表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここは人類最前線4 ~カーバンクルの狩り祭~  作者: 小林晴幸
序:絵師のもたらした騒動
2/54

カリスマ絵師の帰還 ~by 魔王城~

前話同様、こちらも「ここは人類最前線3」の番外編と同じ物になります。

もうとっくに読んだよ! という方は読み飛ばしても大丈夫ですよ!

 リアンカ達と別れて城へ戻ると、俺はまず最初にせっちゃんを寝かしつけた。

 未だ昼間? それがどうした。

 魔王の妹が怠惰に過ごして、誰が文句を言うってんだか。

 ここ連日の強行軍、何日もまともな寝床で眠ってない。

 男の俺や、野遊びに熟練しまくりのリアンカはまだ大丈夫。

 でも俺が真綿で包むように包み込む様に、大切に純粋培養したせっちゃんは?

 …ま、意外に頑丈だし、丈夫なのはやっぱり魔族だ。

 それでも、俺に比べるとずっとせっちゃんは柔なんだ。

 現に、自室の寝台に押し込んだら欠伸連発。

 今だって目をぐしぐし擦って…って、寝たよ。もう寝た。

 おいおい、お休み3秒どころじゃねえぞ?

 せっちゃんは、相変わらず本能に忠実だった。


 せっちゃんの安眠を見届けて、急いですることも無くなった。

 この際、仕事のことは見ないふり。

 さてと。

 俺も自室に戻って、先ずは旅の埃を落として寛がせてもらおーかな。


 …な~んて、気楽な気持ちで自分の部屋へ入ったら。

 何でか其処に、先客がいた。

 魔王(オレ)の部屋だってのに、驚きのくつろぎっぷりだった。

 おい、誰だ此奴ここに通したヤツ。

 しかも此奴が口にしている茶菓子、俺が戸棚に隠してた秘蔵の菓子じゃねーか!!


 一体誰だと顔を顰めながら、謎の闖入者の顔を見る。

 入り口からは角度的に見えなかった、(ツラ)

 見たのが誰の顔か、目にして3秒考えた。

 天啓の様な衝撃でハッと認識し、俺の拳が反射的に…

 ………って、おい。


 誰が部屋の中にいるのか。

 認識したと同時に殴りかかろうとした、俺の身体。

 だけど正に絶妙のタイミングで、俺はリーヴィルに羽交い締めにされていた。

 これも長い付き合いからくる賜物か、俺の呼吸をよく読んだもんだ。

 だが今は、感心するよりも腹立たしさの方が先に立つ。


「…てめぇ、なんのつもりだ」

「止めるに決まっています! 手に握っているのは何ですか!? 撲殺する気ですか!」

「……おや?」


 指摘されて見てみると、俺の右手には何故かモーニングスター。

 どうやら、無意識のうちに装着していたらしい。

 ははは…確かに、コレで殴ったら死ぬな。俺が殴ったら死ぬな。


 俺とリーヴィルの遣り取りで気付いたらしい。

 闖入者は、がたっと音を立てて立ち上がると俺から急いで距離を取る。

 その顔に浮かぶもの、怯えと焦燥。


「陛下! なんで遠方から帰還したばかりの有能な俺を撲殺しようとするんですか!?」

「お前、厚かましいな」


 口許を歪ませて嫌そうな顔をしている、若い男。

 若いというか、幼ささえ感じさせる優男。

 童顔女顔なだけで、コレで俺より年上っていうんだから人は見た目じゃ分からない。

 確か25歳と言ってたが…気のせいじゃなければ、せっちゃんと同年に見える。

 …って、10歳は若く見えるって事じゃねーか。本当に童顔だな!


 母親からセイレーン、父親からガルーダの血を引く魔族。

 此奴は、顔の左右と背から生やした鳥の翼が印象的だ。

 その姿は何か、どっかで見たことのあるモノを見るたび思い出させる。

 アレだ、アレに似ている。

 人間の言う『天使』とか言う、宗教画のモチーフにそっくりだ。

 ただし内面は、天使とコレを同一視するのも冒涜にしか思えない。

 外見は、まあ…翼を抜きにしても、天使の様なと言う形容がぴったりだが。

 だが、ある意味、中身は純粋無垢とは最も縁遠いと言える。


 俺は、此奴をよく知っている。

 何故なら、魔王直下の軍部に所属している武官だからだ。

 しかも本人の申告通り、有能。

 魔王の覚え目出度くなるくらいには、本当に有能で癪に障る。

 最近にも従妹から名前を聞いたばかりの此奴は、長期出張に行っていたはずだ。

 かれこれ4ヶ月ものあいだ。

 その仕事は、どうなった?

 頭の片隅を過ぎるけど、今はそんなこと、どうでも良い。

 俺は今、とにかく此奴を殴りたくて仕方ないんだ。


 此奴の名前は、ヨシュアン。

 そう、ヨシュアンという。


「陛下、俺なんかした? 魔王陛下に殴られる様なこと」

「テメェの胸に聞いてみろ!!」


 あどけなさの残る顔を、不安そうに曇らせておずおずと聞いてくる。

 それに対して、俺は噛みつく様に返していた。

 あんまり腹立たしくって、説明なんかしたくない。

 がるがる唸って威嚇しそうになるのを抑えるだけでも精一杯だ。

 

 そんな俺の言葉に何を思ったのか。

 すると、ヨシュアンは右手を胸に当てて…


「もしもし俺の大胸筋? 魔王陛下はこう仰ってるけど、何か知ってる?

--『ウウン、ナニモシラナイヨ?』

………陛下、俺の胸は何も知らないと言っています」

「わざわざ腹話術で芸達者なことしてんじゃねーよっ!!」


 真顔で一連の茶番を行う愉快な武官に、嫌気が差した。

 ぎしぎしと筋肉が軋むくらい、殴りかかろうと身体に力が入る。

 背後から、リーヴィルの苦しそうな「ぐっ…」という呻き声が聞こえた。


「テメェ、ホントふざけんなよ? 何でも良いから一発殴らせろ!!」

「理不尽!」

「んなことねーよ! 理由があるって言ってるだろ!」

「理由? ……………はっ まさか!?」

「ほらみろ、あるだろ!? 思い当たるだろ!?」

「ま、まさか…」

 

 わなわなと唇を震わせ、表面上無垢な顔を青ざめさせるヨシュアン。

 何か此奴を前にしてると、絵ヅラ的にこっちが悪役っぽく見えて嫌になる。

 苛々を促進させる奴の狼狽振りに我慢を重ねていると、此奴は震える声で言った。



「もしや無断で『洒落にならない女体化シリーズ』のモデルにしたことがバレた…!?」



「そっちじゃな…ってか、何だソレ聞き捨てならねぇ!!?」


 女体化ってなんだ、女体化って!

 此奴、俺をモデルに何を描きやがった!?


「え、違うの?」

「取り敢えずぽろっと出てきた、その心当たりについて語って貰おーか…!」

「えー…しまったな」

「しまったじゃねーよ! 絞めるぞ!?」

「それじゃ言いますが、『妖艶女王の愛蜜びより』って題名で本描きました」

「…っ!?」


 予想はしてた。

 予想はしてたが…現実として受け止めるにはあまりに辛い。

 自分で回答を求めてなんだが、心臓が握り潰されたよーなダメージが…

 あ、リアルに胸が痛い…。


「内容は陛下をモデルにした妖艶系女王様が夏の午後に、

「待て! それ以上語るな! 内容はいい、いいから言うな…!!」

「え、折角だから聞いて感想くれません?」

「き、貴様…全っ然、悪びれてねーな!?」

「まあまあ、お陰様で売り上げとっても素晴らしかったんです。分け前あげますから」

「おっおま…っ!?」

「ん、何ですか?」

「お前っ どんだけ販売して何処にどんだけばらまいた!?」

「あ、最近販路広げたんで、俺もちょっと把握してないかも」

「お、おまえぇぇぇえっ!!」


 俺をモデルにしたっていう、そのおぞましい本。

 ソレを此奴は…一体、どこまで広めやがったんだ!?

 …不覚にも、泣くかと思った。


 羽交い締めにされたまま、あまりのことに俺の足は滑って転びかける。

 予想だにしなかった、身の毛もよだつ要らない情報。

 世の中、知らない方が幸せなこともあるもんな………。

 いや、でもこれは知らない方がマズイ気もする。

 腰の砕けた俺は、それでも力を振り絞って叫んださ。


「テメ、魔王の肖像権なんだと思ってんだぁぁぁぁああっ!!」


 相手が魔王でなくても、肖像権は大事にしてくれ。

 ふと胸を過ぎった言葉。

 肖像権が如何に大事なモノか…俺は直ぐに思い知った。

 

「………洒落にならない、女体化…シリーズ(・・・・)


 背後から、リーヴィルから、まるで魂を失ったかのような虚ろな声。

 その奧に、ゾッとする何かを感じた。


 ぎくりと身が強張り、俺の身体は硬直する。

 今まで拘束されていた身体はその必要をなくし、拘束自体も身を離れる。

 ゆらっっと。

 まるで幽鬼の様な足取りで、リーヴィルが俺の前に出た。


「………ヨシュアン?」


 普段聞いているものとはあまりに違う、異なる印象の声。

 聞いて思わず、逃げたくなった。

 声に含められた、小さな笑いが不吉すぎる。


 リーヴィルは、静かに吶々と。

 誰にも返事を求めないまま、自分の言葉を確認する様に語り出した。


「…私の顔を見る度に不審な態度を取る部下がいまして」


 一歩、リーヴィルがヨシュアンに近づく。


「これは、何か疚しいことがあるなと思ったので、所持品検査をしました」


 気迫に押される様に、後退しかけるヨシュアンに、更に一歩。


「そうしたら、公序良俗に反する、一冊の書物が出てきて没収したのです」


 ヨシュアンまで後一歩の距離を残して、リーヴィルが足を止める。


「アナタが、描いたんですね…?」


 ギラリと。

 眼鏡越しに、リーヴィルの紅い瞳が槍の如き鋭さでヨシュアンを貫いた。


「正直に言いなさい? アナタが描いたんですね」

「え、えと、何を?」

「……………私に、題名(アレ)を口に出せと言うのですか!?」


 いや、言えよ。

 言わなきゃわかんねーよ。


 別にヨシュアンの味方をする訳じゃない。

 だけど、存在をぼかして問い詰めるのはちょっと無理が生じているぞ。


 話の流れ的に、俺がモデルって本かとも思った。

 だけど敢えてわざわざ題名云々で戸惑うなら、別の本ってことだよな?

 …一体、何を没収した?


 俺とヨシュアンが黙って視線で促す。

 リーヴィルは眼光鋭いままでも悄然と項垂れ、屈辱に震えながら口にした。


「………『新米女教師……』」

「は? 後半掠れて、よく聞こえねーぞ」

「くっ……!」


 俺が首を傾げる中、リーヴィルと対峙するヨシュアンから血の気が引くのが分かった。

 俺には意味不明だったが、どうやらあの限られた単語で何かを察したらしい。

 というか、此奴は一体幾つ怒りを買う心当たりを温めてるんだ?


「りっ リーヴィル! 言わなくていい、言わなくていーよ!」

「…いえ、こうなれば、言います。屈辱など、今更」

「うわぁなんかこの人、腹括っちゃったよ!」


 リーヴィルは、高らかに叫んだ。

 部下から没収したという、問題の書物の題名(タイトル)を。



「しっ『新米女教師りっちゃんと20人の淫獣(せいと)たち』を描いたのは、ヨシュアン! アナタですね!?」



「し、新米女教師りっちゃんと20人の淫獣(せいと)たち………」


 呆然と俺が繰り返すと、リーヴィルの怒りは再度爆発し直したのか。

 小刀抜き放ってヨシュアンに斬りつけようとしたから、今度は俺が羽交い締めにした。

 温厚な奴ほどキレると手に負えないって言うけど、温厚じゃなくても手に負えねぇ。


「お、おちつけ? ヒロインの名前はりっちゃんなんだろ? お前と決まった訳じゃ…」

「タイトルに『洒落にならない女体化シリーズ』とあった上、主人公は私と完全に一致する特徴を持つ黒山羊一門の20代後半女性(推定)! しかも同じ髪型で全く同じデザインの眼鏡までかけていたんですよ!? この眼鏡、特注なのに!!」

「うあ…それは」


 かける言葉も見つからない。


 叫んだリーヴィルの声には、涙がにじんでいた。

 無理もないなと思った。


 俺だって自分がモデルにされたってだけで胸が痛くなった。

 それに比べて、リーヴィルは自分がモデルにされた本を実際に見ちまったんだ。

 この様子じゃ、内容確認までしちまったんだろう。


 どんな内容なのか、なんとなくタイトルで知れる。

 想像はしたくねーけどな。

 けどよ…流石に、20人は多くねーか?

 同情の欠片も持てない馬鹿な武官に、俺は逃げろとも言えない。

 むしろ、刺されても仕方ねーから刺されて鬱憤晴らさせてやれと思う。

 だけどそれは、此処じゃない。

 せめて俺の部屋じゃないところでやってくれ。

 いきなり自分の部屋で他人に修羅場演じられるのは、流石に…

 でもそんなことを言って、水をさせる様な雰囲気でもない。

 少々気になったが、俺は空気を読んで沈黙した。



 認めたくない肖像権の嫌な侵害に対して、リーヴィルが咽び泣く。

 斬りつけようと必死に暴れる乱心っぷり。

 その取り乱し振りに流石に悪いと思ったのか。

 殊勝な顔で、ヨシュアンがしょんぼりと謝った。


「ごめん、リーヴィル。あの時俺、頭がどうかするくらい暇で。そんなに傷つくとは思わなくて、出来心だったんだ…」

「ヨシュアン! テメェ暇潰しに上役辱めてんじゃねーよ!!」


 あまり謝罪にはなっていなかった。

 っていうか、謝罪する気ねぇだろお前っ!



 魔王にとっては歯牙にもかけないはずの、一武官。

 そのくせ厄介なことに、目の前の馬鹿は画伯と呼ばれ、謎のカリスマを得ている。

 魔族からもハテノ村の人間からも支持率が高くて、下手に罰すれば暴動が起きる。

 マジで、厄介な。


 この馬鹿は時々「芸術が…」とかほざいてとんでもないことをやらかす。

 それでも最低限の分はわきまえているらしく、今まで洒落で済ませられるギリギリの領域を綱渡りしてきた。そのバランス感覚は、素直に誉めても良いと思うが。

 だ が、

 だが、流石に今回は…

 敵に回した相手が悪かったというか、許せる範囲の見極めを間違えたというか。

 洒落では済ませてくれない相手を怒らせるのは、大変だってのに。


 肖像権、大事。侵害は駄目。絶対に。


 そのことをヨシュアン、この馬鹿は…

 ああ、今日、身を以て知ることになったみたいだな。


 リアンカが口にした、精神衛生上よろしくない情報。

 そのことをとっちめて、締め上げようと思ってたんだがな…。

 リーヴィルのキレっぷりがあまりにもアレだったので。

 何となく、俺は出そびれた感じだ。

 お陰で、ヨシュアンに追求し損ねた。

 

 だがそれも。

 ヨシュアンにとっては別に助かったんでも何でもなく。

 むしろリーヴィル1人からの集中的な攻撃で、大惨事に。


 …そう、カリスマ画伯は、大変なことになった。


 そのことを画伯を慕う民衆共は、多分『闇市延期』の情報と共に知るんだろーな…。



「待て、リーヴィル! 右腕は、右腕は止めて!」

「五月蠅いですよ。アナタなんて、絵筆の一本も握れなくなれば良いんです」

「その前に俺、武官だから! 利き腕が利かなくなったらヤバイから!」

「何ですか、その位。利き腕が無くなってももう一本あるでしょう、腕」

「確かに戦場で手足の何本か失う覚悟はあるけどさっ! コレなんか違うよ!?」


 …ヨシュアンは、この後、3ヶ月武器が握れなくなった。

 人間よりも遙かに回復力の高い、魔族の身で。


 それでも口で絵筆をくわえ、絵を描いていたらしい。

 そのことを聞いて、呆れとともに思ったもんだ。

 此奴の作風はアレだが、絵描き根性あるよな………と。





それでは次から、本編です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ