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白兎の涙  作者: 佐倉ゆき
2/12

嵐の前触れ

 華夜は窓から見える空を授業のノートも取らずにぼーっと眺めていた。肩まである黒髪が窓から入ってきた風により、さらさらと零れ落ちる。すると、そこに授業の終了を知らせる鐘がなった。華夜はその鐘の音に眺めていた空からざわざわと騒がしくなっていく教室内に視線を向けた。ここは都内でも有名な私立の進学校で今後この国を背負っていく中心になるであろう生徒が通う星清学園高等部、1-Bの教室だ。今日の授業はこれが最後のため、教室全体が浮足立った雰囲気になっている。教壇に立っている男性教師はそんな騒がしくなった生徒たちに向かって、声を発した。


 「今日の授業はここまで。明日は12ページの因数分解からだ。予習復習を忘れるな。じゃあ、気を付けて帰れよ」


 そうして、教師は教材を片手に教室を出て行った。すると、生徒たちは帰る準備を始める者や放課後の相談をする者、皆様々に動き始めた。

 

 華夜もそんな中で帰り支度をしていた。そんな華夜に早くも帰り支度を済ませた2人の女生徒が声をかけた。


 「華夜、今日、駅前のケーキ屋さんに寄ってかない?」


 「駅前の?」


 「そう!そこのチョコレートケーキ、おいしいってうちの学校でも評判なんだよ」


 「うん、いいよ。行きたい。あのお店一度入ってみたかったんだよね」


 にっこりと、華夜は2人に笑いかけた。華夜に声をかけてきたのは一週間前に入学した高校で出会った友人だった。1人は真っ直ぐで綺麗な黒髪を首の後ろで一つに束ねた長身の美人でしっかり者のお姉さんのような、大森真子、もう1人はボブヘアで、くりくりっとした大きな瞳が特徴的な見た目も中身も可愛らしい水野愛美だった。2人とも顔が綺麗で性格も良いため、早くも同学年の男から人気が出ていた。入学して親しい友達のいなかった華夜に声をかけたのがこの2人だった。初めは人気のある二人と仲良くすることに気後れしていた華夜だが2人と話すうちに、三人は瞬く間に意気投合して仲良くなっていった。真子と真奈美は中学からの友達らしく、いつも漫才のような会話をしていた。華夜は2人のそんなやり取りが大好きだった。華夜は自分を平凡だと思い気づいていないが、まあまあ整った顔立ちや儚げな雰囲気、優しい笑顔、透き通るような白い肌に愛美たちと同じくらいの人気が密かに集まっていた。そして、それにいち早く気付いた愛美たちが男たちを牽制していたのもまったく知らなかった。


 「あ、でも先に寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」


 愛美は少し躊躇うように華夜と真子に切り出した。2人はきょとん、と顔を見合わせた。そして、真子が訝しげに聞いてきた。

 

 「どこに寄りたいのよ?」


 「康之のところ」


 「荻野先輩のところ?」


 「うん、今日お母さんから康之のお母さん宛てに渡すもの預かってるんだ」


 「ふーん。まぁ、いいけど、3年の教室まで行くの?」


 「ううん。さっきメールしたら、今、中庭にいるって」


 「そう。それならさっさと渡すもの渡していくわよ。時間が無くなるから」


 「うん。そうだね」


 今まで愛美と真子の会話を聞いていた華夜が不思議そうに、愛美に聞いてきた。


 「愛美、康之って誰?この学校の人?」


 「あ、そっか。華夜は知らないんだったね。荻野康之、この高校の三年生だよ。康之はあたしの幼馴染なの。あたしのお母さんと康之のお母さんが親友で小さいころはよく遊んでたんだ」


 「なんかそういうのって良いね。幼馴染かぁ。ここの先輩だったら、私も会ったことあるのかな?」


 「うーん、どうかな?すれ違うくらいはしてるかもしれないけど」


 「でも、滅多に他の学年の階には行かないし、まだ入学してからそんなに日は経ってないから難しいと思うわよ」


 「そっかぁ、残念。どんな人か気になったのに」


 「でも今から会いに行くんだし、たっぷり見られるんじゃないかしら」


 真子の言葉に華夜の落胆した様子になった。その、華夜の顔を見て、愛美が楽しそうに言うと華夜の表情はぱっと明るくなる。


 「でも、華夜、なんでそんなに荻野先輩を見たいのよ?」


 真子は愛美と華夜を会話を聞いて、気になったことを尋ねた。愛美は華夜が康之のことを好きになってしまうのではと不安そうな顔をしていた。


 「だって、愛美の大切な人なんでしょ。友達としては気になるよ」


 「・・・なっ、なんで、あたしが康之のこと好きだって、分かったのっ?!」


 華夜の言葉を聞いて、愛美は真っ赤になって勢いよく後ずさった。その勢いが強すぎて、机にぶつかり、ガタッと大きな音を立てた。その音でまだ教室に残っていた数人のクラスメートから注目を浴びてしまった。華夜たちは愛想笑いを浮かべながら、鞄を手に逃げるように教室を出て行った。


 そして、教室から離れると愛美は改めて華夜に聞いた。


 「それで、華夜はなんであたしが康之のこと、っす、好きだって分かったの?」


 「愛美って、荻野先輩のこと好きだったの?」


 愛美の言葉を受けて、華夜はパチパチと瞬きをして言った。


 「・・・えっ?華夜はあたしが康之のこと好きだって、分かって言ったんじゃなかったの?」


 「なにを?」


 「た、大切な人って・・・」


 先ほどから顔が真っ赤な様子の愛美の言葉に、華夜はようやく納得がいったらしく、にこにこと笑いながら言った。


 「だって、荻野先輩の話をしてる時の愛美って、すごーく優しそうな顔してるんだもん。だから、愛美にとって大切な人なんだろうなって思って」


 華夜の邪気のない、優しい笑顔と言葉に愛美はまだ顔の熱は引いてないものの、うれしそうに微笑んだ。


 そんな、2人の会話をじっと黙って聞いていた真子は、華夜の観察眼にした感心していた。いくら仲良くなったとはいえ、期間的にはまだ一週間程度の付き合いである。それなのに、少しの会話から愛美の様子を見て、荻野康之のことをどれほど思っているかを見抜いた。華夜が日頃から愛美のことよく見てないと出来ないことである。新しくできた友人の意外な一面を知り、真子はこれから楽しくなりそうだと一人ほくそ笑んでいた。そして、この後の自分たちの予定のために済ませなければならないことを、さっさと済ませようと2人に声をかけた。

 

 「愛美、早く行かないと荻野先輩待ちくたびれちゃうわよ」


 「あ、そうだね。早く行かなくちゃ」


 愛美は中庭で待たせている康之のことを思い出し、慌てて中庭へと向かって言った。華夜と真子もそんな、愛美の後に続いた。


 その時は知る由もなかった。この後に待ち受けてるものが華夜にとって人生を左右することになろうとは考えもつかなかったのである。

 

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