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ボクとボクの無敵なおじさん

作者:

ボクのおじさんは無敵である。

 何だって壊せるし、銃弾だって弾いちゃう。本気を出せば空も飛べてしまう、らしい。

 だからといって正義の味方とかでは一切ない。ただの中年サラリーマンだ。

 しかも眼鏡をかけ、髪を七三に分けている。どっからどう見てもサラリーマンだ。

 更に厳密に言えば叔父さんや伯父さんではなく、ボクらの関係は従兄妹なのだか、名前で呼ぶのが恥ずかしいからおじさんと呼んでいる。 ……そういう年頃なのだ。

 今日は、そんなおじさんがうちに遊びに来てくれている。

「おじさん、おじさんはなんで無敵なの?」

「おじさんはゲームが好きだったからねぇ」

 だからなんだ?

「それ理由になってないよ。おじさん」

「いや、ちゃんと最後まで聞きなさい。それでね、その好きだったゲームに出てくる、無敵な主人公に憧れたことがあったんだよ。で、気がついたら無敵になっていた」

「おじさん、大事なところが省かれてるよ。それじゃ分かんないよ」

「結論から言うと、おじさんにもよくわからないんだよ」

「そうなんだ。変なおじさんだね」

 ボクはよくわからないからケタケタと笑う。

「そうだね。僕は変なおじさんだ」

 おじさんもつられてクスクスと笑う。

「お腹すいたね」

「何か買いに行くかい?」

「うん。買いに行こう」

 ボクとおじさんは、商店街に買い物に行くことにした。

 ボク達の近所にある商店街はいわゆるシャッター街だ。ちょうど射している夕日がより寂れた感じを演出している気がする。昔はもっと活気があったと思うが、思い出補正というやつかもしれない。

 よく行く、たい焼き屋の前を通ったところでボクはふと振り返った

「なんか変な声がするよ」

「悲鳴にも聞こえるね」

 路地裏のほうから聞こえてくる。

「か、勘弁してください」

「いいから、金貸せよ」

 ちょっと興味を引かれたので覗いてみる。

「あれってひょっとしてカツアゲかな?」

「どうだろう。そう見えるけどひょっとしたら演技かもしれないよ」

「演技? なんで演技なの?」

 おじさんはニヤリと笑い喋り続ける。

「実は二人ともグルで、助けに来た人からお金を奪うつもりかもしれないからさ」

「なるほど。おじさんは賢いね」

「そうだとも。じゃあ行こうか」

 ボクらはその場をあとにすることにした。

「もう本当に持ってないんですって!」

 まだやってるらしい。しつこい演技だ。

 やっと商店街前の信号まで来た。ここは車の通りが多く、歩行者信号の青になる時間が短いからボクは嫌いなところだ。

「ねぇ、あそこにいるおばあさん、渡れなくて困ってるんじゃない?」

 目の前には、信号の前でオロオロしているおばあさんがいる。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないよ」

「どういうこと?」

 おじさんは神妙な顔をして続ける。

「親切に手を引いてくれる人を、交通事故に見せかけて殺すつもりかもしれないよ」

「そっか、さすがおじさんだね」

 ボクたちが渡った後も、おばあさんは信号の前でオロオロしていた。

「誰も騙されないのにまだやってるよ」

「老人だから気長なのさ」

 商店街は休日ということもあってか、人でごった返している。

「そこのお兄さん、どうだいこのイカ、安くしとくよ!」

 魚屋から威勢のよい声が飛んでくる。

「そこのお兄さんだってさ、おじさんなのに」

 耐え切れずクスクスと笑ってしまう。

「そんなにおかしいかな……」

 結局おじさんは、お兄さんと呼ばれたのが嬉しかったのかイカを買った。

「イカなんてどうやって食べるの?」

「食べ方なんていろいろあるさ。大事なのはそこじゃないんだ」

「よくわからないわ」

「イカには墨があるだろ」

「そうだね。墨があるね」

「こいつを……まあ、そのうちわかるさ」

 よくわからないが、そのうちわかるんならいいだろう。

「おじさん、おじさん。後は何を買うの?」

「そうだね。肉じゃがの材料でも買おっか」

「やった。今晩は肉じゃがだ」

 おじさんは、顔に似合わず料理が上手だ。一回教わろうとしたけど、包丁を持ったところで止められた。なんでだろう?

 数件の店を回ってボクたちは肉じゃがの材料を手に入れた。

「材料も揃ったし帰ろうか」

「そうだね。帰ろう、おじさん」

 商店街の信号の前まで戻ると、人が来る前よりたくさんいた。その真ん中辺りで、ピーポーピーポーと救急車のサイレンの音が聞こえる。

「何かあったみたいだね。おじさん」

「そうみたいだね。何かあったようだ」

 ヒソヒソと声が聞こえてくる。

「……おばあさんが」

「……突き飛ばしたんですってね」

「……手を引いてくれた人を」

「……怖いわぁ」

 なんだか事件があったらしい。でもボクらには全然関係ない、ただ人ごみが出来て帰りにくいけど。

「通りにくいね」

「確かにちょっと人が多すぎるね」

 人ごみを掻き分け、やっと息苦しさから開放される。

「でも結局なんだったんだろうね」

「さぁ、別になんだっていいさ」

「そうかもね。関係ないし」

 また二人でケラケラと笑う。

 そのまま歩いていると、前方から一人の男の人が、泣きながら駆け抜けて行った。

 ちらっと見ただけでわかるほどボコボコにされていた。眼鏡なんかレンズがなく、フレームが歪んでいるように見えた。

「なんだろうあれ?」

「さぁ? 転んだんじゃないの」

 特に気にもせず、そのまま進む。

 行きにも通った、路地裏のある道まで来た。

 奥のほうから声がする。

「……さっきの男二万円も持ってやがった」「……これで遊びに行きましょうよ」

「……しかし、馬鹿なやつもいますね」

 行きと同じ二人がいる。

 でも行きのときとは違って、二人とも親しそうにしている。

「仲直りでもしたのかな?」

「どうだろう、よくわからないね」

「ボクもわかんない」

「でも喧嘩してるよりはいいと思うよ」

「それはそうだね」

 そのまま何事もなく家にたどり着く。

「ただいま」

「はい、おかえり」

「じゃあ、さっそく夕飯の準備をしようか」

「何か手伝おうか、おじさん?」

「いやいい、居間でおとなしくテレビでも見ていてくれ」

 即答された。

 何もすることがないので、言われたとおり居間でテレビを見る。

 一時間くらい経っただろうか、キッチンからいい匂いが漂ってくる。待ちきれず走り出してしまう。

「おじさん、出来たの?」

「出来たよ。ご飯盛ってくれる?」

「わかった」

 さすがにそれくらいはさせてもらえた。

 料理を並べ終え、ボク達は席に座った。

 ちなみに両親はいつも帰ってくるのが遅い。だから誰かと一緒に食事を取るのは久しぶりである。

 そんなわけでいつもはそんなに食べないご飯もたくさん食べてしまった。

 おじさんの作る料理が、美味しかったのもあるかもしれない、ボクだとこうは作れない。

 料理を食べた後の皿洗いは自分から引き受けた。美味いものを食べさせてもらったのだから、当然だと思う。

 ちなみにイカは刺身になった。

「おじさん、おじさん。トランプしようよ」

「わかった。何をするんだい?」

「んと、神経衰弱?」

「じゃあ、しようか」

 カードを並べ、じゃんけんをする。先行はボクになった。

「これとこれ!」

 思いっきり外れた。

「今度はこっちの番だな。これとこれだ」

 うわ、当てやがった。

「よし、次はこれだ!」

 って、また当てちゃったよ。それから三回勝負をしてみたが、全部ボクの負けだった。

「……もうトランプ止めようか」

「あはは……」

「次はダーツしようよ!」

「いいね。おじさん得意だよ」

「じゃあ止めよう」

「……ひどいね。万が一ってこともあるかもしれないのに」

「万が一で勝てるのは主人公だけだよ」

「じゃあ無理だね」

 おじさんを無視して片付ける。カバンの奥でクシャクシャになった学校のプリントを見つけた。

「あ、今日までに習字の課題やらなきゃいけないんだった……」

「そうなの? だったらやってしまおうよ」

「そうする。えっと……習字道具どこにやったかな」

「二階の君の部屋にあるんじゃないかい」

 そういえば帰ったときに持って上がった気がするような。ちょっと見てこよう。ボクは急ぎ自分の部屋に上がった。

「あった、あった。よしさっそく準備するぞ……ってあれ?」

 急いで下に降りる。

「墨がないよ! どうしよう、おじさん」

「はいこれ、イカ墨」

「……ありがとう」

 おじさんはやっぱり無敵だと思った。




 ちなみにイカ墨で書いた字は学校の表彰で銀賞を取った。

 次はいつ来てくれるのかとボクはワクワクしながら待っている。どうやらおじさんは、知らず知らずのうちにボクの心まで取っていったようである。


誤字、脱字、感想等は随時受けつけております。

読んでいただきありがとうございました。

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