29.サッチー&ポロの店
エルフの町は、人間のものとはちょっと様子が違います。
難無く歩くことができるのは、やはり迷宮クリアの認定証のお陰です。
歩き慣れない勇者様とむぅちゃんは、それでも、もぞもぞ。
居心地が悪そうにしながら、私に困り顔を向けてきます。
「確か、エリクサーだよね。リアンカ、どこで手に入る?」
知ってるよね、と首を傾げるむぅちゃん。
彼はエリクサーを初めとするエルフの霊薬の作り方を覚える為についてきました。
勇者様とむぅちゃん、2人の目的を達する為に、張り切ってご案内しよう!
「一般の薬屋さんには置いてないけど、職人街に行けば攻防と直接取引して入手できるよ。私の知り合いもいるから、まずはその人と交渉してみましょう」
「上手く譲ってもらえるだろうか…」
「落ち込まないで、勇者様! 譲ってもらえなかったら1つの国が滅ぶよ」
「リアンカ、頼むからそうやって俺を追い詰めないでくれ…」
「本当にメンタル面弱いね、この勇者」
不安そうな勇者様を引きずり、私達は一路職人街へと向かいます。
むぅちゃんに薬のレシピを伝授してくれるエルフも見付けないと。
それじゃあ、寄り道せずに行きましょう。
途中物珍かな品々が立ち並ぶ市場を通ったんですが…
勇者様やむぅちゃんの気が引かれてましたが、取り敢えず後だと叱って私達は職人街へ。
エリクサーを手に入れる為、やって来ました職人街!
私が2人をご案内したのは、その中でも馴染みのお店。
その名も、『サッチー&ポロの店』…。
そこはかとなく胡散臭さが漂う、不思議なお店でした。
ログハウス風の外観を基礎とした、こぢんまりとした建物。
ステンドグラスで彩られたドアには小鳥を模した小さなウィンドチャイム。
これだけなら、とっても可愛い素敵なお店。
だけどそこで終わらないのがサッチー&ポロの店。
そこで納めておけよって、前にまぁちゃんがげんなりしてたよ。
ドアの上部に高々と掲げられた、無骨な金属板の看板。
そこには達筆な草書体で大きくお店の名前が。
これだけでもちょっと微妙。
しかし、しかし、この店には(色んな意味で)隙がない!
周囲には看板とドアを取り囲むように配置された15体のガーゴイルが!
更にお店の小さな窓には、備え付けの砲門が!
………一体何の襲撃に備えているんだろう。
そして何を撃退したいんだろう、この店は。
明らかに過剰防衛を問われそうな防衛設備の整った、無骨なお店。
しかもそれが傍目にも明らかな、怪しいお店。
それが私の知人が営む、『サッチー&ポロの店』なのです。
「………なあ、本当にこの店に入るのか?」
「ねえ、他の店にしない? なんか得体が知れなくて怖いよ、この店」
「あのガーゴイルや砲門がいきなり火を噴いたりしないだろうか…」
お店の物騒な外観に、顔を顰める勇者様やらむぅちゃんやら。
さて、このお店の店主が知人だと、2人にどう言おうかな…。
サッチー&ポロの店は、数人の店主による共同経営で切り盛りされています。
ちなみに店主は3人います。
お店の名前から2人だと思われること頻繁ですが、店主は3人です。
何でもお店の名前を決める時のことです。
3人それぞれの主張がぶつかり合ってまともに決まらず無駄に時が過ぎたとか。
それで彼等は、最終的にヤケになってしまったようで…
喧嘩になるから、店主の名前をそのまま店の名前にしようと思い切ってしまったとか。
だけど看板に名前を彫り込む段階になって、店主の1人が正気に戻りました。
既に掘り始めている看板を前に、自分の名前は除外するよう強固に主張。
実力行使も辞さない構えだったと。
そうして、お店の名前は『サッチー&ポロの店』となりました。
3人目の店長は、自分の名前を晒さずに済んでほっとしたといいます。
衆目に自分達の名前を晒してしまう羽目になった2人。
彼等も笑って許容しているので、彼らはきっと仲が良いのでしょう。
さて、現在私達の前に店主が勢揃いしています。
カウンターで店番に励むのは、錬金術師のサッチーことさっちゃん。
その姿を見て、勇者様がげんなりしました。
「………魔族か?」
「魔族ですねぇ」
エルフの里で商売するさっちゃんは、どこからどう見ても魔族でした。
「よ、リアンカ嬢ちゃんじゃん。良く来た、らっしゃい」
そう言ってにんまり笑って、私達に飴ちゃんをくれました。
いつでもポケットにお菓子を入れていて、彼はよく子供や動物を餌付けしています。
子供好きなところは、やっぱり流石は魔族の1人。
私やまぁちゃんも、よくさっちゃんにはお菓子を貰っていました。
このお菓子がお手製の物だと知った時の衝撃は忘れられません。
今日の飴も、彼の手作りでしょう。
食べた飴は、飴でコーティングされた下から林檎の蜜煮が出てきました。
仄かなバターの風味が優しい味です。
手間暇かけたお菓子作りが趣味の、さっちゃん。
きっと良いお嫁さんになるでしょう…男でなければ。
家事が壊滅的な他の店主達に変わり、この店での炊事洗濯を一手に担う。
彼の職業は素敵な錬金術師兼主夫だと私は認識しています。
2人目の店主は、商品が陳列された戸棚の近くにいました。
壁際で商品の棚出しを行っているのは薬師のポロおじさんです。
「うわ~リアンカちゃん大きくなったねぇ」
「おじさん、2ヶ月前に会ってるから。私、2ヶ月で筍みたいに伸びたりしないよ」
「ん~…でもーリアンカちゃん、今日は男連れだしー? まぁ坊ちゃん以外の男連れてくるなんて成長の証じゃないかなぁ」
「おっさん臭いよ、ポロおじさん…」
のほほんと笑うおじさんは、若々しく見えてもやっぱりおじさんだった…。
苦笑する私の隣、勇者様が怪訝な顔をしています。
「おじさん…?」
「あ、初見の方だからわからないよねぇ?」
勇者様の疑問に気づいたのでしょう。
おじさんはのほほんとしたまま、のんびりと笑っている。
「こんにちはぁ? 薬師のポロでーっす! 人間止めてます~」
「…止めてます?」
「勇者様、勇者様、ポロおじさんは(元)人間なんですよ。20代に見えますけど、コレでも200歳近いおじさんです」
「それは最早おじいさんだろう!? というか、(元)ってなんだ、(元)って!」
「おじさんねぇ、若い頃ー…薬師のお師匠さんに卒業検定だーって言われてぇ、冗談で作ったお薬があってねぇ?」
「実力の見極めになんか薬作れって言われて、不老長寿の薬を作って試飲したらしいです」
「………俺はツッコまないぞ?」
「あと、薬の素材調達でドラゴン狩りした時に生き血を浴びちゃったらしくて…」
「何が原因かわからないけどー…気づいたら年取らなくなってたんだよね~?」
「……………俺はツッコまないからな?」
てへへと照れ照れ笑うポロおじさんに、勇者様は何かを耐えています。
多分、初対面の相手に遠慮無くツッコミ入れて良いものか迷っておられるのでしょう。
勇者様は常識人ですし、気遣いもある方ですからね。
だけど面白くないので、私はトドメを刺すことにしました。
「ちなみにポロおじさん、うちの村の出身です」
「っって、またか! またなのか、ハテノ村!!」
勇者様が頭を抱えます。
うん、これでこそ勇者様だよね。
「得難く変な住人が勢揃い。それが我が村のクオリティだよね~?」
「く…っ 変な村人、多すぎだろう! 魔境中に蔓延ってないか?」
「蔓延るってそんな、植物みたいに…」
でも勇者様がそう言いたくなる気持ちは、何となくわかりました。
さて、店主の最後の1人はエルフの魔法使いユーフェルミィ。
私はルミちゃんと呼んでいます。
そうしたらいつしか愛称:ルミちゃんで定着しました。
…なんだか、私の周りはそういう人が多いですね。
私の適当名付けで構わないのでしょうか。
その姿はほっそりとしながらも出るところは出ていて、まさにナイスバディ☆
シルエットがなんだか瓢箪に似ています。
しかも身長が高く手足が長いので、とてもバランスの良い素敵なスタイルの持ち主です。
目線が勇者様と同じくらいだから、180㎝は越すのかな?
ほっそり体型のエルフにしては肉付きが良いですが、見るからにエルフらしいエルフです。
そんな彼女が実はみぃちゃんと姉妹であることを、私は知っています。
両者の身長差、実に40㎝強。
スタイルはルミちゃんが瓢箪なら、みぃちゃんは薄べったい「板」。
持つ者と、持たざる者…両者の間には越えられない壁があります。
同じ遺伝子を持つというのに…。
実の姉妹でありながら、その格差にみぃちゃんが哀れでなりません。
せめて、情けをかけて勇者様達に両者の関係を暴露するのは止めておこうと思いました。
…だって、知ったら比べずにいられないもの。
私の温い視線に気づいたのか、気づかないのか。
カウンター席からさっちゃんが声をかけてきました。
「リアンカ嬢ちゃん、今日は何をお求めで?」
「あ、エリクサー」
「「「……………」」」
あれー? 店主3人組が一様に押し黙っちゃった。
その反応に不安そうな勇者様。
暗い顔で、恐る恐る問いかけます。
「その、何か問題が…?」
「あー…今、在庫切れてんだよね。急いで作っても明日の朝までかかるけど」
「どうせ今日はもう移動できそうにないし、それでも構わないけど」
「材料がな…こっちも幾つか切れてるんだよ」
「あと~…エリクサーって、結構お値段張るよぉ? エルフの秘薬だからねー。大丈夫~?」
そう言ってポロおじさんが算盤片手にパチ、パチと…
そうして示されたお値段を一目見て、私は言いました。
「まぁちゃんにツケといて下さい」
「って、おいぃっ!?」
きっぱりと言い切ったら、何故か勇者様が焦った顔で袖を引いてきました。
ん? 何か焦るようなことを言いましたか?
「大丈夫です。まぁちゃんの支払い能力ならイケます」
「まぁ殿がこの場にいないのに、無断でそんなことを…」
「何を言いますか、勇者様。このお薬は、魔族の臣民…それも幼気な子供の命を救う為に必要なんですよ? 必要としているのはまぁちゃんで、用途が魔族の為ならまぁちゃんないし魔王城にツケるのが順当だと思いませんか?」
「う…そう言われると……」
考え込んだ勇者様。
よし、一気に畳み掛けましょう。
偶に勇者様が物凄くチョロくて、先行きが不安になります。
だけど自分に都合の良い限りは、押し通すことに躊躇いなんてありませんでした。
「ふぅん? 魔族の、それも子供を救う為に必要なの?」
…と思ったら、勇者様とは別に反応する人がいました。
庇護対象大好き種族の魔族、さっちゃんです。
考え込むような仕草でふむふむと頷き、にこやかに素敵な提案をしてくれました。
「か弱い子供の為なら仕方ないねぇ。リストをあげるから素材を集めておいで。そうしたら材料費タダにして、人件費も割り引いてあげる」
「え、本当に! うわぁ…さっちゃん、ありがとう!」
「うん。今から頑張ってもどうしても完成は明朝になっちゃうけど…良いよね、ポロ、ルミ」
「仕方がないよね~…まぁ坊ちゃんにはお世話になったしぃ」
「私は貴男達が良いなら構わないけど…明朝までとなると、今から臨時休業しないと駄目ね」
「ごめんねー? 明日の御夕飯は2人の好きな物を作るから」
「よし! 張り切って制作に取りかかるわよ!」
「らじゃ!!」
「………俺、2人のそういうノリの良いとこと扱いやすいとこ、大好きだわ」
薬屋さん達はどうやら話もついたようで。
私達は破格のお値段 (しかしそれでもまぁちゃんのツケ)での購入となりました。
ここは頑張って素材を集めましょう!
うずうずしながらリストを待っていると、差し出された紙は2枚。
「あれ? 2枚?」
「そんなに多いのか」
「いや、多いのは多いんですけど…2枚目は、何か違うような」
首を捻る私に、さっちゃんが笑いながら言葉を足しました。
「それ、追加のおつかいな」
「おつかい、って…?」
「丁度必要だなぁと思ってたけど、手は離せないわ、問題あるわで手が出せなかったんだよな、それ。手に入れてくれれば、エリクサーの代金更に割り引いちゃう」
「乗った!!」
「待てリアンカ、乗るのが早い!」
「そうだよ。内容を確認しようよ、内容を」
大張り切りで乗ってみたら、左右から体を引かれます。
勇者様とむぅちゃんが、私を諫めようとしてくるのですが…
私は躊躇い無用で、さっちゃんの手から詳細の書かれたメモをもぎ取りました。
2人に重々しく溜息を吐かれましたが、気にしません。
私はわくわくとした気持ちすら感じながら、いそいそと内容を改めました。
お使いメモには、一言。
『 三 本 足 の カ ラ ス 』
「って、神獣じゃないか!!」
勇者様のツッコミが、張り手付きで炸裂しました。
肩をどつかれたさっちゃんが、身を伏せて痛がっています。
「わぁ、勇者様ったら博識ですねー」
相変わらず、人間の国出身にしては物知りです。
「こんな…どうやって見付けろと。いや、連れてくるなんて…」
「勇者様、暗い顔はなさらないで!」
「どう考えてもアスパラよりもずっと難易度高いじゃないか!」
勇者様は頭を抱えてしまいました。
深い溜息が、勇者様の心情を表していました。
結論として、まずはエリクサーの材料集めから始めることにしました。
取り敢えず薬屋さん達はできることから始めてくれるとのこと。
先にできる作業から始めるとかで、作業場に早々に籠もりました。
私達の方は、先ずは材料集めが優先ですが…
余裕があったら、その時は烏捕獲の努力だけでもしてみようということになりました。
努力だけで世の中回ったら苦労はいりませんが…
まあ、挑戦するだけなら悪いことでもないので。
…チャレンジ精神で狙われる烏には、たまったものじゃないかもしれませんが。
私達は素材収集ついでに鳥籠と虫取り網を手に、お店から出発しました。




