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17.勇者様の間が悪い夜

 この小国の王宮に留まり、4日。

 リアンカとの再会について思いを馳せて、疲れ果てた体に溜息をついていたら。

 天井裏から瞳をキラッキラさせてまぁ殿が飛びこんできた。

 待て待て、どこから入ってきている。

 苦言を呈そうと思ったら、そんな俺の機先を制してまぁ殿が。

「勇者ー? お前についてすっっげぇ話聞いてきたんだが、知りたいか?」

「それ暗に『聞く』以外の選択肢を封じてないか?」

 俺よりも凄い(と、俺は思っているわけだが)美形のまぁ殿。

 彼は自分の魅了能力を封じることで気配を若干削ぎ落とし、今日も俺を隠れ蓑にして暗躍中。

 ちなみに此処にいる間の肩書きは『勇者(オレ)の旅の仲間』という事になっている。

 間違いではないが真実として正しくもないという微妙な肩書きだ。

 というか、正しいとは言いたくない。


 天井裏から出てきたまぁ殿。

 彼は部屋の外の気配を念入りに探った上で消音の結界を張り巡らせた。

 これをすると部屋の中の音を室外へ漏らさないそうだ。

 それから忍び込んだ先で手に入れたという戦利品をテーブルに並べる。

 殆ど食べ物だったが、どこから盗んできたのか問い詰めたくなるような珍品もある。

 魔王の癖に、なんだってそんなに潜伏とか忍び込みとか潜入とかが上手いんだ。

 魔王ってもっと、こう、一般的なイメージだと堂々としていないか?

 何かに忍び込むとか、こっそりこそこそとか、魔王という字面には皆無な気がする。

 だが、まぁ殿は別らしい。つくづく、型破りな。

 毎日毎日、兵士につれていかれたんだから、王宮の中にこそ手がかりがあるかも知れないとリアンカ探してあちこちうろうろしているらしいが…

 天井裏に潜むのは完璧に不審者だ。どう見ても犯罪者だ。

 実態を知っている俺にも間者にしか見えない。

 そんな状態でいつか城の衛兵に追いかけ回されないかと案じているが、そうなったらそうなったで、そんな展開も楽しみそうなところが恐ろしい。


「それで、一体何を聞いてきたんだ?」

 椅子に座って向かい合うと、まぁ殿はケラケラ笑いながら、

「この国には3人の王女がいるだろ?」

「ああ、この城に来た初日に紹介されたな」

 唐突な話題に、脳裏に当の王女達を思い浮かべるが…

 似たような容姿の3人ということは覚えている。

 だけど細部が思い出せないのは、多すぎる女性達が同じ日に詰めかけてきたからだろうか。

 女性の顔を見すぎて、どうやら脳内で分類できていないらしい。

 人の顔を覚えるのは得意だ。名前を覚えるのも得意だ。

 だが、あまりにも紹介されすぎてごっちゃになっている………。

 沢山の女性の顔が思い浮かぶが、どれが王女だったか…

 毎日の晩餐で顔を合わせていた筈だが、服毒の危機に責め苛まれてそっちにかかりきりになっていた。

 結果として、王女達に関しては薄らぼんやりとした印象しかない。

 しきりと首を振って考え込んでいると、まぁ殿からヒントが来た。

「栗毛の髪に緑の目の女達だよ。上の2人はふわふわゆるゆるの天然巻き毛で、三女は直毛。目鼻立ちはハッキリしていて若干垂れ目がち。長女には目元に黒子(ほくろ)がある」

「わかった。色違いで揃いのドレスを着ていた3人だ」

「ああ、それぞれ。長女がピンク、次女がオレンジ、三女が紫だ」

「言われてみればそんな配色だったかも知れない。それで、彼女達がどうしたんだ。俺に関係がどうの言っていたが、まさか…」

 どうしようか。

 凄まじく、逃げ出したくなるほどの嫌な予感しかしない。

 そしてこういう場合…それが特に女性がらみであれば、俺の勘は大体当たってしまう。

 …女性がらみだと似たような騒動が多すぎて、必然的に過去の例と酷似したパターンに嵌る場合が多いだけかも知れないが。

「おー? やっぱ勘が良いな、勇者。多分そのまさかじゃねーか?」

「と、言うことは…」

「おう。今更だろーけど王女達がお前を狙ってるぜ? 貞操的な意味で」

「………まあ、確かに今更か。そのパターンは多すぎて慣れたというか、驚きはないというか」

「そこを敢えてわざわざ俺が知らせに来たんだぞ?」

「……つまり、ただ狙われているだけじゃないのか…」

「その通ぉり!」

「いや、そんなに楽しそうに言われても」

「王女共はどうあってもお前の嫁になりたいらしい。多少の無理や強引さは仕方なしと豪語してるぜ」

「一国の王女が、そんな…」

「今更だろ?」

「………まあ、過去にはこの国よりも遙かに豊かな大国の王女に、袋詰めにされて誘拐されそうになったこともあるが…」

「衝撃の体験だな」

 ぼんやりと過去の忌まわしいトラウマの1つが思い出される。

 ついつい口にしていた言葉に、まぁ殿が非常に微妙な顔をした。

 なんだろう。魔王に同情される勇者って。

「…………………お前、本っ当に五体満足に成長できて良かったな」

「ああ、今までの感謝も込めて、最近は毎晩幸運の神に祈りを捧げてから就寝している」

「それが良いぜ。ここまで大きくなれたことを海より深く感謝しな」

「それでまぁ殿。王女達は強引な手段に出ようとしているだけなのか?」

 正直、それくらいなら本当に今更だし、気にもならないんだが…

 ………と思ったら、どうやらそれだけじゃ無かった。

 まぁ殿が、可哀想な物を見る目を向けてくる。

 だが口が微かに吊り上がっていて、本心では面白がっていそうだ。

「良く聞け、勇者」

「ちゃんと拝聴している」

「なんと、お前と王女の結婚に国益を見出したこの国の王と王子が、お前の嫁の座を娘にゲットさせるべく、完全援助の後押しを正式に決めやがったぞ」

「…………………………………」

「お前、超大国の王子様だもんな。オマケに今は人類の希望『勇者』の肩書きを背負ってやがる。こんな超優良物件、誰もが涎垂らして欲しがるだろーなあ」

「そ、そんなしみじみ言わないでくれ!」

 ちょっと待ってくれ。なんてことだよ。

 王と、王子が完全に俺の敵に回ったのか!?

 この王城の中、俺は完璧に奴らの手中にいるんだぞ…!?

 危機も回避に費やす労力も、今までの比じゃなくなるだろう!

「うぁ………」

 もうあまりのことに嘆きしか出ない。

 ああ、身の危険。

 それはつまり、この国丸ごと1つが俺の敵に回るという事じゃないか…! 貞操的な意味で!!

「くっ…これだから、他国に長期滞在するのは嫌なんだ!」

「長期って、まだ4日しか経ってねーぞ。っつか、その言い方だと余所の国に滞在する度、こんな危機に遭ってんのかよ」

「例え数日でも危険が降りかかっている時点で、手遅れなんだよ!」

「待て、落ち着け。今は未だ計画段階だから遣りようはあるだろ」

「その言葉が気休めでないことを祈るばかりだ…!」

 このままじゃ、いけない。

 身の安全を守るには、何とか脱走しなければいけない。

 だが、その前にリアンカ達を回収しないとどうなるか…。

 いや、それ以前に。

 もしも彼女を質に取られたら………あ、その場合はまぁ殿がキレて何とかするか。

 もしかしたら国家存亡の危機に陥るかも知れない。

 だが、その時は俺の方もそれどころじゃない確率が高い。

 そうなったら多分この国の危機を回避することはできない…ん、だろうなあ………。

 正直、それどころじゃない場合は俺もどうしようもないんだが。

 放置はできないな、勇者として。

 そうなると今度は貞操の危機に命の危機がプラスされるのか。

 ……………。

 この国と俺の安全を守る為にも、一刻も早くリアンカとカーバンクルの親子を見付けて、この国を脱出しなければ。

 

 改めて決意も固まるが、その前にすることもある。

 情報の整理と、リアンカ達保護対象を見付けるに当たっての計画の練り直し。

 そして何より、敵…この国の国王一家の傾向と対策を。

 その点を踏んでおかないと、食われる。

 感じ取りたくもない妙な確信が、俺を急かす。

 急いで逃げなければ、酷いことになるぞと。

 取り敢えず当面王女達がどんなことをするつもりなのか。

 おそらく、まぁ殿なら何らかの情報も得ているだろう。

 彼は多分、中途半端はしない筈だ。

「まぁ殿、王女達の動向を教えてくれないか。彼女達は何をするつもりなんだろうか」

「構わないぜ。俺には理解を超える行動を取る奴もいて、お前が哀れになってきたしな」

「魔王に可哀想がられる勇者なんて、俺が史上初だろうな…」

「どうだろな? 魔族の歴史も勇者の歴史も長ぇし。もしかしたら過去を遡って探したら、お前みたいなのも見つかるかもしれねーぜ?」

「そんな人がもしも見つかった時は、俺には絶対に教えないでくれ。どんな末路を辿ったのか…怖すぎて、知りたくない」

 絶対に余所事とは思えないことは確実だから!

 いつかストーカーに刺されて没するかもしれないという強迫観念が、常々ある。

 もしもそれを確信に導く様な末路を辿っていたら… 

 ふるりと身を震わせる俺に、まぁ殿が哀れみの視線を注いだ。

「…お前って、意外と臆病だよな。自分のことには」

「それだけの下積みがあるんだ。当然だろう」

 開き直って言うことじゃないかもしれないが、言わずにはいられない。

 どうも特殊すぎる過去の全てが、俺には鉛のように重かった。

「王女達の動向だったよな。それぞれ違う手段でお前とお近づきになることにしたみてーだぞ」

「具体的には?」

「長女が黒魔術、次女が脅迫、三女が貢ぎ物大作戦で…」

「ちょっと待て。黒魔術って何だ、黒魔術って」

 脅迫も気になったが、まず気にするべきは長女かと思われた。

「黒い魔術だろ。主に腹の中身が」

「それは腹黒だな。腹黒い魔術か。違うだろう」

「呪いの代償がどうの言ってたぜ。贄には山羊を使うって言ってたから人間は犠牲にしないだろう。良かったな?」

「良いことなのか、それは。いや、そもそも黒魔術が駄目だろう」

「俺から見ても人間にしては中々本格的だったぞ。準備段階でしか見られなかったのが残念だ」

「魔王に褒められる黒魔術…ここの王女は人間か?」

「それは間違いなかった。ちょっと惜しいけどな」

「………ここの王女には重々注意を払う必要がありそうだ」

「おう。精々狩られないように気をつけろ」

「善処する…」

 俺はまぁ殿の慰めにがっくりと肩を落とし、対王女(×3)用の対策を1人で練ることになるのだった。



 その夜。

 急遽間に合わせで造り増やした罠の1つ。

 俺の寝室に忍び込む抜け道に設置した罠に、王女の1人があられもない姿でかかっていた。

 近寄ったらまずいと思ったので衛兵に連絡して引き取ってもらったが…この騒動もまだまだ序の口だったと、俺は頭を抱える事態に陥った。



 何をとち狂ったのか、自棄になったのか。

 王女達が捕らえられていたカーバンクルを傷つけたと聞かされて。

 俺はこの国の、滅亡が見えた気がした。

 ――俺の背後で、まぁ殿からザワリと沸き立つ気配がしたから。


 怒ってる。

 全身が総毛立ち、不穏すぎる気配は一種の恐怖体験だ。

 直感的にそう感じ、俺の顔は自分でわかるほど青ざめた。



 幸運の神に加護を受けているというのに。

 近頃、悉く間が悪くないだろうか、俺。





勇者様が具体的に過去にどのような女難と遭遇したか…

一部は「ここは人類最前線3」の番外編に「勇者様が強くなった理由」という題で書いています。

気になる方がいましたら、そちらもどうぞ!


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