1.ハテノ村の薬師たち
お仕事どうしてるの?なリアンカちゃんのお仕事事情。
「洒落にならない女体化シリーズ」………
…その悪しき名に置いて、リーヴィルが本気を出した。
この上は、冗談抜きに制作者を殺る気だ。
少なくとも、半分くらいは殺る気だ。
リーヴィルに締め上げられながら、息も絶え絶えにヨシュアンが救いを求める。
「た、助けて陛下…っ」
ははは。そうだよな。
この場には俺しかいないんだから、俺に助けを求めるよな。
「だが、断る」
素気なく断ると、天使の外見をした卑猥な画家が必死さを増した。
「か、狩り祭りのお知らせを持ってきたって言っても…!?」
俺とリーヴィル、2人同時に動きを止めた。
ここは人類最前線
~魔王と勇者とカーバンクルの狩り祭り~
配下になったはずが反抗心溢れる(経緯を考えれば無理もない)駄竜。
村の衆が頑張ってリフォームした家一軒を倒壊させる拳闘を経て、竜は壷に封じられた。
勇者様は面目ないって、反省の面持ち。
宿を無くして再び我が家に身を寄せる羽目になり、とっても肩身が狭そう。
額に青筋浮かべた父さんが、竜入りの壷を高い高いしている。
ああ、あの顔は…
かつて私やまぁちゃんを、幾度となく恐怖へ突き落とした顔です。
これは説教12時間コースだな、と。
父さんのお説教がどんなものか知っている私としては、駄竜が相手でも同情します。
まあ、同情って言ってもちょっとだけだけど。
でも私がそう思うくらい、それくらい、村の責任を預かる父さんのお怒りは怖い。
うちの両親は魔王も震え上がらせると、一部で有名です。
具体的に言うと当代魔王と先代魔王が震え上がりました。
この村で一番怒らせてはならない相手を………。
ナシェレットさん、死んだな。
逃げ場もない壷の中から哀れっぽい助命の声が響く。
だけど自業自得。
私と勇者様は潔く駄竜の救出を諦め、温いお茶を飲んで一息。
勇者様は、全身全霊で疲れ果てていました。
そう、身体的にも心情的にも。
ここのところの連日連戦と、今日の精神的疲労を思えば無理もありません。
ここはこっちも全霊でいたわるところだよね?
私は花の香りがするお茶を飲み干すと、勇者様に意識して温かい笑顔を向けました。
「勇者様、怪我の手当に行こうか」
勇者様から、異論はないみたいでした。
ねぎらい、いたわるべき勇者様を連れて、私は夜の村を歩きます。
手当という言葉から、いきなり外です。
勇者様は困惑に顔を染め、首を傾げて問いました。
「家の中でするんじゃないのか?」
「んー…家の中にも常備薬はありますけど、万全じゃないから。勇者様の怪我、結構本格的な治療した方が良さそうだよ」
流石に竜種と連続4日殴り合っただけあります。
騙し騙しの適当応急処置で済ませているせいか、なんだか前に比べるとぼろぼろですね。
まあ、私が色々連れ回したお陰ですが。
今まで勇者様、自分の怪我はご自分で治療されていました。
なので色々と手の届いていないところもあるみたいです。
今回は勇者様手持ちの薬が尽きてきたこと+家が倒壊して荷物が未だ瓦礫の下ということもあり、全面的に私に任せてくれる気みたいなので。
折角です。
折角だから、私の仕事場にご招待しちゃいましょう♪
そうして持てる限りの薬剤を駆使して、徹底的にやっちゃいましょう。
師匠の先代薬師(大分高齢)が引退した今、村には薬師を名乗る人間が3人います。
1人は私。
他に師を同じくする薬師が2人。
師匠も3人いれば大概のことには対応できるだろうと後を任せて下さいました。
それから現在まで、私達は3人で仕事を回しています。
特に独立する必要も意味もないので、一緒に師匠から引き継いだ作業場でお仕事です。
かつては師匠が行い、私達が補佐していた村の薬師という仕事。
それを3人それぞれで適正と得意に別れて分担し、8人の見習いが補助をしている形です。
まあ、1人でも大体の仕事は網羅できるんですけどね。
それだと忙しさが半端無いことになるので、3人で手分けしている訳だけど。
私が薬や畑の管理やら作業やら傷病人の治療やら、色々と業務に追われる仕事をしている癖にフラフラ出歩いたりできるのも、2人の同僚がいるお陰。
仕事を負担してもらう時には交換条件が出され、互いに持ちつ持たれつやっています。
そんな私達の仕事場には当然ながら大きな薬棚と、豊富な薬が完備されています。
私が保管を担当している薬だけでも凄い量。
あれだけのお薬があれば、勇者様にも満足のいく手当ができるでしょう。
私の棚の大半は劇物だけど。
あとまだ分析していない効能不明の素材が多いけど。
いざとなったら同僚の棚を漁ればいいし、問題はなし!
私は仕事場の鍵を開け、勇者様を中へと誘いました。
ちなみに村の中には夜でも留守でも施錠しない家が結構あったりする。
それでも薬師の作業場は、貴重な諸々が保存されているので夜と無人の時はお隣さんに作ってもらった鍵(無理にこじ開けると呪いがかかるおまけ付き)で戸締まり厳重です。
「あれ?」
中に入ると、先客の気配がしました。
誰かが、いる。
「あ。むぅちゃん、めぇちゃん」
私以外の薬師が2人、其処にいた。
蝋燭の灯りに照らされて、2人が目を丸くする。
いや、その反応は私こそしたいから。
「2人とも、どうしたの。こんな夜に………はっ まさかの逢い引き!?」
「違うから。それこそまさかだから」
「そそ。私、年下は趣味じゃないのよ? 知ってるわよね?」
呆れた目で、2人に窘められました。
私の仕事仲間、むぅちゃんとめぇちゃん。
この狭い村のこと、勿論のこと私にとっては幼馴染みで。
長い時間を一緒に薬師見習いやっていたから、幼馴染みの中でも特に関わり深い相手。
むぅちゃんことムルグセスト君は女顔の年下男子。
まだまだ成長期も曖昧で、身長なんて同じ年齢の女の子より低い。
一見するともう女の子にしか見えない。
でも村始まって以来の天才と呼ばれている。
何しろ、史上最年少で薬師のお免状を師匠にいただいた実績があったりするし。
でも私ともう1人に比べて、それほど飛び抜けている訳でもなく。
ただ高い魔力持ちで魔法が使えるのが私達との違いかな?
その特技を生かして、魔法薬の維持管理と仕上げに関しては彼の担当となっています。
めぇちゃんことメディレーナちゃんは一見するとふわふわ女の子。
身なりには常に気を遣っていて、いつも可愛い。
どうしても葉っぱ臭くなるのが薬師という職業。
でも匂いにも拘りのあるめぇちゃんは、妥協しませんでした。
練り香水や石鹸、化粧水なんかを作って青臭さを良い匂いに昇華させるのに成功。
その腕前を見込んだ女の子やお姉様、小母様方に大評判。
一応作業分担としては、普通のお薬担当。
村人の必要とする常備薬や普通の動物用のお薬など、村人向きのお薬担当です。
ちなみに私の作業分担は、なんというか…ゲテモノ?
未だかつて村では誰も作らなかったような、魔王向けのお薬とか。
他にも普通の魔族さん向けとか、獣人用とか、果ては魔物や魔獣向けとか作ってみたり。
元々は趣味だったけど、顧客ができて需要が発生しました。
元々独自の伝手とコネがあったし。
村の外をフラフラしていたから、異種族の里やらと交流あるし。
その縁を有効活用して、余所の珍しい素材を採取してきたり、獣人と技術交流して秘伝の薬の調合法教えてもらったり、好き放題。
獣人さんや竜やらとの交流方法を熟知しているだろうと見込まれまして。
2人には、村の外向きのお薬に関して任されました。
異種族との交渉だとか、珍しい素材や調合法の収集だとか。
他の種族用の薬を作ることと、他種族との交流だとかが私の担当です。
あ、あと遠出した時なんかに、新しい素材になりそうなモノの発掘とか。
まあ、それ以外の薬を作るに当たっての基本的な作業やら色々やらは、3人で協力してやっているんだけどね。
だから、仕事に関して他2人の予定も情報共有しているけど。
2人とも、今日は遅くまで作業場に籠もる予定じゃなかったよね?
「めぇちゃん、家に帰らないの?」
ちなみにむぅちゃんは作業場に併設している診療所に半分棲んでる感じ。
だから、むぅちゃんが作業場にいても驚きはしないけど。
めぇちゃんは過保護な叔父様と2人暮らし。
こんな夜遅く迄の外出、めぇちゃんの叔父様が許すんでしょーか。
私の疑問に、2人は揃えたような反応を返してきた。
目をかっと開いて、噛み付くように
「「だって!!」」
わあ、ユニゾン。声がそろったよ。
だって、何だって言うの…!?
2人は顔を見合わせたけど、頷き合うとまずはむぅちゃんが口を開く。
「だって、リアンカ! 君が持ち帰ったんじゃないか」
「…あ、そういうこと?」
なんで2人が残業しているのか、流れが読めました。
「フルスワの花が、こんなにあるんだよ!?」
「メディエディの樹液だって忘れられません!」
「鬼雀の骨とか、コカトファザーの骨とか!」
「温泉メダカの髭、魔獣の爪各種、それに何より真竜の鱗に血!」
「わかった、わかったから!」
興奮しきりの仲間達に詰め寄られ、私はいつしか壁際に追い詰められ…
私の背後にいた勇者様もたじたじです。
「つまり、珍しい素材が沢山あったから我慢できなかったと」
「だってこれだけあったら、新薬の開発が進むもの」
「僕も色々と後回しにしていた薬の調合ができます」
そう言って、再び机に向かって素材の下処理作業に戻る2人。
どうやら、興奮が冷めてくると一刻も早く作業を進めたい気持ちになったみたいで。
目を白黒させながら、勇者様がどういうことだと私に目で問うてきます。
折角なので、ご説明しておきましょーか。
「ほら、私ってば仕事放り出して1週間も留守にしていたじゃないですか」
「そう言われると、確かに1週間村にいなかったから放り出したことに、なる、のか…?」
「その間、この2名に私の分の仕事も肩代わりしてもらっていたんですけど、ただで肩代わりしてもらっていた訳じゃないんですよ」
そうです。
仕事を任せているからには、見返りも重要なので。
勿論むぅちゃんやめぇちゃんが仕事を抜ける時は私がその分も仕事をします。
それこそ持ちつ持たれつなんですが。
私の場合は2人の手伝いに加え、いつも素材を採集してくることにしています。
何しろ私、珍しい場所にも平気で足を踏み入れるので。
2人にしてみれば、絶対に行かないようなところにもひょいひょいひょいひょい…。
今回だって、竜の谷を筆頭にあれこれ行きましたから。
その場所に由縁する、素材になりそうな物は目敏く採取させていただきました。
それを「お土産」として持って帰って来た訳ですが。
いつもだったら、翌日以降に3人で仲良く本格的な処理に精を出すところ。
でもどうやら、今回は2人が待ちきれなかったみたいですね。
多分ですけど、丁度2人が必要としていた素材にクリーンヒットしたんでしょう。
こうなってしまうと、もう時間なんて気にしてられませんよねー。
私には疲れているだろうから、帰って休めと言っといて…
「2人が作業するんなら、私も仲間に入れて欲しかったー!!」
思わず不満も露わに、頬を膨らませてしまいました。
いつも仕事を押しつけてフラフラしてはいるけどさ。
でも私だって、一緒に没頭したかった!
「悪い。リアンカが何を採取してきたのか、確認したのは君を家に帰した後だったんだ」
「そそ。渡された中身確認しちゃったらさ、止まらなくなっちゃったのよー」
「止まらなくなったって、私がお土産渡してから、もう半日以上経ってるよね!?」
思った通りだけど、その間休みなしか…。
本当に、私も仲間に入れて欲しかった!
「ずるい、ひどい、抜け駆け…」
ぶつぶつ言う私の肩に、勇者様が手をぽんと。
ぽんと、手を置きました。
「勇者様…」
慰めてくれるんですか?
「……………」
…見上げてみれば、そこには真っ青なお顔の勇者様。
わあ、血の気が引いてもやっぱり美形。
勇者様は青白い顔で仰いました。
「リアンカ、すまないが…」
ちりょう
勇者様の口が、声なくそう呟いて。
勇者様の上体が、ふらついた。
「わあっ 勇者様!?」
腕に負った勇者様の傷からは。
布を当てて止血していたはずなんだけど。
勇者様の傷からは、まだ血が流れていた。
「ぞ、増血剤っ? いや、止血剤――!!」
青い顔でむぅちゃんが叫んで。
作業場は、大騒ぎになった。
ゆうしゃさまは あおいかおを している