16.グラサン
ほぼ勇者様視点。
仮宿を移して早3日。
またもや新しい噂が耳に聞こえてきました。
勇者様ってば大変だなあと思うけど。
たった3日にして、色恋縺れの刃傷沙汰が起きるってどういう事ですか?
常々勇者様は神の加護(特に愛と美)に関して「呪いだ」と呻いていましたけれど。
勇者様の詳しい過去なんて、聞いた覚えもありませんけれど。
でも3日で刃傷沙汰。しかも痴情の縺れ。
………勇者様が呪いだという言葉に、深々納得してしまいました。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「納得がいかない」
「何が?」
「理不尽だ」
「いや、だから何がだよ」
「まぁ殿のことが、だ!」
俺は今、もやもやと消化しきれない感情でむっとしていた。
原因は色々とある。
普通なら竜に対して人々が怯えるだろうと思っていた。
それなのに竜から降りた途端にお構いなしで女性陣に取り囲まれたこととか。
勇者だと名乗った途端に、大して身を証す労もなく城に担ぎ込まれたことだとか。
「まあ、勇者様でしたの。道理ですわね」
「こんな素晴らしい獣を従えるなんて…流石ですわ」
「獣だなんて、無知でしてよ、貴女? あれはドラゴンというのです」
「あら、博学ですのね。ですがあんな恐ろしい獣に詳しいからってどうですの? 学を鼻にかける女は殿方に好かれませんわよ?」
「あら、頭空っぽの貴女が言っても僻みにしか聞こえませんわ」
此方が何も言っていないにも関わらず、しつこくまとわりついてくる女性陣だとか。
(どんな身分でも、人間の女性は変わらない。)
「勇者様! 勇者様ですって!」
「まぁ……素敵、なんて神々しい方なのかしら…」
「こっちを向いて下さいませ。私の方を見て…!」
「ちょっと、貴女そこをどいて下さらない? 勇者様のお側に貴女みたいな方がいるなんて図々しいんじゃありません?」
「鏡を見てから言っていますの? 貴女よりはずっと相応しいと思いますわよ」
「あら、何を言うのかしら。そう言う台詞はその自慢の御髪を魅力的に見せる術を身につけた後で言っていただきたいわ」
「貴女こそ、色が白いのは結構ですが少し血色が悪くありません?まるで病気みたいで不健康ですわ。ご自宅で寝込んでいた方がよろしいのではなくて?」
「変な病気を持っているのは貴女の方じゃないかしら」
「まあ! なんて酷い言いがかりを…!」
「貴女が先に言っておいて…」
俺の感情置いてきぼりに熾烈な争奪戦を繰り広げる女性陣だとか。
俺を好いているとしきりに迫ってくる女性陣だとか。
油断したら暗がりに連れ込まれそうな、身に迫る危機感だとか。
「お慕いしておりますわ、勇者様…! 私と一緒になって下さいませ」
「お断りします」
「あ…っ 急に一緒になんて言いましても、戸惑われますわよね。ごめんなさい。私と結婚を前提にお付き合いしてくださいませ」
「申し訳ありませんが、お断りします」
「そんな…っ」
「泣かれてもお断りします。だからその手の刃物を此方に渡して下さい。脅しには屈しません」
「貴方様が私1人のものになって下さらないのなら、貴方を殺して私の物に…!!」
「待て。だから刃物は止めろ」
「貴方が、貴方が私のものになって下さらないから…!」
「今まで遭った覚えがないし、初対面だよな?」
「私が、私がこれだけ貴方を想っていますのに…!」
「先程から話が全く噛み合っていないんだが………」
渡される飲食物を一々チェックしないと安心して口にできない不安だとか。
(念の為と用心は欠かせない。チェックしたら連続で睡眠薬を筆頭に妖しい諸々の薬が検出された。)
「まぁ殿、この皿の料理も食べてみてくれ」
「あー……勇者? お前さっきから堂々と俺に毒味させすぎじゃね?」
「済まないが、押して頼む。俺にとっては未来の危機なんだ」
「仕方ねーな…」
「………」
「………」
「………どうだ?」
「……勇者、お前のそれって野性の勘? それとも自己防衛本能?」
「それは、つまり…」
「大当たり。なんだ、この薬。複数犯かー?」
「複数犯? ………ああ、つまり、いくつかの薬が混ざってるんだな」
「それも当たり。何回かの行程事に一種類ずつ入れましたって感じだな。こんなもん食ったら、人間なら酷ぇことに」
「彼女達は俺を殺す気だろうか…」
「っつーか、勇者。お前、人間の薬は効かねーんだろ? なんでわざわざ毒味が必要なんだよ」
「精神衛生上と、未知の薬に対する用心だろうか。万が一ということもあるから。それに昔、その料理みたいに複数の薬が混ざった料理を食べて腹痛で倒れたことがある」
「………ご愁傷さん」
「ちなみに混ざってた薬な?」
「ああ、うん」
「睡眠薬3種に惚れ薬15種、興奮剤4種に麻痺薬1種、麻酔薬1種、あと俺でも意味不明の奇怪な薬が6種ってところか」
「……………やっぱり、彼女達は俺を殺す気なんだな」
「っつーか、一皿の料理に30人が薬を盛るっておかしいだろ。料理が未知の物体になっちまってるじゃねーか」
「コレを出した料理人はおかしいと思わなかったんだろうか」
「いや、それより味見したであろう料理人の安否の方が心配だな」
案内された部屋も、抜け道や隠し通路の存在から施錠形式の有無まで細かなところをコツコツ調べ上げ、警備の穴まで完璧に把握しないと安心できないことだとか。
(貞操の危機的な意味で。)
「勇者ー? 頼まれてた釘と金槌持ってきたが本当に塞ぐのか?」
「ああ、そうしないと安眠できない」
「でも隠し通路塞ぐって、客の身で良いのかよ?」
「そうしないと安眠できない」
「…真顔で詰め寄るな。ちゃんと釘と金槌は渡してやるよ」
「窓には鍵をかけた上で補強もした。扉の鍵は増やした。隠し通路も床下も屋根裏もチェックした。これで大丈夫だろうか…」
「いや、そこまでしといてなんで不安になれるんだよ」
「前例があるからだが?」
「だから真顔で詰め寄るなって」
「ここまでやったら、後は寝場所の工夫だな」
「更に工夫が必要なのか…」
「普通にベッドに寝ていたら危険だな…天蓋の上で寝るか」
「そこまでするか? っつーか、天蓋は上で寝るためのもんじゃねーだろ。落ちるぞ、お前」
「大丈夫だ。慣れている」
「………悲しい奴だな、お前。力強く言い切るなよ」
「だけどそこまでしても万全かどうか…」
「勇者……………そんなに不安なら、許可した奴以外侵入できなくなる結界張ってやろっか?」
「………そういう提案なら、どうか最初にやってくれ」
俺の体に許可も得ずにべたべた触ってくる女性だとか。
放置したが最後、何をされるかわからない恐怖だとか。
色々、そう色々と思うところはある。
だけどこれらは、言ってしまえば慣れた事態だ。
幼少の頃、物心ついて以来ずっと身に染みつき、馴染んでしまっているとも言える。
本当に慣れているので、此処が人間の国だと認識した瞬間から自然と体は動いていた。
最早条件反射の域だ。
だからまあ、不本意だが想定内のことでもある。
今まで平穏で平和で安穏としていて、体は鈍ってはいないが精神面は鈍りかけていた。
あの平和を一度味わってしまうと、癖になってしまう。
身に染みついているとはいえ、かつての生活環境に放り込まれるのも辛いものがある。
まあ、体は自然と動くし、昔からのことなのでそこまで気になる程でもないが。
ああいう手合いは、基本無視に限る。
放置したら逆に危ない手合いもいるし、刺激したらこっちの身が危ないパターンもあるが。
それでも、自衛手段が無いわけではないし。
対応の仕方も、マニュアルが作れるほどの経験がある。
もう体に染みついたあれこれは、意識する必要もないくらいに完璧な自衛を誇っている。
だから、だ。
だから久々の危険な環境に若干引きつつも、そんなにもやっとする訳じゃない。
あれはもう、そういうものだと割り切っている。
だけど今、俺は別の割り切れない現実に直面していた。
なんだ、これ。
とても不本意に不満が募る。
それは何か?
――まぁ殿だ。
今回のコレは、想定内の出来事。
だからこそ、その状況を緩和しつつ、女性の興味を持つ対象を分散させる。
そういう意味も込めてまぁ殿を同行させたっていうのに。
自分と同等以上に女性の目を引き持て囃されるだろうまぁ殿。
彼なら、彼がいれば、少しは状況もマシに改善されるだろうと思ったのに。
「な・ん・で、まぁ殿は俺みたいな目に遭わないんだ!」
「お前、俺に何期待してたんだよ?」
「まぁ殿なら素晴らしく見事に道連れになると思っていたのにっ」
「なってたまるか!!」
…俺の目論見は、完全に外れていた。
やっぱり、誰かを道連れにしようだなんて外道な考えは良くなかった。
俺としたことが、そんなことを考えるなんて…
どうかしていたとしか言えないが、どうにかなってしまいそうな位、切羽詰まっていて。
そんな切羽詰まった俺が画策した暗い考えも上手くはいかず。
余計、俺の精神面は追い詰められようとしていた。
「しかし、何となく察してはいたが凄まじいな。勇者、人間なのに」
「そんなこと言われても全然嬉しく無いどころか殺意が湧きそうになるんで止めてくれないか?」
「別に俺、お前に殺されるほど温くはないけどな」
「万一があるだろう。それにこの件に関しては事故を狙ってやりそうなくらい、俺が触れられたくないんだ」
「おいおい? 勇者? 普段のお前にあるまじき黒さが覗いてるぞ? ちょっぴりな」
「………ストレスが、ストレスが溜まっているんだ…」
「…お前、マジで限界みてーだな」
「今まで暫く、魔境の安息に浸ってこの現実とは引き離されていたから、反動が…」
「難儀な奴」
あ、胃が痛くなってきた…。
困るな…人間の国で一般に手に入る薬は、俺の体に効かないのに。
故郷から持ってきた胃炎の薬、残っていたか…?
魔法使いに作ってもらった特別製の薬は量が少ない。
その中でも一番消費率が高いのは、傷薬。
その次に多く消費しているのは、残念なことに胃薬だ。
リアンカにも散々言われたが、本当にメンタル面鍛えないとな…。
自分の情けなさに、半笑いで泣きそうになった。
そろそろ、此処に来た目的も見失いそうな程追い詰められている。
早いところリアンカを回収しよう。
そして野獣の如きギラギラした目で俺を狩ろうとしてくる女性陣から遠ざかりたい。
切実に、俺はそう思っていた。
「…なんでまぁ殿は、俺みたいな目に遭わないんだ」
「お前、余程だなー…考えてみれば当然だろ?」
「何がだ。何が考えたらわかると言うんだ」
「だって俺、自分で魅了の状態異常効果制御できるし」
「…!!」
俺は、かつて無いほどの衝撃を受けた。
思わず刮目してまぁ殿に見入ってしまう。
俺のマジマジとした視線に、まぁ殿が困惑顔で「え?」と呟いた。
「え? いや、今更だろ…?」
「制御。制御できるものなのか…!?」
「そこか。そこに食いつくんだな」
「そこ以外の何処に食いつけと!」
「本っ当に、切羽詰まってんなー…」
俺は、本当に驚いたんだ。
状態異常とまぁ殿は言うが…それはつまり、異性に与える性的魅力を、自分の力でコントロールできると言うことだろう?
客観的に言うにしても気恥ずかしいが、まぁ殿は俺でも呻る凄い美形だ。
女性版とも言える妹姫を見た時は、誇張でなく心臓が止まった。
自分の顔はどうやら女性にとってこの上なく魅力的らしい。
そしてリアンカは、俺の顔とまぁ殿の顔が比肩しうると言う。
別に顔を褒められても、そこまで嬉しくはない。
むしろこの顔がもう少し一般的な風貌なら、幼少期からの苦労も減ったんじゃないかとぼんやり思ってしまうくらいにはどうでも良い。
それでも女性が寄ってくる事実を変えられないことが、何より辛い。
この大群を分散させる術があればと、常々思っていた。
だと、言うのに。
「同程度の美形がいて、一方は妖艶系で一方は清廉系。粒ぞろいで大変結構。そのままならお姉さん達の垂涎の的だ」
「…まぁ殿、自分のことだとわかって言っているのか?」
「勿論。だけどここからただし、と付くんだ」
「ただし?」
「そう、ただし片方は迸り溢れんばかりの魅了を備え、片方はそれが皆無。片方は紳士的で女性に優しいフェミニストで」
「…まぁ殿、俺は別にフェミニストじゃない。身の危険を感じて保身に走っているだけだ」
「……理由はともかく片方は女性に優しく、片方は素っ気ない。更に片方は勇者の肩書きを持ち、片方は肩書き皆無。更に片方は…という感じで、良い感じに比較対象となっている」
「それは全部、まぁ殿の作為を感じるんだが気のせいか?」
「いや、気のせいじゃねーと思うぜ? まあ、一番大きいのは並び立つ両者の片方だけが魅了能力全開で、片方が封じてたら、誰だって魅了全開の方に行くよなーってことだ」
「狡い。なんだか凄まじく狡い」
「そもそも魅了能力ってのは欲深くて性根の汚い奴ほどよく効くんだぜ? もしくは逆に超純粋な奴。心に隙があると、あっという間に鷲掴みだ」
「欲深くて、性根が……まあ、今までの例から納得しよう。だが納得できるのが嫌だ…」
「そうなると外見に惑わされない女なら俺の魅力にも気づくかも知れないが、変に騒ぐようなおかしいのは全部勇者に行くわけだ」
「………今、凄まじくまぁ殿の腹を刺してみたいんだが」
「俺の腹を刺し貫けるような刃物を持ってきてから言え」
折角見付けた分散させうる美貌の持ち主は、自分で自分の魅了能力を制御できると。
俺の当ては完璧に外れたが、それ以前に制御できるということこそが衝撃だ。
俺にも、それができたら。
彼ら魔族は目に特殊な力を有して生まれてくることが多い。
どんな能力を有するかは個人で違うそうだ。
だが、他者と関わりながら生きていくのに有害な能力が多いという。
まぁ殿も、そんな1人…いや、誰よりも強力にそうだったと告げる。
自分よりも弱い個体に問答無用の無差別で、目が合うだけでありとあらゆる状態異常を付与してしまう。
この世で確認されている、全ての状態異常能力が、彼の目に宿った力なのだそうだ。
何とも有害かつ、生きにくそうな力だと思った。
当然ながらその感想は大当たりで。
状態異常付与の能力を有した魔族は生まれながらに能力制御を必要とされるらしい。
しかし強い力ほど制御は難しく。
力量不足で制御できない場合もあるが、そう言う場合は能力封じの道具で制御するとか。
まぁ殿の場合は、「魔王の跡取りが道具に頼るなど情けない」という力業の発想で、自力での制御を義務づけられたそうだが。
「俺と目が合う度に、ばったばったと倒れるからさ。リアンカが」
「それは、壮絶だな…。というか、何故懲りない」
「それはちびぃ頃の彼奴に聞いてくれ。終いには全状態異常への耐性作るわ魔王の状態異常に耐えるわ…申し訳ないことしたはずなんだが、何故か悔しいのはなんでだろうな?」
「俺に聞かれても困るんだが、リアンカが凄いこととまぁ殿が大人気ないことはわかった」
「ばっか、当時俺7歳だぞ? 大人気ないのは当然だろ。っつーか、その悔しさバネに完全制御を身につけたんだから頑張りやだろーが」
「それは自分で言うことか?」
「自分で言わなかったら誰が言ってくれるって言うんだ?」
「ご両親は?」
「りょぅしぃん? あんな奴ら、俺の制御よりも先にリアンカが耐性作った時点で腹抱えて大笑いしやがった上に、「リアンカちゃんに負けてなっさけなー!!」としか言いやがらねぇ」
「………それはそれで仲が良いな」
「おい、遠い目して何言ってやがる」
俺の感想に不満があったのか、まぁ殿がにわかに不機嫌になる。
だけど俺は、そんなまぁ殿を気にすることもできない。
先程からちゃんと受け答えはしていた。
とはいえ、胸の内は抑えようのない昂ぶりに弾み、見出した小さな希望で熱くなる。
状態異常能力の、制御。
そんなこと、今まで考えたことすらなかった。
いや、コレがそういう能力…加護によるものと知ったのさえ、つい最近だ。
考えたことがなかったのも無理はなく、制御できると思わなかったのも道理。
神の加護であるこれが、魔族の能力と同じとは思わない。
思えない…だが、もしもそれでも、コレが同じように制御できるものだったら。
俺の意志で、コントロールすることができる能力だったなら。
もしかしたら、物心ついて初めて、人間の国で人心地付けるようになるのかも知れない。
この息苦しくも危機感のつきまとう生活から、完全に解放されるのかも知れない。
もしも、そうできるのなら…。
生まれて初めて味わう類の、希望。
その熱に完全に浮かされてしまう。
そうして俺は、当初の目的を見失いつつあった。
いや、完全には見失っていない。
見失っていないんだが…
それでも、そちらに注意を引かれていることに変わりはない。
早くリアンカを回収して魔境に戻らなければと、思って入るんだが…。
もしも、もしも制御できたら。
甘美すぎる誘惑に、俺の意志は引き絞られていた。
「取り敢えず、魅了の能力ってのは五感に訴えて作用する場合が多い。特に目と、耳。視線と声だな。後は嗅覚とか。勇者の場合は特殊な匂いは感じないから、おそらく目か声に強い力がある」
「それはどうすれば良いんだ。自分で制御できる類じゃ無くないか?」
「そだな…。取り敢えず」
「取り敢えず?」
「取り敢えず、これでもかけとけ」
そう言って、まぁ殿に渡された物。
それは…
「効くかどうかはわからねーけど、ちょっとはマシだろ?」
魔族が能力の制御に使用するという、魔力の込められた黒いサングラスだった。




