12.実はお金になるんです
途中から兵士Bの視点に入ります。
目が覚めて、何故か人間の国。
そのことに吃驚して、自分が保護されたという事実にまた吃驚して。
だけど人間の国に来てから、1番驚いたこと。
それはあの兵士3人組が兵士じゃなくて、騎士だったらしいこと。
特に兵士Bが、カーバンクル捕獲作戦の副隊長ということだった。
そんなことは欠片も思っていなかったので、本気で驚いた。
そしてそんな驚いた私が現在、何をしているかというと…
私は何故か、綺麗なドレスに着替えさせられそうになっていた。
止めて!
そんなキラキラ☆ドレスを持ってこないで!
恐れ多い! 恐れ多いから!
ひぃっ 縫いつけられてる宝石、どう見ても本物なんですけど!
私の服、私の服はどうしたんですか!?
……え、洗濯した?
だから諦めて、ここにあるドレスから着替えを選べ?
「折角、こんなに素材が良いんですから。弄り甲斐もありそうですし、腕が鳴りますね。大変よろしいかと。だから諦めて遊ばれて下さい」
………ここのメイドさん、なんか怖い。
何故か、下にも置かぬ扱いを受けている。
意味不明だった。
理解力はとうに死んだ。
取り敢えず、着替えだけは断固拒否を貫こうと思った。
…が、意志が負けた。
だって私の服、罠に引っかかった時のせいで泥だらけだったから。
綺麗にしっかり洗濯されて、絶賛ぐっしょり湿り気たっぷり。
お日様に当てても、直ぐには乾きそうにない。
流石にそれを着るのは、苦痛以外の何でもなかった。
ついでにお風呂も入れてもらえて、さっぱりしちゃった。
「とても怖い思いをしたのでしょう」
お風呂に喜ぶ私に、何故かメイドさん達は優しい。
とっても親切に、同情に満ちた目を向けてくる。
そうですよ! 酷い目に遭いました。
まさかこの年で逆さ吊りの憂き目に遭うとは思ってませんでした。
私を罠にかけた騎士…やっぱり信じられないし兵士でいいや。
兵士3名はそのうちタンスの角で小指でもぶつければ良い!
内心で怨嗟の呪いをかけるのに夢中だった私は気づかなかった。
メイドさん達が私を見る同情の目。
その意味合いが、私の思うものとはちょっとずれていることに。
そう、私は『保護』された。
魔境で『保護』された、か弱い女の子。
それがどんな風に見られるのか、全くわからなかったんです。
いたわりに満ちたメイドさん達に空腹を訴えると、メイドさん達の目が更に優しくなる。
それがどうしてか、私はわからない。
ただ、メイドさんが振る舞ってくれたおいしい料理に舌鼓を打つ。
どうしてこんなによくしてくれるのか、全然考えなかった。
お腹も満ちた頃には…はて?
あれ、私なんでこんなところにいるんだっけ?
素で、保護されたことを忘れかけていた。
私のことで、まぁちゃんがどうなるかわかっていたのに。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
俺達は、とても困っていた。
とてもとても困っていた。
成り行きでよくわからない女の子を保護した。
それはまだ良い。
気絶した少女を1人置き去りにするなんて、外道の行いだ。
それが危険地帯ならなおのこと。
だけど問題は、それがただの危険地帯じゃなかったこと。
少女を、俺達は気絶させてしまった。
明らかな加害者だ。
騎士の名折れ、どう考えても恥さらし。
その事を恥じるよりも、先に考えなければならない。
そして、俺達は少女を保護したことで更に困ることになる。
何よりも先ず、時期が悪かった。
昔から度々あることだが、魔境に任務で行軍すると魔族に襲われることがある。
そんな時だからこそ、何より近くを魔族が跳梁跋扈していたからこそ。
尚更、俺達は少女を保護せずにはいられなかった。
1度遭遇すると、魔族等はしつこく容赦なしに迫ってくる。
しつこく襲ってくるので、そんな時は防衛戦を張って立て籠もるしかない。
そんな時だからこそ、俺達は厳重に警戒する必要がある。
いつ襲撃があるか分からないというのもそうだが、何より。
襲われるかも知れないという恐怖で麻痺する上層部や、混乱する国民。
そういった人間の感情が巻き起こす混乱、暴動。
それらにも注意を払い、警戒し、いざという時に対処しなければならないからだ。
当然ながら、騎士団も兵団も並々ならぬ忙しさに休む暇もない。
その忙しさのしわ寄せを最も食らい、忙殺されるのは誰か?
俺達の上司、騎士団長だ。
一応、民間人を保護した旨を報告するべく、団長を訪ねた。
殴られた。
このクソ忙しい時に、仕事を増やしてんじゃねえ! と。
尤もなので黙って耐えるが、耐えたことには理由がある。
少女の保護に関する団長のお墨付きと、応援人員が欲しかった。
だが、無情。
団長は少女の保護に許可は下ろしてくれたが、人員は回されなかった。
あまつさえ、忙しさが尋常じゃないので何時までも兵舎には置けないとまで。
団長、あんたの血は何色だ。絶対に黄色とかだろう。
団長の鉄拳により、少女の保護受け入れ先は何故か俺の実家になった。
倒れた後なのでなるべく安静が好ましいだろうという話は受け入れて貰えた。
だが、明日か明後日には俺の家で引き取れと言う。
おいおい…娘のいない両親が、大はしゃぎする姿が目に浮かぶ。
それまでに少女の身元が判明し、身元引受先に届けることが可能であれば。
であれば、それはそれとして。むしろ其方の方が有難い。
だが少女がこの国の国民とも限らない。
魔境で遭遇したのだから、国民ではない可能性の方が高い。
そうなると都の外壁の外で魔族が暴れている現状、少女を家に戻すことは不可能。
魔族が退いて落ち着くまで、俺の家で少女の面倒を見なければならない。
罠に嵌めた詫びだと思い、責任持って保護しろと団長が言い切る。
挙げ句、調書や報告書類、その他必要な諸々の手続きと処理を全部丸投げされた。
自分達の失態なのだから、関わった3人だけでどうにかしろと。
団長、アンタやっぱり、血は黄色だろう。
あんな訳ありそうで問題多そうな少女に、どう接しろというのか。
保護した少女に関する問題に頭が痛い。。
それは保護した地が魔境であること。
近くには魔族も出現したし、あんな危険地帯は他にない。
だが、他ならぬ其処にか弱い少女がいるという事態。
それが何を意味するのか…
問題はもう1つある。
というよりも、もう1つ出てきた。
少女の身元を特定する為という大義名分が、俺達を困惑の海に叩き落とした。
彼女の服が問題だったのだ。
「これ、かなり良い生地使ってますね。少なくとも平民じゃないですよ」
「マジか」
「マジです」
洗濯の名目でメイドに回収してもらった服。
それを検分し始めて、すぐにサイがそう言った。
年頃の娘の衣服をいじくり回すなんて、どう考えても変態行為だ。
いや、これは職務上必要なことで疚しいことなど無い。
そうわかってはいるが、若干の後ろめたさをいつも感じる。
特に今回は、持ち主と直接関わってしまっただけに。
本来なら先入観を持ち込まない為、細かな検分は第三者がメインとなってする。
だが今回は事情が違った。
もう溜息も出ない。
先にも言ったが、国は大きな混乱が起きた後、騒動に備える時だ。
何しろ魔族に襲われたのだから、城全体が浮き足立ち騒々しい。
実際に襲われた俺達も大変なんだが…
城という守るべき場所の混乱が酷いので、俺達の業務は想像以上に逼迫されていた。
そう、身元不明な保護対象に対応する為の人材を、貸してもらえないくらい。
…最初に人材は回せないと言われた時、覚悟はしていた。
だが本当に、助っ人の1人も貸して貰えないなんて。
少女に関して追加報告と相談に向かった団長室。
団長は忙しさに飛び回って留守だったが、代わりに副団長がいた。
団長が駄目でも副団長ではどうだと、俺達は今度は副団長に相談を持ちかける。
だが、そこで副団長その人に直に言われてしまった。
「忙しいから無駄な仕事を増やすな。その娘に関しては、責任を持ってお前達で対処しろ」
3人でそろって頭を抱えてしまった。
まさか本当に、本当に誰も手を貸してくれないとは。
だからこそ今、所持品の検分を3人で頭悩ませやっている。
専門家の知識が必要なら、その時改めて申請しろと言われたが。
意外なことにサイが思いも寄らぬ技巧を発揮した。
「この飾り糸は『海底琥珀』の粉がまぶしてありますね。高級品です。こっちのエプロンには飾り石に5種類の魔石が配してありますね。高級品です。それからトドメにチョーカーに使ってるリボン…ミスリルの粉をエサに育てた妖精蚕のシルクですね。――最高級品です」
「…お前、やけに詳しいな」
「服飾にはちょっとうるさいですよ。反物屋の息子なので」
「生地屋の息子がなんで騎士に…」
「次男だからですが」
当然のような顔で言い切られると、そういうものかと思う。
だが家が反物業だからといって、それ以外の物にも通じるようになるだろうか。
糸や石にまで詳しくなるのか?
「物には流行があるんです。そしてファッションの流行は全てに関連性があります。追いかけようと思ったら、素材1つに詳しくなっても意味がありません。全体を見なくては」
「それ、なんの極意だ?」
「ファッションですが」
澄まし顔で言うサイに、アスターが顔を引きつらせていた。
「ベルガ、どうだ…? 俺、全然サイの話についていけない」
「安心しろ、俺もだ」
サイの思考回路は、俺達とは遠いところにあると感じた。
その後、他にもサイが反応するようなアイテムが次々と出てきた。
何気なくアスターが手にとって転がしていたら、血相を変えて止める。
何事かと思って話を聞けば、その飾り石はそれだけで大国の都で屋敷が買えるとか…
「………俺、絶対にあの女の持ち物には触らねえ」
「それが賢明な判断だと思う」
俺自身、それを聞いて彼女の所持品に触る意欲を失っていた。
ごろごろ出てくる高級品に、もう面白さも通り越して恐怖しか感じない。
そしてそれを日常品として着回している少女…
贔屓目に見ても貴族。
服のデザインや何かを考えれば、おそらくお忍び行動中。
もしくは訳ありか…。
そんなものを発見してしまった気苦労に、途惑いが生じる。
それが全くの勘違いであるとは知らず。
3人はリアンカの素性を見当違いに思い誤っていた。
俺達は知らない。
サイが反応した数々の高級品、その仕入れ元を。
極秘機密だとかで、取引している商人が悉く口を噤んでいるらしい。
その原産地はどこなのか?
商人達はどこから仕入れていたのか?
それを知らないから、俺達は大いに誤解していた。
自然と魔力と精霊の力が豊富な地、魔境。
そこでなら容易に、物珍しく貴重な品が手に入る。
そして人知れず他種族の技術を取り入れ、発展した技術も。
サイが反応した、特殊な高級品の数々。
その実に7割が「メイド・イン・ハテノ村」であること。
そして残り3割に該当する品々。
それを「お裾分け」という所帯臭い理由で分け与える隣人――従兄が、彼女にいること。
そんなこと、俺達が知るはずもなかった。




