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ここは人類最前線4 ~カーバンクルの狩り祭~  作者: 小林晴幸
エルフの迷宮(またの名をアスパラ地獄)
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21.迷宮への誘い

 エルフの住む場所を、アルフヘイムと呼びます。

 元々はエルフ達の魂の故郷、本来の住処の呼び名。

 そこから取って、魔境におけるエルフ達の里を「魔境アルフヘイム」と呼んでいるのです。

 昔は「飛び地アルフヘイム」だったらしいのだけど。

 今では魔境に染まった妖精郷の、ご当地色の良く出た名前ですよね?


 そして、魔境のアルフヘイムならではの名物が1つ。

 前にもちょっとだけ説明しましたよね?

 エルフの里をぐるりと丸く囲む形で発展成長した、『迷宮』です。

 エルフによって種々様々な工夫や技術の詰め込まれた、知識と悪意の試練。

 魔族はそれを、『魔境の一大テーマパーク』と呼びます。


 その素敵すぎる門構えを見て、勇者様が固まりました。


 勇者様の様子をちょっと気にしながら、むぅちゃんも竜の背から滑り降ります。

 私の隣に並び、遙か高くまで威容を誇ってそびえ立つ、エルフ渾身の門構えを眺め上げました。

 むぅちゃんもエルフの里は初めてですからね。

 まじまじと見上げる瞳には、感嘆と驚きが込められています。

「これが、魔境アルフヘイムの門…話に聞いていたとおりだ」

「聞いていたとおりなのか!?」

 しみじみとした少年の声に、勇者様が過剰反応。

 勇者様の愕然とした面持ちにむぅちゃんは首を傾げています。

 また何か、勇者様の常識が崩壊したのかな…?

 まあ、何はともあれ、まずは受付ですよね。

「2人とも、受付に行きましょう」

「受付!?」

 こっくりと頷くむぅちゃんの隣で、勇者様が素っ頓狂な声を上げる。

 その声に驚いたむぅちゃんが、まじまじと勇者様を見ていた。

「はい、受付です。挑戦者は受付で登録しないと行けないんですよ。むぅちゃんと勇者様は初挑戦なので、多分迷宮のマスコットキャラから初回説明を受けれますよ」

「マスコットキャラってなんだ!?」

「あれです」

 私が遠くに見えた姿を指差すと、勇者様とむぅちゃんの視線が指の先を追い………

 流石に2人とも、固まりました。


 目の向かった先、そこにいたモノ。

 それは…


 見事な箱でした。


 厳密に言うと、箱を被った人。

 箱の下から、そこだけ見れば普通の華奢な体が生えています。

 生えている体が普通だからこそ、生じる違和感。

 客観的に見て、とても凄まじく怪しい風体でした。


 迷宮には48の入り口があり、入り口によってエルフの里に至る経路が違います。

 いつでも改造や改良の為の工事が行われていて、実際に開放されているのは常時4つ。

 それぞれに難易度も4段階で区分けされており、内容も特色もルートによって様々。

 その全てに共通して、出てくる魔物のトラップ。

 それを模したのが目の前のマスコットキャラです。

 木製の宝箱を模した被り物(頭部だけ)に、人の体のそのキャラは…

「みぃちゃん!」

「みぃちゃんじゃないミミー!!」

「だってみぃちゃん、メスだし」

「中の人の性別は関係ないミミー! メス言うなミミ! …ハッ ち、違うミミ! 中の人などいないミミ!!」

 慌ててそう返してくれた小柄な姿。

 いつ見ても和むよ、このサイズ。

 中の人は大人の筈なのに、みぃちゃんはむぅちゃんと身長があまり変わらない。

 150㎝もない身長に加えて、このドタバタぶり。

 まるでゼンマイ仕掛けの玩具みたいで愛くるしいと定評があります。

 だけど彼女を見て和んでいたのは、どうも私だけみたいですね。

 若干引き気味の勇者様が、恐る恐ると私の肩を叩きました。

「り、リアンカ…? その人は…」

「迷宮のマスコットキャラクターです。名前はみぃちゃん」

「ミミッ君だミミ!!」

「…と、本来ならミミッ君というキャラ名なんですけど、当代のミミッ君は女の子がやっているので私はみぃちゃんと呼んでいます」

「名称は正しく用いてほしいミミー!」

 うがーっと言いながら、私に食ってかかるみぃちゃん。

 あっはっはっはっは。全然痛くも痒くもありません!

 私はみぃちゃんの頭に手を付き、腕をぐっと伸ばしています。

 こうするとみぃちゃんの手は、私まで届きません。

 まるで風車の様にぐるぐる両腕を回して、みぃちゃんは悔しさに歯噛みしていました。

「リアンカ…大人と子供の喧嘩みたいで、見ていて可哀想」

「むぅちゃん、みぃちゃんは私達よりずっと大人だよ?」

「「え!!?」」

 あ、むぅちゃんと勇者様の声がそろった。

「みぃちゃん、確か今年で126歳だったよね?」

「人の年齢を勝手に暴露するなミミーっ!」

「………同年代だと思った」

 えー…と言い出しそうな顔で、むぅちゃんがみぃちゃんを凝視している。

 勇者様も、今にも頭を抱えそうな顔をしていました。

「え、っと…その、中身はもしかしてエルフ、なんだよな?」

「どうしましたか、勇者様。また何かの常識が崩壊しましたか? それともエルフという種族に抱いていた幻想(ユメ)が潰えましたか?」

「うん、わかっているなら聞かないでくれ…」

 悲愴な顔の勇者様に、私はきっぱりと言って差し上げました。

「勿論、中身は若いエルフのお姉さんですよー」

「な、中の人などいないミミー!」

「エルフって高身長の一族じゃなかったっけ」

「そうですよ。でもミミッ君にはお客さんに威圧感を与えないよう、中の人には150㎝までって身長制限があるんです。今までは少年限定のお役目だったんですけど、みぃちゃんは大人になってもエルフには希な低身長だったので天職としてお役目が割り振られたとか」

「だ・か・ら! 中の人などいないミミ!! エルフじゃないミミ。ミミッ君はミミッ君だミミ!」

「見てください、この徹底ぶり! ナシェレットさんにも見習ってほしいくらいです」

「エルフって、エルフって………思っていたのと、違うんだな」

 呻くように言ったきり、勇者様はがっくりと項垂れてしまいました。

 どうやら今度こそショックが大きすぎたようですね。

 段々耐性が付いてきたみたいですけれど、やっぱり勇者様は今回も頭を抱えてしまいました。

「………まだ、崩壊するだけの常識が残っていたんだ…」

 勇者様に対するむぅちゃんの感想が印象的に響きます。

「なんだか寂しいけれど、ユメの瓦解と共に人は大人になっていくんですよ、むぅちゃん」

「いや、それとこれとはちょっと違う気がする…」

 むぅちゃんの勇者様を見る目には、驚きと心配が満ちていました。



「それでは気を取り直して、初挑戦のお2人に説明始めるミミ!」

 騒動を乗り越え、何とかメンタル面を持ち直した勇者様とみぃちゃん。

 己の仕事を思い出したみぃちゃんは、受付にて説明を開始した。

 本来の受付役は別にいるけれど、初挑戦者はマスコットが対応するのが伝統だそうです。

「エルフの里に通じる迷宮は、入り口によって複数のルートがあるミミ。いつもは4つの難易度に合わせて1つずつ開いているミミ」

 そう言ってみぃちゃんが壁の案内図を指し示す。

 エルフの里をぐるりと取り囲む迷宮に、48の入り口。

 開放中の4つを除いた他の入り口には、×印が付けられているんだけど…

「あれ?」

 おかしいな。

 入り口が、3つしか開放されていないように見える。

「一昨日、今期の難易度Hellコース「Happy Fairy Island」で不具合が見つかったミミ。お陰で今、職人を入れて突貫工事中だミミ。なので今日は3つのコースで我慢してほしいミミ~」

「ああ、それで」

 ちらりと受付の横…業務用入り口を見ると、其処には盛んな人の出入り。

 出入りの業者さんなのか、エルフ以外の種族もちらほらと。

 材木やら何やら抱えてえっちらおっちら作業中のようです。

「いきなりで資材が足りなくなったミミ。業務用出入り口は気にしないでほしいんだミミー」

 業務用入り口はエルフと取引のある相手か、正式な招待を受けた賓客用の出入り口です。

 今の私達には関係ありません。

 私達のような、突発的であり招かれざる客に開放されているのは迷宮を辿る道のみ。

 …タイトル保持者のまぁちゃんには、特例だけど。

 迷宮を通るのも無駄なので、業務用入り口が常時開放されています。

 今、まぁちゃんいないし。

 急いでいても、ここはちゃんと手順を踏むしかありません。

「迷宮の3つのコースは、魔物が出るだけのEasyコース、魔物と罠が仕込まれたNormalコース、強い魔物と魔獣と罠が入り乱れるHardコースがあるミミ。ちなみに魔獣はカーラスティンからの貸借だミミ。殺すとカーラスティンから抗議が凄いので、魔獣は殺しちゃ駄目ミミ。殺したらペナルティがあるミミー」

「カーラスティンって、あの双子か」

「エサ代稼ぎと運動不足解消を兼ねているそうです」

「あの島にいるので全部じゃなかったんだな…」

「彼処にいるのは、多分半分以下じゃないかな?」

 勇者様が、遠い目をしている。

 巨豚3兄弟を初めとする魔獣との激闘を思い出しているんでしょう。

「それから迷宮挑戦者には行動制限がかかるミミ。元々は手加減してくれないと洒落にならない魔族なんかが無茶をしないよう加えられた規則だミミ。でも公平を期す為、全種族にお願いしているミミ」

 そう言って、みぃちゃんが3つのメダリオンをカウンターに置く。

「このメダリオンは、それぞれポジションを意味しているミミ。迷宮挑戦者は自分を物理攻撃・魔法攻撃・アシスタントの3つのどれかに割り振ってもらうことになっているミミ。それぞれのポジションの内容は名前の通りだミミ。1度迷宮に入ったら変更はきかないから、慎重に選ぶミミ」

 …という説明を聞き流す傍ら、私とむぅちゃんは躊躇いなくメダリオンに手を伸ばしました。

 ついでに勇者様にも、私の独断と偏見でメダリオンを押しつける。

 というより、これ以外にはないでしょう?


 当然の如く、胸に「物理攻撃」のメダリオンを付けられた勇者様。

 物理攻撃しかしてはいけないポジションに、彼以外の誰をつけろというのでしょう。

 今この場の、この面子で。

 そして「魔法攻撃」のメダリオンを自ら付けるむぅちゃん。

 魔法攻撃しかできないこのポジション。

 この為だけに、むぅちゃんが中級以上の攻撃魔法を習得するのを待っていたんです。

 魔法薬、霊薬の本場であるエルフの里で薬の調合法を学ぶこと、本人も望んでいましたしね。

 私は勿論、言うまでもなく「アシスタント」を身につけました。

 直接的な戦闘行為は禁じられますが、私は元々非戦闘員。

 その代わり、アシストと取れる行動なら何をしても良いという自由度の高さ。

 うん。やっぱりこれ以外にないでしょう。


 勇者様も自分でわかっているのか、メダリオンを押しつけても苦笑するだけ。

 渋ることなく、大人しく受け取ってくれました。

 うんうんと満足げに頷く私達に向かって、受付のみぃちゃんが首を傾げます。

「ミミ~?」

「どうしたの、みぃちゃん」

「ミミッ君だミミ。ってそうじゃなくて、挑戦者は3人だけミミ? 違うミミよね? もう1人いるミミ」

「いませんよ」

「でも、気配がするミミ!」

 そう言って、みぃちゃんが勇者様の鞄をビシッと指差す。

「その鞄の中から、竜の気配がするミミー!」

「「「あ」」」

 忘れてた。そう言えば、彼がいましたね…

 でも、私は慌てず騒がず。

 気迫を込めて、みぃちゃんの腕を掴みました。

「違います。私達、3人だけです」

「でも気配が…」

「あれは 荷 物(アイテム) です」

 ハッキリ、くっきり、しっかりと私は告げました。

 後ろの方で、誰かの呟きが聞こえます。

「ひでぇ…」

「言い切ったね、リアンカ」

「本気でアイテム扱いしているな…」

 勇者様が鞄から取り出した小さな壷を前に、彼らは苦笑い。

 だけど私は気にしません。

 だってあれ、実状移動アイテムでしょ。攻撃機能付きの。

 戸惑ったようにみぃちゃんが

「み、ミミ~?」

 なんて首を傾げていましたけれど。

 私は気にせず、畳み掛けました。

「何なら荷物としてクロークに預けても良いです。確か入り口で預けた荷物って、出口で受け取れましたよね」

「あ、うん。預かれるミミ。でも…」

「それじゃあ預けましょ。勇者様、壷を貸してください」

 問答無用で荷物預かり所に押しつけました。

 壷がなんだか、ガタッと揺れた気がしましたが…

 まあ、気にしなくても良いですよね?

 駄目押しに壷の蓋に封印札を貼り重ねてすっきり爽やかに手放しました。

「………挑戦者が迷宮内で命を落とした場合、荷物は永遠にそのままか廃棄処分か売買処分になるミミ…それで良いんだミミ?」

 念押しのように尋ねてくるみぃちゃんに、私はぐっと親指を立てて笑いかけました。

 諦めたように溜息を吐く箱が、物凄く珍しく見えました。


「…本当に預けたよ、リアンカってば」

「しっ 聞こえるから」

「聞こえてますよ」

「「あ」」

「参加者の人数と種族で迷宮の難易度、変動しちゃうんですよ。ナシェレットさんは竜だから」

「ああ、それで預けたんだ…」

「実状戦わないナシェレットさんなんて、頭数あっても邪魔なだけです」

「言い切るんだな、リアンカ」

「だってナシェレットさんがいるだけで難易度上がるんだよ?」

「………ま、置いて行くか」

「ええ、それが良いと思います」


 エルフの里はクリアした迷宮の難易度によって利用できる区画やサービスに差が付きます。

 具体的に言うと受け入れてもらえる要求のレベルが変わる訳で。

 例えばエルフの里は円心状に4つの区画に分かれています。

 中心地から外側に向かってレベルが下がり、迷宮クリアの成績に対応しているわけで。

 私達は今回、エリクサーを手に入れる為に来ました。

 でもエリクサーは、外部からのお客用に設置された一般の薬屋には置いていません。

 手に入れるには、エルフの薬師達が居を構える「職人街」に行く必要があります。

 行けても要求を聞いてもらえるかは、また迷宮のクリア成績で変わってくるわけですが…

 それでも、行かないことには始まりません。


「今回のエルフの里への用向きは何ミミ?」

「エリクサーの入手及び、制作方法の授受」

「……それならHardコースだミミ。今期のHardは「グリーンアスパラマンの復讐」だミミ」

「アレか…」

 うわぁ、アレかー…

 まぁちゃんと一緒に1回だけチャレンジしたことがあります。

 グリーンアスパラマン、意外に手強いんだよね…

 コース全体で出てくる魔物の種類は植物系・昆虫系・動物系…

 1つのコース内で食物連鎖が完成しちゃってるコースです。

 でも割合、植物系が多かったはず。

「むぅちゃん、火炎系の攻撃魔法は?」

「アスパラ如きなら充分燃やせると思うけど」

「じゃあ、大丈夫かな…」

 勝率を上げる手段に頭を悩ませている私の、その横で。

「………なんだ、グリーンアスパラマンって」

 勇者様が、微妙な顔をしていました。


 エルフの知識と技術の粋が結集する職人街がある場所は、数えて上から2番目の区画。

 そして門外不出のレシピを手に入れるには、好成績を叩き出さないと。

 重要なのはクリアタイムと、踏破率と、魔物の撃破数。

 それからクリアした時点での挑戦者の状態。

 他にも細々としたところはありますが、取り敢えず重視すべきはこのあたりでしょう。

「好成績クリアを目指す為にも、頑張りましょう! ね、勇者様、むぅちゃん!」

「仕方がないから頑張るよ」

「俺も、それでエリクサーが手に入るなら」

 中々に素直な青年と少年を引き連れ、いざ迷宮に挑戦です!



「それじゃあ登録用紙に記入をお願いするミミ。これを基準に迷宮のレベルを調整するから、ちゃんと正直に記入お願いするミミ」

「はーい」

 でもまずは、手続きを終わらせてからですね。

 私達は渡された用紙とペンを受け取り、記帳台で暫し黙々とペンを動かし続けました。





次回から、野菜の襲撃はじまるよ☆

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