出会いたくなかった相手
中庭に向かう愛美の後を追いながら、華夜はふと気になって真子に聞いてみた。
「そういえば、真子も荻野先輩と知り合いなの?」
「どうして、そう思うの?」
「うーん、なんとなく。さっきの二人の話を聞いてるとそんな感じがしたから」
華夜は疑問を持った自分に首を傾げながら真子に言った。
「まぁ、知り合いといえば知り合いね。愛美と一緒にいた時に少し話しただけ。あとは愛美からよく話を聞かされてたからかしら」
「そうなんだ。てっきり、真子も仲が良いのかと思ってた」
「話したのは1,2回くらいね。それも愛美を交えてだったから」
「ねぇ、荻野先輩ってどんな人なの?」
「気になる?」
「うん、愛美の大切な人、なんでしょ?だったら仲良くなりたいもん」
友達である愛美のことを心配している華夜の様子に真子は優しげに微笑んでいた。
「そうね、外見は精悍な顔立ちよ。美形ではあるけど綺麗というより男らしいって言った方がいい顔ね。性格は昔の武士って感じ。どこまでも真面目で堅物、自分の主に絶対の忠誠を誓ってるの」
「主?忠誠?江戸時代みたいな話だね。今時そんな人がいるんだ。高校生なのに誰かに仕えてたりするんだ?さすが、お金持ちの学校だね。なんか別世界の話みたい」
「この世界では有名な話よ。荻野一族が代々、高崎財閥に仕えてるのは」
華夜は真子の言葉に顔が引きつるのを感じた。
「た、か崎、財閥に?あの一流ホテルを経営してるっていう?」
「まぁ、ホテルだけじゃなくて他にもIT関連企業とか色々経営してるみたいだけどね。その高崎財閥に江戸時代よりも昔から仕えてるのが荻野一族なの。荻野先輩はその中でも本家の後継者の人に仕えてるって、愛美に聞いたことあるわ」
「へ、へぇ。そうなんだ。・・・もしかして、荻野先輩がこの学校に通っているのって、高崎財閥のその後継者が通ってるから?」
「そうよ。荻野先輩と同じ3年なのよ。確か名前は高崎刹那先輩。今から行くところにも荻野先輩と一緒にいるんじゃないかしら」
「そ、そうなんだ」
いつの間にか話に夢中になっていたのか、愛美の後を追いかけていた足は止まり、今知り得た情報が脳内を駆け巡っていた。
(どうしよう、どうしたらいいの?ただ愛美の大切な人に会いに行こうと思ったことがこんなことになるなんて。中庭に高崎財閥の人間がいる・・・。しかも、後継者?!高崎財閥とは関わりたくないのに。特に、その高崎財閥の後継者の人には!)
華夜は猛烈に今来た道を引き返したくなった。現に足は今、半歩足を引いていた。真子はそんな華夜に首を傾げた。
「どうかした、華夜?」
「どうもしないんだけど、えっと・・・」
華夜がどうすればこの事態から回避できるか考えていると、中庭へと続く廊下の向こうからパタパタと足音が聞こえた。見ると、先に行ってしまった愛美が走って戻ってきていた。愛美は二人が立ち止っている場所までくると、少し上がっている息を整えて拗ねたように言った。
「もう、2人とも後ろにいると思ったのにいつの間にかいないんだもん。慌てて引き返してきたんだからね」
「ごめんね。少し話に夢中になちゃってたから」
「ごめんなさい、愛美」
華夜と真子は愛美の可愛い様子に苦笑しながら謝った。そうすると、仕方ないなというふうに呆れた顔をした愛美が何かを企むような顔をして笑った。そして、その愛美の顔を見て、悪い予感のした二人が愛美から離れようとするよりも早く、2人の手を掴んで中庭の方へと走り出した。
「行くよ、2人とも」
「えっ!?」
「ぅわっ!?」
突然のことに驚いた二人は引きずられるように愛美の後をついて行った。
(待って、イヤー!無理無理無理無理無理っ!だって、今から行こうとしてるところには‘あの人’の婚約者がいるのに!そりゃあ、内緒だし、愛美たちに話すわけにもいかないけど、無理なものは無理っ!!)
華夜は心の中で必死に中庭に行くことに拒否を示していたが、残念ながら、どんなに叫んでも心の声は自分を引きずるように引っ張る相手には聞こえていなかった。
*******
そして、華夜の必死の願いもなく、目的の場所へと到着した。
渡り廊下から中庭の入り口を見ると、華夜たちの姿が見えたのか、三人の男が歩いてこちらに向かってくるのが見えた。愛美は三人のうち、一番背が高くがっしりとした体格で髪を短く刈り込み、男らしいが堅物そうな顔をした男に駆け寄って声をかけた。
「遅くなってごめんなさい、康之」
「いや、そんなに待ってはいない。俺の方こそわざわざすまなかったな」
「ううん、気にしないで。そんなことより、はい、これ。お母さんから、おば様に」
「ああ」
2人のやり取りを見ながら、華夜は康之が愛美のことを大切に思っているのを感じて2人を温かな眼差しで見ていた。そうすることで、周囲に視線を向けないようにした。少しでも視線を動かすと、関わり合いになりそうで怖かったのだ。だが、この場にいる時点で、関わらずにおこうというのは土台無理な話なのである。早速、愛美と話していた康之の視線が真子と華夜に向いた。そして、まずは真子に話しかけてきた。
「大森さんもわざわざ、こんなところまで付き合わせて悪かったな」
「平気です。特に急な予定があるわけではありませんので」
「そうか、ありがとう」
真子との短い会話が終わると康之は華夜に視線をやり、愛美に問いかけた。
「愛美、彼女は?」
「名前は仙堂華夜ちゃん、友達なの。入学してすぐに意気投合して仲良くなったんだよ」
「・・・そうか。初めまして、仙堂さん。三年の荻野康之だ。愛美の友達ということは何かと会う機会も増えると思う。よろしく頼む」
そう言って、康之は右手を差し出してきた。華夜は大きな体迫力に少し怯えながら、その手を取って握手した。
「初めまして、仙堂華夜です。よろしくお願いします」
手を離して、華夜はぺこりとお辞儀をしながら挨拶をした。その時、小さく呟く声が康之の後ろから聞こえてきた。
「・・・せんどう?」
声のした方を見ると、先ほど康之と一緒にいた男二人がこちらを見ていた。1人は切れ長の目にうすい唇、さらさらとした黒髪、美術品のような整った顔立ちの背の高い男だった。もう1人はその男よりいくらか背が低めの可愛らしいアイドルのような顔立ちをした茶髪の男だった。そして、背の低い方の男が口を開いた。
「君、もしかして、仙堂華夜ちゃん?」
「え、どうして私の名前・・・」
華夜は見知らぬ男から自分の名前が出てきたことに驚いて固まっていた。そんな華夜の様子にその男は警戒心を抱かせないように笑って言った。
「俺、速水明っていうんだ。康之や刹那と同じ三年だよ。あっ、ちなみに刹那っていうのは、高崎刹那。俺の後ろにいる無表情な男のことだよ。まぁ、それは良いとして、君の両親から聞いたことないかな?俺、君の遠縁にあたるんだよ」
「・・・はやみ?速水!?速水って、あの速水家の方なんですかっ!?」
「そうだよ~。よろしくね。」
「お前と遠縁ということは中条と同じ分家ということか」
突然刹那が会話に割り込んできた。だが、明は特に驚いた様子もなく、普通に会話を続けた。
「そうそう。まぁ、分家と言っても末席の方らしいけどね。でも、関係は良好だよ。少なくとも、中条の家なんかよりずっとね」
「・・・っ」
中条の名前が出たことで華夜の肩がびくっと震えた。華夜の反応に刹那は片眉を上げた。
「なぁ、お前仙堂華夜って言うんだな?中条家を知ってるのか?」
「・・・し、知りません。そんな家、聞いたこともありませんっ」
華夜は必死に首を横に振って、否定した。だが、明らかに不審な様子に刹那だけではなく、他の4人も首を傾げた。
そんな周りの反応にこの状況をどうやって切り抜けるか考えていた華夜は、自分の中で今一番最良の策であろうことを実行に移すことにした。
「愛美、真子、ごめん。用事思い出したから、先に帰るね。また、明日ね。・・・先輩方、失礼します」
その名も、敵前逃亡というものだった。