11.俺は今日死ぬかもしれない
勇者様視点。
予想したとおり、まぁ殿の嘆きは凄まじいものがあった。
そして、憤怒も。
俺は今日、死ぬかもしれない。
否、かもしれないどころじゃない。
むしろ死ぬ。殺される。
俺はどうにもならない現実を前に、震える思いで死を覚悟した。
一矢報いようとも思えない程、彼の怒りは凄まじく。
どうやら抵抗はできそうになかった。
「歯ぁ食いしばれ!!」
「食いしばってそれでどうにかなるのか!?」
食いしばったところで、その攻撃を受けたら即死だろう!?
禍々しく闇よりも暗黒な謎の光球。
見るからに、食らったら跡形もなく闇に食い尽くされそうだ。
まぁ殿の手中で踊る魔法の光。
それは禍々しい冥府の光。
俺はかつて経験したこともない生命の危機を感じた。
事の発端とも言える、4人の悪戯っ子達がブルブルと震えている。
震えたまま俺の足にまとわりついて、俺の動きを封じてくる。
ああ、彼らは今日、1つ賢くなった。
度を過ぎた悪戯が如何に自分にフィードバックしてくるか…
その結果、どんな目に遭うのか学習したことだろう。
学んだ次の瞬間、この世から蒸発していそうだが。
魔王を止めようとして、逆に折檻食らった族長殿の姿が目の端にチラつく。
壁に貼り付けにされた彼の姿は、中々に残酷で直視できない。
多分死んではいないと思うが…再起不能に見える。
幾分容赦された彼とは違い、俺達に救いはないだろう。
何しろ、俺達の過失だ。
怒りに我を忘れたまぁ殿に、冷静な思考は見込めない。
現在、彼の頭に「止まる」とか「赦す」という言葉はないだろう。
俺達には手加減を見込むこともできず、悲惨な末路しかない。
ああ、死ぬ。
間違いなく死ぬ。
本当に死ぬと、そう思った。
そう思ったそんな地獄の真っ直中。
「陛下っ! リアンカ様が…って、何をなさっているんですか!? 修羅場!?」
即席拷問会場で開催される地獄の最中、一縷の救いが乱入。
息せき切って駆け込んできたリーヴィル殿のお陰で、俺は一命を取り留めた。
「陛下!? リアンカ様の仲良しさんを抹殺したと知れたら…報復されますよ!?」
その言葉で、まぁ殿の動きが止まった。
彼は、俺の命の恩人になった。
命の恩人は、まぁ殿の怒りをある程度冷ます情報を持ってきた。
即ち、リアンカの情報を。
彼女が何処に連れて行かれたのか。
それを知らせる為、リーヴィル殿は駆けつけてくれたのだという。
人間に捕まっているカーバンクル3名の救出を目的に、街道を張っていたらしい。
そしていざ救出せんと護送団に襲いかかった時…
拠点を潰されて敗走する兵達の先頭が、その場に差し掛かった。
護送集団は捕獲した3名に気を払っているので足が鈍く、時間をかけていた。
彼我の距離は実際、馬をとばせばあっという間だったのだという。
それを実証する形で、形振り構わず逃走してきた兵士達が護送集団に合流してしまった。
拠点を魔族に潰され、安全と信じる故郷へ死に物狂いに逃げる人間達。
その混乱が攪乱の役割を果たし、ついで標的が増えたことで襲撃の難易度が増す。
救いは元から逃亡中だったこともあって浮き足立っていたこと。
まとまった集団としての強みが全くなかったこと。
このままいける。
リーヴィル殿はそう判断したらしい。
逃げる集団の中に、見覚えのありすぎる姿を見付けてしまうまでは。
しかもどうやらその人物は気を失っているらしく…
助け出すにも、協力的な対応は望めない。
此方の意図を察して欲しいと望むことすら不可能で。
そんな状況で動く屍大行進など実行しようものなら、どうなるか…
混乱した人間達に足手纏いと捨てられるくらいならば、回収できる分まだ良い。
だが、もしも最悪の事態になったら…
自分の命が望めない気がして、リーヴィル殿は保身に走ったとな。
よくよく観察してみれば、リアンカには手荒に扱われている様子もなかったという。
それを聞いて俺も少し安心したが、まぁ殿の気配も目に見えて安堵に揺るんだ。
本当に、心配していたんだ。
自分の保身でリアンカ見棄てるんじゃねーよと、まぁ殿がリーヴィル殿に凄む。
だけどそこには本気が見えない。
どうやらリーヴィル殿にも保身は軽口の部類で、他にちゃんとした理由があるらしい。
言われずともそれをまぁ殿は察していたのだろう。
目に見えない、2人の間の信頼が垣間見えた。
リアンカは人間の兵士達に『保護』される形でつれられていたらしい。
下手に手を出して繋がりを悟られようものなら、どうなるか。
人間達が手の中の抵抗する手段など無い少女に何をするか。
リーヴィル殿は難しい判断を迫られた。
人間達はまさか自分達の手中に切り札があるとも理解していない。
どうやら危害を加えられることは無さそうだが。
だが、何を置いても無傷で取り戻すべき少女。
それをこの混乱の中で無事に取り戻すことができるのか。
半ば恐慌状態の人間達の中。
必要以上に刺激してしまえば、正気を失った人間達がどう出るか。
………その予想が、何よりも難しい。
取り戻すつもりで手を出して、取り返しの付かない怪我を負わせよう物なら………
まぁ殿に抹殺されかけているのは俺ではなく、リーヴィル殿だっただろう。
もしも怪我の具合が深刻なら、間違いなく息の根を止められていたはずだ。
結局、リーヴィル殿は様子を見送ることにした。
何よりも安全に取り戻す為には、機会を待つべきだと。
そう判断したからこそ、少女の無事を祈って攻撃の手を引いた。
今のまま現状を維持すれば、少なくとも無慮の怪我は防げるはずと。
そう、信じて。
そうして何故攻撃が止まったのか理解する材料すらない兵士達は。
この幸運を逃してはならぬとより死に物狂いとなり。
本拠である都、外壁に囲まれた都市国家の中へと逃げ込んでしまったのだという。
ああ、一刻も早くこの情報を伝えねばと。
リーヴィル殿は救出を諦め、この場に駆けつけてくれたらしい。
ドアを開けたらこんな修羅場だとは、思いもしなかったらしいが。
「ですが陛下の可愛がりようを思えば、考えるまでもないことでしたね」
そう言って疲れによる大きな溜息。
リーヴィル殿の、日頃の苦労が偲ばれた。
噂のまぁ殿は、リアンカが心配すぎてちょっとおかしくなっている。
余程、可愛がっているのだなと。
その愛情が如実にわかる、取り乱しよう。
彼の妹姫が攫われた時、もしもリアンカが意識を仕留めていなかったら…
きっと、その時もこんな風にして千々に心を乱していたんだろう。
小さい頃から、リアンカは無茶ばかりだったという話だ。
やりすぎ感はあるが、まぁ殿のリアンカを案じる気持ちは本物だ。
痛いくらい(物理的に)に、本物だ。
子供の頃からこんな風に、リアンカのことを心配していたんだろうか。
心配、していたんだろう。
きっとそれは理屈じゃない。
…なんだか、まぁ殿のことが可哀想になってきた。
多分それは、さっきまで殺されそうになっていた俺の抱くべき感情じゃないと思うが。
それでも、誰かが誰かを案じる気持ちは尊いと思うから。
何に代えても、リアンカを無事に取り戻さなければならない。
元々そのつもりではあったけれど。
より強く、その決意が固まった。
リアンカは人間で、連れて行った相手も人間。
場所は人間の国。
それも、保護されていたという話だ。
おそらく酷いことにはなっていないだろうと予測は立つが。
それでも万が一ということもあるのだから。
もしもまぁ殿との繋がりでも知れようものなら、目も当てられない。
なんとかボロが出る前に。
なんとか彼女が保護対象と思われている内に。
手段を選ばず、彼女を取り戻さなければ…。
俺自身、彼女のことを案じている。
連れて行かれたことに責任感もある。
自責の念はまぁ殿に殺されかけたことで、何故か逆に吹っ飛んだ。
何とでも理由は付けられるし、意味だって与えられる。
自分がリアンカを取り戻す為に全力を出すことは、決定事項だ。
だけど取り敢えず、ひとまずは。
リアンカが無事でしかあり得ないということをまぁ殿に伝えるべきだろう。
普段の彼であれば、そんな根拠はすぐに浮かぶだろうに。
どうやら今は、それを考える余裕もないようなので。
俺は虎の尾を踏む羽目にならないよう、慎重にまぁ殿に近づいた。
死ぬかと思った。
命の危機に窮して、殺伐とした空気の中。
気まずい雰囲気を変えようとしてか、リーヴィル殿が手を叩く。
パンパンという、空気を打つ音。
自分達の気分を前向きにしたいのか。
常になく不自然な明るい声が告げる。
「さあさあ、陛下も勇者殿もそんな恐ろしい顔をして考え込んでいても時間の浪費ですよ。黙り込んでいるのではなく、リアンカ様奪還の為に話し合いましょう。ほら陛下も、そんな死神を絞め殺しそうな顔は止めて下さい」
「どんな顔だ」
「ああ、声まで荒んでしまって…」
気まずげな苦笑。
思った以上に気遣い屋らしい彼の精神を摩耗させている。
分かっていても、平然とした顔はできない。
そんな俺の沈鬱な顔を見てか、ずばっと突き刺す声がした。
「わざわざ話し合わずとも。人間にして勇者の肩書きを持つこの方が真っ正面からでも迎えに行けば話が早いのではないですか?」
いつの間にか復活していた族長殿。
告げられた言葉の内容に、俺達は唖然と彼の顔を見ていた。
………全然、思いつかなかった。
だけど言われてみれば、確かにソレが手っ取り早いのに。
何故俺は、そんな当然の手段を思いつかなかったんだ?
え? 俺、何時の間にか毒されてた?
思いっきり、自分の立場忘れてた?
待て自分、俺はまだ魔境の住民でも何でもないぞ。
…って、まだってなんだ。まだって。
ああ、もう。自分で自分にツッコミを入れるくらい、俺は取り乱した。
なったつもりなど無かったが、俺はどれだけ毒されてるんだ。
何時の間にか魔族側で物を考えて………?
………いやいや、俺は人間側のはずだ。
勇者。そう、勇者。それが自分。
奪還とか、なんとか。
まるで人間を障害に思うなんて、何かの気の迷いに決まってる。
だが、自分で自分にそう言い聞かせている時点で、おかしい。
俺は自覚を忘れていたつもりなど、無かったのに。
本当に、マズイことなんだが。
俺は魔境に来てからのこの一月そこらの間に、どうやら自分で思っている以上に魔境に毒され、馴染んでしまっていたらしい。
それを自覚し、途方に暮れて。
どうしようかと戸惑いに頭を抱えて寝込んでしまいそうになった。
俺が思い悩み、自分の内に籠もってしまっている横で。
リアンカのことを思って暴走しがちな魔王が揉めていた。
主に、彼のお目付役と。
「勇者が行って良いんなら、俺が行っても問題ないよな?」
「いや、ありますから」
「なんでだよ。丁度良いだろ。俺の面は割れてねーし、外見だってどっからどう見ても人間以外の何物にも見えねぇよ」
「陛下、魔王ですけどね」
「ふふん。こんな時ばっかりは人間の姿ベースに産んでくれた親に大感謝だ。今まで特に気にしてなかったけどな」
「駄目ですってば。自重して下さいよ、陛下。迎えに行きたいのは分かりますけれど、万一人間の国で何かトラブルがあったらどうするんですか」
「そんなもん、弾き飛ばせなくって何が魔王だよ?」
「陛下の無事なんて、案じるだけ無駄なものを案じているんじゃありません! 何かあった時、地獄を作り、更地を形成しないかと心配しているんですよ!! 我を忘れて暴れ回って、うっかりリアンカ様や囚われたカーバンクル親子をぺちゃんこにしないかって心配しているんです!」
「誰がんなヘマすっか!! もっと主を信頼しろ!」
「普段なら信頼していますが、マジギレした陛下は信じられません」
「歯に衣着せるって言葉知ってるか…?」
………やっぱり、俺が迎えに行くのが1番だ。
魔王とお目付役の会話を聞いて、自分のすべき事を再確認した。
「迎えに行くのは結構ですが」
だけどそんな俺達に、待ったをかけるカーバンクル。
「何と言って迎えに行く気ですか? 姫は人間の国に収容されたばかり、きっと身元確認すら満足に終わっていないし、身元引受人すら探していない段階だと思いますよ」
「「「……………」」」
「賢い貴方方ならおわかりでしょう。現段階で迎えに来たと行ってのこのこ出て行ったが最後、どう見ても不審者扱いで怪しまれますよ? 告知されていない情報を、何故知っているのかとね」
くすくすと楽しそうに笑う声に、反論できない。
確かに言われてみれば、知るはずのない情報を持って捜し人を尋ねてくるなんて…酷い不審者だ。若しくは怪談、あるいはストーカー疑惑。
追い払われるならばまだしも、下手したら詮議の上で投獄されそうだ。
スパイ容疑もかけられるかも知れない。
俺達は、もしやリアンカの保護者を捜し始めるまで待たなければいけないのか…?
「そんな懊悩苦悩する貴方方の、悩みを解決する案を一つ」
ぴっと人差し指で天を指すカーバンクル。
彼が愉快犯じみた悪戯好きだと、知っていたはずなのに。
意識の中に浸透する彼の言葉は、何時しか染み入るようで。
ついつい、聞き入って。
後々、後悔した。
カーバンクルの族長は、言った。
「ここは一つ、目立った者勝ちです」
その言葉の真意を計りかねた時点で、きっと俺の負けだった。
カーバンクルの提案した案。
それは…
俺がひたすらに目立った上で勇者だと証すことで、更に目立つこと。
目立ちに目立って、国の中枢に持て成させる事。
今代の勇者が、人間の盟主国の世継ぎであるとは、周知の事実。
魔境に程近い辺境の住人とて、軽んじることはできない。
歓待させ、城に入り込み、そこでリアンカを探す。
若しくは華々しく盛大に目立つことでリアンカに俺が来ていることを気付かせ、リアンカ自身の足で俺の元に来て貰うこと。
洗脳されていたとしか思えないが、聞いた時は良い案だと思った。
酷く困ったことに。
俺は魔境に来て約一月の間、全く煩わされることが無かったから。
一般的で平凡な人間の中で自分がどんな存在になってしまうのか。
そのことをうっかり忘れていたんだ。
どれだけ目立とうと、コンタクトを望もうと。
自動的に湧き上がり、俺を取り囲むに人の壁。
分厚いソレを容易に割避ける者など、ほんの限られた一握り。
どれだけ俺が強固な意志でリアンカを迎えに来たと言おうとも。
目立ち、人に見られてしまえばそれが最後。
ついさっき、身の危険と共に思い出したばかりだったというのに。
俺は、自分の持つ魅了効果のことを。
自分が忌まわしい愛の神だの美の女神だのに加護を受けていることを。
ここ最近困らされることがなかったせいで、うっかりど忘れしてたんだ。
そのことを思い出し、盛大に後悔する。
予測できて当然の未来を思い出せたのは、人間の国に突撃した後。
しかもどうしようにも手遅れで取り返しのつかない目立ち方。
カーバンクルの強い勧めにうっかり従って。
………光竜、ナシェレットに乗って空から舞い降りる。
そんな酷い目立ち方を実践してしまった、その後で。




