8,各々の武器と戦い方
2020/10/14 誤字の指摘をいただきました……が、誤字の箇所が面白かったのでここでご紹介を。
× 私がせっせと薬草罪に精を出す横で。 → 〇 私がせっせと薬草摘みに精を出す横で。
「それじゃ、人間さん達が野営している遠征拠点を本隊で蹴散らすとして。
捕まったって3人の救出は…」
「はい。私が行きます」
みんなの視線が、りっちゃんに集中した。
配下達の顔を見回して考え込んでいた、まぁちゃん。
そんな彼に挙手までして自己主張したのは、りっちゃんだった。
「リーヴィル、お前が行くのか?」
「今回、この中で一番鬱憤が溜まっているのは間違いなく、私です。今戦うなんてことになったら間違いなく、形振り構わずえげつない攻撃に走るでしょう。そんな場面を、リアンカ様が目にするかも知れない近場で披露してもよろしいのですか?」
「うぐ…っ」
「陛下も御存知でしょう? 私の攻撃手段が、どんなに視覚的暴力か」
「…仕方ない部分もあるんだろーよ。だけど女子供に敢えて見せたいもんでもねーな」
「ご理解いただけて助かります。それに私なら、1人で50人分の働きができますから」
「物理的にな」
したり顔で粛々と言い募るりっちゃんに、まぁちゃんはうんざり顔。
何でそんなにぐったりなのか…
………って、考えるまでもなく、ああ。
りっちゃんの、攻撃手段か。
私もまだ耳にしたことがあるだけで、実際に見たことはない。
多分その辺は、りっちゃんを筆頭に周囲が気を遣ってくれていたんだと思う。
基礎的な体術や杖術をりっちゃんは修めているそうだけど…
それはあくまでも本来とは別の戦い方。
万一、敵に接近を許してしまった時の護身術としてのものでしかない。
りっちゃん本来の、メインとしての戦い方は…
「リアンカ、彼はそんなに強いのか? 俺は回復魔法と結界しか見たこと無いが…」
「勇者様。気になるんですか?」
「まあ、一応。彼は術士系の様に見えるし…」
「紛う方なき、術士系ですよ」
それもちょっと、特殊な術方面ですが。
副次的な技能として、回復系や防御、結界なんかも使いますが。
何というか、彼の術は邪というか闇というか…。
「そんな彼が物理的に50人分の働きをするというから、少し気になったんだ」
「成る程、そこが引っかかりましたか」
うんうんと頷きながら、私は内心で困っていました。
勇者様に、どう説明しようかと。
いえ、そもそも勇者様に説明してしまってもよろしいのかと。
いずれ敵として対立するかも知れない2人です。
私が勝手にりっちゃんの手の内を明かしても良いのでしょうか…。
…と、懸念しましたが。
何故かどうやら本人の方は特に秘匿するつもりもなかったようです。
まあ、りっちゃんが何系の術士か、近隣に知れ渡ってるしね。
だから。
りっちゃんは、私が驚くくらいさらっと手の内を明かしたのです。
「そう言えば、勇者殿は知りませんね。私は死霊術の使い手なんですよ」
「死霊術…ネクロマンシー?」
「そうそれです」
さらっと外道な術を告げられて、勇者様がさり気なく一歩引いた。
顔は平然を保っていたけれど。
後退った足が、勇者様の心の距離を表していた。
それに気づいているのか、無視しているのか。
まぁちゃんがニヤッと笑ってりっちゃんの肩を叩く。
「こいつはコレで優秀な死霊使いだ。術を代々守り伝えてきたリーヴィルの実家も、初代以来の天才だって自信満々に売り込んできたしな」
「止めてください。どんな死霊も無制限に、条件などには縛られることもなく千の死者を操ったと言われる開祖と比べられるなんて…あまりに烏滸がましくて、情けなさに首を括りたくなります」
「それをされると俺が困るから止めろ。仕事が溜まる」
「仕事は溜めないで、コツコツ片付けてください!!」
飄々と仕事サボり宣言を発令するまぁちゃんに、りっちゃんが本気の声。
日頃常から仕事を逃げまくるまぁちゃん。
彼に仕事をさせる為、追い回すことが日課と化したりっちゃんには切実なネタだった。
「ねえねえ、りっちゃん」
「リアンカ様? 何か?」
「りっちゃんって、その初代の人より弱いの? 届かないの?」
「何を言うのかと思いましたよ…。良いですか、リアンカ様。私が1度に従わせられる死霊の数は精々50。加えて5年以内に没した恨みを持つ死者に限るという条件が付きます。そんな私が、ほぼ能力無制限の初代に敵うとでも?」
「なんかコツコツ細かい制限があるんだね、りっちゃんには」
「私にはこれが限界です」
「そんな、自分で限界を決めちゃ駄目だってまぁちゃんのお父さんが言ってたよ」
「親父、リアンカにそんなこと言ったのか? 俺は言われたこと無いぞ」
「まぁちゃんには言うまでもなく、そもそも最初から限界無さそうだからじゃない?」
「俺にだって限界ぐらいある」
「例えば?」
「ドラゴンスレイヤーは一樽が限界」
「叔父さんが言いたかったのは多分そっちじゃないと思うよ?」
「咄嗟に他には浮かばなかったんだよっ」
何というか、相変わらず無敵臭いというか万能っぽいと言うか。
魔界最強生物のまぁちゃんには、多分怖い物なんてないんだろーなー…。
結局、攫われたカーバンクル親子の救出にはりっちゃんが当たることになり。
カーバンクル捕獲を目的に遠征してきた人間。
その本隊は、残りの魔族の大部分で当たることにしたようです。
斥候や罠を警戒して周囲巡回する魔族もいるけれど…
本隊に選ばれた魔族さん達の盛り上がりを見て舌打ち。
やっぱり活躍の舞台が…というより、血湧き肉躍る闘いに身を投じる機会が少しでも多い方が、魔族の人は嬉しいらしい。
本当に、物騒ながらも血の気の多い種族です。
そんな彼らを視界の隅に捕らえつつ。
複雑な立場と気持ちを隠すこともせず。
勇者様が頭の痛そうな顔で、顔を引きつらせておいででした。
本来の立場なら、止めるべきか。
しかし止めようにも実力が不足している。
それに加えて、誘い込まれたとはいえ手を出した非は人間にある。
…こんな感じの内容でぐるぐる葛藤して、思い悩んで。
そんな心の動きが、手に取るようにわかります。
都合の悪いことには目を瞑るという、大人の処世術。
どうやら勇者様はまだ、それを習得するには至っていないようでした。
意気揚々と、戦意に燃える魔族達を見送って。
私達はまったりしていました。
でもまぁちゃんにも族長さんにも仕事があって。
「それじゃ俺もそろそろ行くかな」
「何処に?」
「何処って…おいおい。俺は今回、監督の為に来てんだからな?」
「それじゃ魔族さん達が確認しやすいところに?」
「その通り。別に監視するだけなら遠見でも何でも手段はある。けどいざ馬鹿やりそーな時に拳で止めるとなったら、すぐ殴りに行ける距離にいなきゃなんねー」
「文字通りの鉄拳制裁だね」
「陛下の場合は、手加減していただかないと身内が死にますけどね。うちの一族の者を殺さないでくださいね? 鉄・腕・陛・下?」
「そんなヘマやんねーよ! あと嫌味やめろ」
仲良く喧嘩する声を残して、まぁちゃんは鳥の背に乗り空の上。
それをじっと見送ってから、族長さんもまた「留守居の一族のとりまとめをしないとならないので」と、お仕事に。
一族の精鋭達を狩り祭りに出したので、その分、里の守りが手薄になってしまっているそうです。特に女子供ばかりが残っているので、族長さんとしてはトラブルにも即対応できる場所にいる必要があるとか。
それも尤もな話なので、私達は引き留めることなく族長さんを見送ります。
私と勇者様はすぐに取り残されてしまいました。
ぽつんと残されて、何となく無言になる私達。
思えば昨夜から怒濤の勢いに巻き込まれ、流れ流され此処まで来てしまいました。
勇者様が。
こんな状況で取り残されて、どうしろと。
私としては、折角なので狩り祭りの見学に行きたいところですが…
「薬草」
黙りの中、勇者様が一言切り出してきました。
「え?」
咄嗟に何のことかわからなくて問い返すと、苦笑が返ってきます。
「薬草、採りに来たんだろう? その、他の薬師の依頼で」
「あ、ああ! そう言えばそうでした。むぅちゃんに頼まれたんでした」
いけない、いけない。うっかり本気で忘れてましたよ。
勇者様が席を立ったので、私も一緒に腰を上げて。
私達は…私と付き添い護衛の勇者様は、薬草摘みに行くことにしました。
近場で戦闘が起きていると思うと、不穏な気配も濃厚になるのか。
いつでも武器を使える様、警戒を高めながら。
勇者様は素直に私に従い、森の中を歩きます。
私も緋赤森は滅多に来ない場所です。
カーバンクルとの交流は希薄でしたからね。
族長さんを除いて、親交があるのはほんの2、3人。
その彼らも、今は狩り祭りに出かけて森にはいない。
案内無し。
うろ覚えの知識で私は目的の薬草の群生地を目指します。
…が、どうやら私達の行動は族長さんに懸念されていたようですね。
対して歩く程もなく、私達の前にわきゃ!と現れたのは。
「おねえちゃん、こんにちは!」
「ちがうよぅ? おねえちゃんじゃなくて、おひめさまだよぅ」
「おひめさまってほど美人じゃねーよぉ?」
「それはきっと、よをしのぶかりのすがた?なんだよ」
「族長が、おうじさまはモノホンって言ってた!」
「おうじさま! ほんもののおうじさま、かっこいい!」
言うまでもないですね。
カーバンクルの子供達です。
「貴方達、どうしたの? ちゃんとお留守番できないと族長さんに怒られるよ」
「その族長さまにたのまれましたあ!」
そう言って元気に挙手!
どうやら彼らは、族長さんが私に付けてくれた道案内…なのかな。
でもか弱い子供が4人も…これはあれかな。
勇者様に守れって言ってるのかな。
みんな思い思いの可愛らしい格好は、多分。
魔王の視界に入っても失礼にならないよう、親御さんが飾り立てたんでしょう。
明らかによそ行き衣装の子供が何人もいます。
さて、普段通りの日常をこなそうとする子供にこんな服を着せて。
明日何人の親御さんが、涙を呑むことになるのかな…?
なんとなく、無惨にどろんこになる末路が目に浮かびました。
いえ、これから私がどろんこになるような場所に連れて行ってもらうんですけどね。
きゅんきゅんに可愛い子供達。
流石愛くるしいカーバンクルの将来有望な子供達。
あまりの可愛らしさに、顔が緩みそうになる。
勇者様も、ほら。
うっかり微笑んで幼児のハートを打ち抜いているんだけど…
多分、自分が何をやっているのか自覚なさってませんね。
後々、変な修羅場が巻き起こらないと良いけど。
チビさん達は女の子3人に男の子1人という、偏った集団で。
捕まった子供2人を足すと男女3人ずつのバランス整ったグループになるらしい。
「そう。それじゃあ、早くお友達も帰ってくると良いね」
「うん。でも族長さまがすぐもどってくるって言ってたから、すぐにかえってくるもん」
「意外な…あの族長、あれで信頼されてるのか」
「う? 族長さまはつよいよー?」
「魔族は信頼=強さなのか?」
「その要素がなきにしもあらず」
無邪気な子供達の髄にも叩き込まれる、強さへの畏敬。
本当に魔族さんは強さのお好きなんだなあ。
遊び感覚も交えて、私のお仕事。
私がせっせと薬草摘みに精を出す横で。
勇者様は花を摘む子供達に囲まれ、次第に花でブーケの様に飾り立てられていって…完璧に、遊ばれています。
うわー…幾つの花が頭に乗るか挑戦されてますよ。
でも子供と遊ぶ間、勇者様はいつにも増して忍耐強く寛容です。
どれだけ頭お花畑にされても怒らないどころか、じっと息を詰めています。
勇者様、嫌な時は嫌って言って良いんですよ?
何だか見るからに滅茶苦茶お目出度い見た目になってますよ?
良いんですか? そんな立体花畑みたいなイキモノにされて。
終いには子供達も花を乗せる隙間を見つけられなくなり、今度は獣姿に変じて勇者様という等身の花畑で遊び始めました。
勇者様の背を駆け上ったり、頭の上で花に潜ったり。
大人のカーバンクルより一回りも二回りも小さな栗鼠みたいな獣。
その小ささだからこそ、勇者様の体中を駆け回ることもできる。
小さな毛玉に容赦なく駆け回られて、流石に勇者様も困り顔だ。
「ん? あれ」
「どうかしましたか、勇者様。とうとう子供達を折檻する気にでも」
「いや違う。そんな物騒な気は起こしていない。そうじゃなく、子供達の顔で気になるところが…」
言いながら、勇者様は御自分の肩の上で跳ね回っていた子供を捕獲。
相変わらず、いい動体視力と反射神経です。
潰さない絶妙な力加減で小さな獣を鷲掴むと、勇者様はその顔をまじまじと観察して…
「あ、れ……?」
勇者様の顔が、怪訝に固まった。
「勇者様? 本当にどうしたんですか」
何が気になるというの?
子供の顔を見て固まる要素が思いつかなくて、首を傾げてしまう。
何かあるのかと勇者様の隣に移動し、一緒に獣の顔を覗き込んだ。
「……………特に変わったところなんてありませんけど」
「え!?」
え、何その驚き方。
すごい吃驚されて、逆にこっちが吃驚なんだけど…。
「一帯何書きになるって言うんですか」
「何というか、その、子供らの額の紅玉なんだが…何か、違わないか」
「違う? 子供らの額が?」
言われてじっと覗き込んで。
子供らがふてた様にプイッと顔を逸らすから、その顎を掴んで顔を固定してまた覗き込んで。
そうして、やっと勇者様の言わんとするところを察しました。
「ああ、分かりました。この子達はまだ目が退化していないんですね」
「たい、か………退化!? 何が!?」
「いえ、ですから目が」
「……………っ!?」
おっと、良い反応有難うございます。
勇者様は子供達の額と、私の顔と、交互に視線を移して。
やがてどういう事かと混乱のままに狼狽え始めました。
どうやら知らない…というか、説明し忘れていたようですね。
此処は一つ、改めてカーバンクルにについてご説明致しましょう。
カーバンクルの額に輝く、紅い石。
実はソレがカーバンクルの額にある第三の目が結晶化したもの…
紅く色づく魔力に覆われた、第三の目を核にして石となったもの。
カーバンクルの魔力の結晶であり、魔力の源。
元々カーバンクルは額に紅い三つ目を持ち、魔力を溜め込む体質を持って生まれます。
やがて成長と共に額の目に溜め込まれた魔力が結晶化。
大人になる頃には体中全ての魔力が額に集まり、目を核に育った紅玉が完成。
それを大人になった目安としているらしいです。
硬く美しい、魔力の石。
額の紅玉が全身から魔力を集めた結果、カーバンクル達は額の紅玉に魔力を溜め込みながら魔力の源として扱う様になる。
それは第二の心臓と言っても過言ではなく、額の紅玉を失うと生命活動に必要な魔力までも全部一気に失ってしまい、紅玉の喪失と同時に命を落とす。
奇跡的に助かることができたとしても、弱体化した上で、寿命も大幅に削ってしまう。
生きるか死ぬかを左右する紅玉。
それは、カーバンクル達にとって命脈の象徴と言っても良い。
だけど、目の前にいる子供達はまだ額に殆ど魔力なんて溜まっていなくて。
まだ、目は石へと変わる前で。
そこには結晶化の徴候もない、健常な目があるだけ。
目としての機能を失う前の、紅い目があるだけ。
それはこの子達の幼さと、弱さを示していた。
額の紅玉を持たない、子供のカーバンクルは本当に弱い。
大人達が必死に守るくらいに。
そう、その位、カーバンクルにとって額の紅玉は特別で。
ただ特別という以上役目を持っている。
そんな、額の紅玉だけど。
だけど私は一つ、勇者様の顔が引きつりそうな情報も持っている。
それって、流れ的に此処で暴発させておいた方が面白い事になりそうだよね…?
良し。
そんな訳だから、勇者様に教えてみよっと。
カーバンクルさん達の、真の武器というものを。
「勇者様、勇者様」
ちょいちょい、と手を振って、此方に注意を向かわせて。
それからちゃんと聞いているのを確認して、言ってみました。
「カーバンクルさん達の伝統の必殺技って知ってますか」
「いや、カーバンクルの存在自体、今日初めて知ったのに知っていると思うか?」
「そうですか。じゃあ教えますけど、カーバンクルの人達って、生物にあるまじき額に紅玉という特性を利用した、頭突きが一族共通の必殺技なんだそーですよ」
「第二の心臓もっと大事にしろよ!?」
ぎょっと目を剥いた勇者様のツッコミは、清々しいまでに全力で。
命の源とも言える、紅玉。
己が命を容易く武器として晒すカーバンクルに、勇者様は戦慄していたのです。




