の技術を習得させていました。
「そんでさ~。せっかちな吸血鬼の不良が、飲んじゃった訳よ」
「薬を?」
「そうそう。そんで解毒って訳じゃねーけど、反作用を起こす薬を作るのにな」
「詳しくは擬似的な太陽を体内に作ることで、太陽は常に自分と共にあるって錯覚させる薬なんだよ。常に太陽が共にあるってことにして、薬の効果を無効しよ~ってね~」
「そうそう。ついでに太陽の力を抗体代わりにすることで、薬の改良版作ろうってね」
「ああ。それで太陽の強い力を持つ神獣の一部が素材に欲しかった、と」
「そう。兎に角、太陽の気配がする物を取り込むことが肝要だと思ってさ」
「でも、そんなことして吸血鬼って死なないの?」
吸血鬼に太陽って、どう考えても御法度だよね?
「「「「「………………………」」」」」
何故か、店内に一斉に沈黙が。
え、死なない…の?
どうやら確証はないらしい。
というか、吸血鬼の生態をすっかり忘れて考えていなかったらしい。
良かったね、飲ませる前に気付いて!
手遅れになる前に気付いて、本当に良かったね! 吸血鬼が!
はっと思い至って踏み留まれた、薬屋さん達。
何かお礼を、と言われたので私は笑顔で所望しました。
「その、改良前の薬を下さい!」
私は『お天道様に顔向けできないことができなくなる薬』をゲット☆しました。
わぁい! ちょっと聞いた時から欲しいなって思ってたんですよね。
私は快く分けてくれたお薬を、いそいそと鞄の中に詰めました。
「そんな薬を手に入れて、どうするんだ…」
え、勇者様?
彼なら、相変わらず頭を抱えておいでですよ。
胡乱な目つきの勇者様を余所に、私は欲しい物を手に入れて浮かれまくってました。
そうして、翌日。
私達はさっちゃん達が完徹で作ってくれたエリクサーを手に入れました。
タダで。
大損だよ!と頭を抱える魔族がいましたが…
自業自得と思いましょう。
こっちは(主に勇者様が)苦労したんです。前言撤回など認めません。
元よりまぁちゃんにツケるつもりではありましたが。
タダにできる機会を逃すつもりはありません。
私はほくほく顔でエリクサーを鞄に収め、にっこり笑顔でお礼を言いました。
「お前って、時々すげぇ嫌味だよな…」
「え、何のことですか、さっちゃん? 誰が嫌味ですって?」
恨むなら、迂闊な自分の奥地を恨みましょーね?
私達は用も済んだとばかり、サッチー&ポロの店を後にします。
見送る種族も嗜好もバラバラな3人の薬屋さんとお別れして。
修行に留まるむぅちゃんとお別れして。
さあ、これから移動時間と戦いましょう。
なるべく、できるだけ急いで。
私達は魔境アルフヘイムを後にして、一路とって返します。
目指すは、人間の小国シェードラント。
まぁちゃん達が占拠した、空っぽの王宮を目指して。
いよいよ待望の、願いが叶いました。
いえ、この願いが叶ったところで、本願を果たすにはまだ至っていない訳ですが。
それでも、です。
それでも、これを手に入れたことに意味があると信じましょう。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「すげーことになってんなあ」
思わずしみじみ、呟いてしまった。
今、眼前で凄いことが起きている。
「勇者殿が帰ってくるまで、保ちますでしょうか…」
「分からない。頃合い見て、俺が止めに行ったが良いかね?」
「お止め下さい。陛下が出たら、兵達が逆に暴走するかも知れません」
「洒落になんねぇな」
「洒落じゃありませんから。本当に、幼子が絡むと見境ありませんねぇ…」
リーヴィルまで呆れた様に言って、気持ちは俺と同じだと知れた。
今、此処は小国シェードラントの王宮、塔の上。
此処は都市国家だからな。
小高い丘の上に立つ、王宮。
高いところに移動したら、簡単に都市の外を見ることができる。
其処で繰り広げられている、茶番を。
どっから漏れたのか、あまり考えたくねーが。
どうやら、カーバンクルの幼子が傷つけられたことが、ばれたらしい。
誰にって?
狩り祭に参加して、カーバンクルの集落まで来てた魔族の兵達にだよ。
つまりはあれだ、俺の部下達だ。
しかも面白がって、カーバンクルの族長エチカが煽ってるらしい。
それには族を傷つけられた族長として怒りもあるんだろう。
それでも面白勝手そうだと思うのは、奴の人柄のせいだ。
俺達魔族は、洒落にならねえイキモノだと思う。
俺達にとっては不思議じゃない行動だって、他の種族から見たら頭おかしいレベルだ。
矛盾してるだろって、自分でも思わないでもない。
だけど本能の働きなんて、矛盾してようがしてなかろうが、理屈じゃないんだ。
つまり、自分達では制御不可能の感情での動きってヤツで。
何が言いたいかというと。
好戦的で闘いに人生賭けてて、強者には闘いを挑まずいられないのも魔族の所以だ。
だがそれと同じくらい、弱者が可愛くて守りたくて保護しないと心配になって。
特に女子供の『守る対象』は種族の違いを超えて大事にしないと心配で胃が荒れそうで。
保護しないと死んじゃいそうな子供を害する者は、極刑にして良いと思う。
自分達だって戦いを繰り返して、不幸な子供を作ることもザラだってのに。
そんな俺達が、同じ魔族の幼子を命に害成すレベルで傷つけられたって知ったら…
うん、まあ、そんな訳で。
こうなるよな、なっても仕方ないよなって、遠い目をしちまう訳で。
カーバンクルの子供を殺され賭けたことを知った魔族達が、絶賛乱闘中だ。
シェードラントの分厚い外壁に対して、勇猛果敢な攻撃の数々…
小国にしては頑張って人間の兵達も耐えていると思う。
だけど外壁の耐久度がなあ…限界だろ? アレ。
誰が戦闘狂共に格好の口実を教えちまったのか…まあ、それは後で調べるとして。
俺が止めに行っても、多分焼け石に水だろーなー…
幾ら脳内でシミュレートしてみても、俺の話を聞かない魔族共の姿しか浮かばない。
むしろ、こっちがぽろっと零した言葉にだけ食いついて反応し、暴走を加速させそうだ。
常なら鉄拳で止めてるんだけどなー。
今ここで出てって止めたら、確実に人間共に姿を見られちまう。
そうなったら、もっと都合の悪いことになりそうだからなー。
勇者が。
何しろ数日間とはいえ、俺はこの国で、勇者と完璧に行動を共にしてたからな。
俺の顔はこんなだし、見た奴は絶対に一度で顔を覚えているはずだ。
しかも最初は街のただ中に駄竜を着地させたせいで、市井にも顔を見られた。
そんな俺の姿が見られたら、絶対ヤバイ。確実にヤバイ。
勿論、勇者が。
俺自体は魔境に君臨する絶対的強者として、慌てる事なんてねーし。
こんな小国でどう取られようと構いやしねーし。
どんないちゃもん付けられても、拳で蹴散らす自信がある。
そして人間にどう見られても、俺のことなら痛くも痒くもない。
だけど勇者はなー…そんな訳にもいかねーだろ?
加えて、勇者が堂々接触しちまったリアンカにも変な障りがあるかもしれねぇ。
リアンカは弱い人間だからな。俺が気を遣ってやらなきゃ。
万が一にもリアンカの不利益にならねえよう、身を慎むしかねぇな。
だからこそ、リアンカの『お友達』の勇者にも気を遣ってやるんだし。
まあ、勇者は面白い奴だから、少しなら庇ってやっても良いかなーと思わないでもない。
本当に、早く帰ってこねーかな。
このままこの国が保つとは思えねーんだが。
これを納めるとなったら、絶対に魔族共が不服を訴えて面倒臭いことになる。
その面倒事を何とか勇者に押しつけられないものかと、そう思いながら。
俺は物凄く面倒なことになっている外壁の戦いを見物していた。
勇者が出発して、エリクサーを探しに行った。
後どれくらいで帰ってくるのか…
まあ、リアンカって伝手があるから、ブツ自体は確実に手に入れると信じている。
薬関係で、リアンカに手に入れられない物が魔境にあるとは思えない。
その位、俺は可愛い従妹を信頼している。
リアンカが戻ったら、カーバンクルの子供は一命を取り留めるだろう。
流石にもう、額から奪われた目をくっつけることは叶わないと思うけど。
…いや、エリクサーならできるか? 駄目か? その辺は後で確認してみよう。
子供の命が助かれば、俺とリーヴィルの拘束される理由が無くなる。
そうなれば、この王宮なんかすぐ解放して良ーんだが。
面倒なことになっている、あの戦闘領域をどうすっかなぁと。
俺は今から、憂鬱な気分を噛み締めていた。




