13.無駄な身の上調査
自家生産の衣装を剥ぎ取られ。
何故か分不相応のドレスを着させられ。
私は、まったり午後のお茶を楽しんでいました。
うん。とっても悠長だと自分でも思う。
お迎えいつ来るかな~? それとも自力で帰るかな?
そんなことを思っていた私。
緊急事態発令によって外壁門が封鎖されているなんて事実は勿論知らず。
何もすることが無くて……って、何もない?
「はっ」
あ、私の薬草―――!!
私は服と一緒に、荷物や仕事道具まで消えてことにようやっと気づきました。
我ながらとっても遅い。
必要な物が手元にないと思うと、一気に心許なくなってきちゃったよ。
あれさえあればいざという時にもやりようがあるのに…
何もないと私は正真正銘本物の無力なんだけど。
後で返してくれるかなぁ…返してくれると良いけどなぁ…。
………劇薬も大分あるけど、返してくれるかな。
危険人物認定されたらどうしよう。
考えたら、一気に居心地の悪い思いが増した。
「……………」
まぁちゃん、勇者様……
……どっちでも良いから早く助けに来てください。
そんな私の退屈だらだらタイムは、お茶の時間と共に終わりました。
ドアを開けて入ってきたのは、私を罠にはめてくれたあの3人。
私が人外じゃないかという疑いは完全に晴れたのか、どうなのか。
疑惑に満ちた微妙な顔で見てきている気がするんだけど…
私は気のせいだと自分に言い聞かせ、流すことにした。
座る私の対面までやって来て、A・B・Cがそれぞれぺこりと頭を下げる。
あ、私も立ってお辞儀したが良いかな?
だけど嵩張る衣装はただ立つだけでも一苦労。
こんな豪勢な衣装着たこと無いし、知らなかったけど。
魔族のドレスはこんな無駄に嵩張ったりしないから知らなかったけど。
ああ、でも。
こりゃ確かにエスコートが必要だな、と。
私は思いもよらずしみじみと、貴族のご婦人方の事情を察する羽目に。
…やっぱり、もっと地味な衣装を持ってきてもらえば良かった。
これでも候補の中から、頑張ってより地味なドレスを選んだんだけどなー…
……なんでこんな、スカート膨らませる必要があるんだろう。
人間の女性の衣装には、無駄と見栄が溢れているようです。
そしてどうやら眼前の男性陣は、そんな女性の事情を私よりもよく知っているらしい。
頑張って立とうと努めたけれど、むしろ立とうとしたことにぎょっとしたみたいで。
慌てて私を手で制し、立たなくて良いと言ってくる。
どうやら私は座ったままでも良かったみたいです。
…無駄に頑張って損した。
Aはアスター、Bはベルガ、Cはサイ。
そう名乗った3人組は、私の対面席に座っている。
座って、書類を広げてペンを構えている。
どうやら今から私の身元調査及び聞き込みが始まるらしい。
うわー…面倒な。都合の悪いことはどう誤魔化そう。
こう言う時、りっちゃんならすらすらと嘘の脚本を作ってくれるのになー…。
……自力で頑張らないと駄目か。
でも私、人間の国々の事情には明るくないし…
下手な嘘を吐いて疑われても困るし。
大枠は本当のことを言っても大丈夫かな? 大丈夫だよね?
私は人間、私は人間と胸中で10回唱え…って、元から人間だよ。
心中で唱え続けると、本当のことなのに何故か自己暗示でもかけている気分になる。
でも普段から私、あまり人間の国よりの考え方はしてない自覚がある。
むしろ、私達魔境の人間は、独自ルールで動いている。
そんな身の上でボロが出たら、どうなるかわからない。
目の前の3人は、人間の国の国家機関に属している。
下手なことはやっぱり言えないと、心持ち気を引き締めた。
「それではまず、所属と名前を」
「この国の人間ではないだろう? どこの国の人かな」
この国の有力者の娘なら大体わかると前置きした上で、ベルガさん。
なんで有力者の娘って前提なんですかね?
いや、まあ、私もある意味『有力者の身内』なんですけど…此処ではなく、魔境の。
一体何を悟られたのか…侮れないな、この人達。
まさか身につけていた細々とした品々が人間の国では高級品だなんて思いもしない。
魔境では普通に流通していても、人間の国じゃ希少品だなんて。
そんな事情、知るはずもないですよ。
だから私は、本気でなんで『有力者の身内』と断定されているのか謎でした。
でも謎は謎のままに、私は質問に答えなければいけません。
だって応えなかったら不審だし。
「私の名前ですか? リアンカ・アルディークです、が…」
所属、所属とな…。
国籍、ねえ……………どうしよう。
さて困りました。本気で困りました。
魔境には「社会形態:国」という概念がそもそもありません。
人間さん達が「国」という社会を形成しているのは知っています。
でも魔境には「~族」という種族単位での考え方が根付いています。
そもそも国境みたいな境界線なんてないし。
棲み分けはある程度しているけれど、「国」はないんですよ…!
そりゃ魔族が魔境の支配種族で、魔境の頂点に立ってはいますけど。
城とかあるし、魔境の王様=魔族の王様だけど。
魔境を支配していても、それは「国」じゃないんです。
全ての種族に支配種族としての責任を持っていても…統治している訳じゃないし。
なんだろう…感覚的には支配者という寄り「親分」に近いような気がする。
いや、そりゃ魔境支配の仕方の実際は知らないよ?
私、まぁちゃんに近すぎるから端から見てどうこうも知らないし。
この私の感想も、私の主観によるものだから一面的で歪んでるとは思うけど。
他の魔境の住人さん達が魔王をどう思っているかも知らないけど。
でも、それは「国」という形態とはまた別の気がする。
だから魔境には「魔境」という地域名はあっても「国名」はない。
ただ魔境、それだけ。
魔族のいる魔に満ちあふれた人外魔境、それだけ。
そんなところに当然ながら人間の国の支配力など及んでおらず。
よって人間の村でありながら、我らがハテノ村はどの国にも属していない。
そもそも税金、どこにも納めてないし。
強いて言うなら、村の運営に村民会費を徴収しているのが税金っぽい。
いや、やっぱりあれは税金じゃないよね…?
こんな状態で国籍、なんと答えたものでしょう?
悩んでも仕方がないので、正直に言うことにしました。
元々私、腹芸とか苦手だし。
「私は魔境に住んでいるので、国籍はありません!」
「「「………っ!」」」
3人から、途惑いと驚きに染まった動揺が見えた。
いや、うん、そりゃ驚くよね。
ちょっとおろっとしたAに、眉を歪めるC。
2人は思わずと言った自然さで、Bに顔を向ける。
その判断を待っている。
………ふぅん? そっか、Bが3人のリーダー格なんだね。
色々、焦点を当てるべきは…
「魔境、ということは…?」
「言っておきますけど、魔族や獣人じゃありませんよ。見てわかると思うけど。私はこれ以上ないほど人間ですから!」
「………と、なると…まさか、『人類最前線』…の?」
おやおや、思い至るのが早いですね。
その分、私達の村は知れ渡っているんでしょうか?
でもまあ、魔境で人間といったら、うちの村ですしね。
ここはもう、にこやかに肯定してあげましょう。
「ええ。私は『人類最前線』ハテノ村の住人です」
それはそれはハッキリ言ってあげたら、何故か男達の顔が歪みました。
悲痛なまでの、哀れみで。
って、あれぇ――?
私はうっかり忘れていたことを思い出しました。
今の今まで、実感無く忘れていたこと。
まだ勇者様がまぁちゃんの正体を知らなかった頃。
彼が教えてくれた、私達の村を外から見た認識を。
――曰く。
『その…俺も、この村に来るまで、この村は『魔族の力による支配下に置かれ、奴隷とされた人間達が虐げられながら暮らす、悲惨な場所』だと思っていたんだ』
「………………」
うわー…思い出しちゃったよ。
確かに勇者様、そんなことを言っていたね…。
あれ、本当だったんだ。
本当に、一般認識そうだったんだ。
立地条件故に生じた、多大なる誤解。
どうやらそれはこの国でも蔓延し、目の前の男達も知っている様子。
それどころか、どうやら彼らもそう認識しているのだと。
察するのには難しくない顔で、彼らは私を見るのです。
………ものすっごく、居たたまれなくなりました。
だって実際は、そんなこと微塵もないんですから。
うちの村、良いとこだって胸張って言えますから!
「あの、私の村は別に酷いところじゃありませんからね?」
「いや、いい…無理に語らなくても大丈夫だ」
「もういいよ。心配しないで? 俺達がちゃんとなんとか君の良いようにしてあげるから」
「今まで頑張ったのだろう? 不憫な…」
「「不憫とか言うな、デリカシー皆無男!!」」
兵士Aが、目の前で他の2人にぱこぉんと間抜けな音付きで叩かれた。
その手のハリセンは、何時の間に準備したんですか。
一瞬だけ、そんな疑問がよぎるけれど。
それでもそんなもの、すぐにどうでも良くなった。
私自身の動揺で。
え、何この何言っても信じてもらえそうにない空気。
「え、え、ええぇ!?」
あっれ私、これ以上なく同情されて心配されて?
それなのに全然全く嬉しくないんだけど…。
うわー………ちょっと失敗したかも知れません。
その失敗は私の思い違いなどではなく、本当に私の行動を阻害してきました。
阻害してきたものの正体は、「心配」と「同情」。
私の故郷への誤った認識。
誤解を解くにも、眼前に証拠を叩き付けでも信じてもらえないような私達の村。
=誤解、解けない。
そのせいで私は、自由に動き難くなってしまったのです。
失敗したと思い至りはしたけれど。
それを我が身で持って実感するまで、あと1日。
明日には勇者様が空から舞い降りるとも露知らず。
私としては珍しいことに、頭を抱えて思い悩む羽目になったのです。
もう少し考えて喋ること。
そんな当たり前で浅はかさを戒める訓告を、我が身に染みて思い知る。
嫌な話ですが、滅多にない教訓を得てしまいました。




