恋愛話は似合わない(前編)
ちょっと毛色の違う話をひとつ。場面転換の都合上、前後編に分けます。
由梨も理久も自分達を召喚した国王を恨んでいる。無責任に放り捨てるなんて最低だというのは由梨で、勇者召喚自体がふざけた了見だと理久は吐き捨てる。そんな二人に責任を感じているのは当の国王ではなく、宮廷魔術師のアーロンだ。彼は秘密裏に処刑されそうになった二人を自分の実家の領地に逃がし、『師匠』の家を紹介した。そして、『師匠』に二人を預けるときにこう言い出したのだ。
「師匠。わたくしの未来の伴侶をお願いします。」
この言葉を聞いた瞬間、由梨は顔を真っ赤にして自分と理久を見比べた。そして理久は『由梨を嫁にしたければ、殴り合いで私に勝ってからにしやがれ!』とアーロンに後ろ蹴りを喰らわせたのだった。
急に寒気がして身震いした。
「あっ。」
そのせいで手元が狂い、魔力を流し込み過ぎた魔法陣からは不吉な煙が流れ出す。あわてて魔力を抑え込んで事なきを得たが、何とも言えない寒気はそのままだ。
「どうした、アーロン」
「風邪ですか……っ!」
突然くしゃみが出る。同僚は心配そうに口元をゆがめるが、目にはからかうような色を漂わせていた。
「おいおい、噂でもされてるんじゃないか。お前に限って女絡みじゃなさそうだが。」
「……内容はともかく、私の噂をする女性に心当たりはありますが……確実にけなされている気がします」
「やっぱ女だろ。お前にもようやく春がきたか!」
同僚はにんまりと笑みを深くしてアーロンの肩にかけた。いやな予感がする。
「い、いえ、風邪だと思いますので今日ははやめに……」
「風邪なんて酒飲めば一発だ! そういうわけで、今日は飲むぜ!」
同僚の陽気な声に逃げ道が無いことを悟る。この男はやたらと要領がいい。逃げようとしても捕まるだろう。
(苦手なんですけどねえ、酒精は)
そして夜。宣言通り城下の酒場に連行されたあげく、『吐け』と迫られていた。勿論、アーロンの噂をしそうな女についてである。
「この朴念仁相手じゃ、相手のお嬢さんも苦労してんだろうさ。愚痴のひとつもこぼして当然だな」
「いや、恋仲というわけでは……」
「照れんなって。で、どこの姫さんだ。それとも実家の領地の町娘か何かか?」
アーロンの否定など聞いちゃいない。どう説明したものか考え込み……下手な言い訳では無意味だと結論づける。
「『捨て子』ですよ。私は責任がある」
「……マジかよ」
捨て子、は言葉通りの意味ではない。由梨と理久を表す隠語だ。表向き存在しないことになってはいるが、二人は国の監視下にある。怨まれる理由が充分なだけに何かしでかす可能性があると言うのがその理由だ。
「責任ったって、ありゃあんたが悪いんじゃないだろ。第一どうやって責任とるんだよ。嫁さんにでもするつもりか?」
「彼女がそれを許してくれるのならば。傷物にした責任は―――どんな形であれ取るつもりです。」
ゴブレットの中のワインに映る瞳は真剣そのものだ。どうやらからかっていい類の話じゃないらしい。
※この話に恋愛タグは付いていませんし、これからも付ける予定はありません。