恋愛話は似合わない(後編)
同僚氏の名前は決めてません。性格はギャルゲーにおける主人公の悪友と考えてくださればだいたいあってます。
なお、今回の話には微妙に教育上よろしくないシーンが含まれています。
「『捨て子』は確か茶髪のちっちゃい子だったよな? お前、幼女趣味だったのか?」
「ユーリ殿は十五だそうですよ。それに、私が責任を取らなければならないのはむしろリック殿のことです。」
場所を変えて、同僚の下宿。ワインが継ぎ足されそうになるのを必死で逃げ回る。
「リック……って猫の方かよ! 性別はともかく人間にしとけよ!」
そういえば同僚は謁見室で二人をちらっと見掛けただけだったか。
「……リック殿は人間で女性ですよ。猫の姿は事故です」
そう注釈して、事の次第を語り始めた。
王に暴力を働いた(リックが額を引っ掻いた)罪で由梨と理久が牢屋に放り込まれたのは昼過ぎのことだ。それから激昂する王をなだめたりさまざまな後始末をしていると、あっというまに日暮れが近くなった。アーロンは仕事をいったん切り上げ、牢屋がある地下へ向かった。警備をしている兵士に多少の心づけ(というか、賄賂)を握らせ、食事の配給を代わってもらう。もちろん、口止め料込みだ。
「……ユーリ殿、リック殿」
「あ、魔術師さん」
「死刑宣告でもしに来たか?」
夕食が載ったトレイを置くと由梨が手を伸ばしかけたが、理久が阻んだ。毒を警戒しているのだろう。
「あなたがたの処遇はまだ審議中ですが、いい方向に転ばないことだけは確実だと思われます。」
「例えば……?」
「このまま牢獄にとどまっていただくか、あるいは」
「あるいはさっくり口封じ、ってとこか?」
尾をぴんと立てて、姿勢は低くしたまま。牙こそ見せていないものの、警戒心はむき出しだ。
「遺憾ながら、恐らくは。とりあえず食べてください。神と精霊に誓って、毒など入れてはいません」
「……理久、食べよ? 多分この人は嘘ついてないよ」
「出たよ、由梨のお人好し」
悪態は止めないまま、理久はミルクが注がれた皿に近寄る。
その時だった。理久の姿がブレたかと思うと――――黒猫の姿は消え、そこにいたのは十代半ばと思われる長身の少女だった。
全裸の。
「んなっ!」
「あわっ」
「……へっくし!あれ、戻ってる」
慌てるアーロンと由梨をよそに、理久は自分の両手を見ていた。
「り、理久! 裸、裸!」
「猫の時に服脱げてたんだから当たり前だろ。……あー寒い。悪い、その毛布取って」
「はいこれ! 魔術師さん、取り上げられた荷物の中から理久の服持って来てあげてください!」
「無駄だ。完璧にフリーズしてんぞ」
理久の指摘通りアーロンは顔を赤くしたまま固まっていた。魔術師というのは、基本的に研究優先の生活で異性と接する機会を逃しやすい。研究第一で過ごしてきたアーロンは……年齢から考えるとありえないほどの奥手だったりする。たとえそれが凹凸に乏しくて色気のないものでも、アーロンにとって少女の裸体は刺激が強すぎた。
理久が服を着替えられたのは、悲鳴を聞き付けた兵士がアーロンを回収したあとだった。
「なるほどなあ。そりゃ責任取らなきゃ男じゃねぇな」
全て聞き終えると同僚の男はニヤニヤ笑いを復活させた。
「ですがリック殿は不慮の事故だからどうでもいいと……。」
「そりゃそういうだろうさ。ま、とりあえずプレゼントで機嫌とっとけ」
「……そうします」
その夜はそのままからかい倒され、翌日アーロンは二日酔いに悩まされることになる。
さて、その後の話だが。
実際、理久は裸を見られた件に関しては何も思っていなかった。理久は兄が三人いる。うっかり裸を見たり見られたりすることが何度もあった。理久にとって『うっかり裸を見られた』というのは精々『曲がり角で出会い頭にぶつかった』と同じ程度の重さしかないのだ。
そのためだろう。アーロンがプロポーズしているのは由梨だと認定していた。そしてある日アーロンに真っ赤な薔薇の花束と金剛石の指輪を渡されると――――花束は物置に突っ込まれ、指輪は消し炭と金属片へと早変わりした。
「あぁあ!」
「何してるの理久! もったいない!」
「薔薇はあとで調合に使うさ。由梨を嫁にしたけりゃ殴り合いで私に勝ってからにしろ。私を嫁にするつもりなら諦めろ。とりあえずとっとと帰れ。んで、帰還の魔法ができるまで来んな!」
理久はヤクザキックでアーロンを追い出しにかかった。
「じいさま止めてー!」
「こんな面白い見せ物、止めるわけなかろう」
「そんな、師匠!」
「由梨、塩―――は生温いから唐辛子の粉末持って来い」
そんな義務感からの求婚と苛立ちからの拒絶は、まだしばらく続くのであった。
そんなわけで、この話に恋愛タグは付きません。そこに愛はありませんから。