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かくして流行は生まれた

予告どおり『由梨のお仕事』編です。由梨は魔力だけならチートな子です。

 傷薬に毒消し、魔力を宿した容器や守護のまじないを施した護符やナイフ、何故か漬物。【アトリエ・ユーリ】の品揃えは豊富を通り越して雑多と言える。

 都からは遠く離れているものの、この都市はリゾート地として栄えている。そのため客層は地元民は当然のこと貴族や商人、さらに彼らの護衛として雇われた傭兵など幅広い。いきおいニーズも多岐に渡り、お人好しの由梨はそれらすべてに応えようとして――――なんともごった煮状態の品揃えとなったわけだ。



「そういや、どっかのおえらいさんの姫が来てるらしいな」

 市場へ行く道すがら、理久は早足で由梨を追いながらそんなことを言った。

「いつ仕入れたの、そんな話」

「昨日、由梨が肉屋のおかみさんにつかまってるとき。道の向かいでパン屋のおかみさんと蹄鉄屋の隠居した婆さんが井戸端会議してた」

「それなら確かだね。あのおばあさん、謎の情報網持ってるから」

 近いうち、市場(バザール)にお忍びで姫やその従者が来ることも視野に入れておいたほうがいいかもしれない。そうなるとアクセサリを新しく作ろうかな、などと由梨は思いをめぐらせた。

 情報が少し遅かったか、と感じたのは市場についてからだった。店に商品を広げて理久が看板のそばに寝そべると、リュリュが目を輝かせて話しかけてきたのだ。

「ねえねえ知ってる?今、どっかのお姫様がお忍びでバカンスに来ててね、そのお姫様、買い物が趣味なんだって! 市場(ここ)にも来るかもね。うちのワイン買っていってくれないかな」

「おはよ、リュリュ。リュリュんちのワインはご領主さまの家にもおさめてるし、ありうるんじゃない?」

「きゃー、どうしよ! お姫様ってどんな人かな」

「……なーう」

 理久は退屈そうに一つ鳴き、尻尾をぱたりとゆらした。興味ない、どうでもいい……そんな雰囲気をまとわせて。





「本当に来るし。」

 めったなことは言うものではない。そんな後悔に襲われる。今、店の前で由梨特製のアクセサリーを真剣な目で見比べているのはどう見ても平民ではない女性だった。服こそ典型的な町娘のそれだが、まとうオーラが違う。そしてなにより、手がやたらと細くて白いなのだ。町娘であろうはずもない!

「う~ん、迷ってしまいますわ。ねえブリギット、どれが似合うかしら?」

「お嬢様に似合わないものなどありません」

 そしてどうやらお忍びなのは見た目だけ。正体を隠す気はあんまりないらしい。隣に立つ町娘風の女性はメイドらしい。『お嬢様』に応えながらも目は由梨をけん制していた。『お嬢様に無礼を働くようならただではおかない』と。

「え、えーっと……」

 この微妙な空気をどうにかしようと辺りを見回すが、あるのは商品と理久だけだ。そして理久は使い魔の猫でしかないのでこの状況を打破するには向かない。もちろん理久が助け舟を出せないことは無いはずだが、関わりたくないらしく寝たふりを決め込んでいる。

(こ、この裏切り者ー!)

 非難の視線を向けるも、理久は『接客は由梨担当』とばかりにあくびで一蹴した。




 それが失敗だった。令嬢の興味がアクセサリから理久に移ったのだ。





「あら。この猫ちゃん、置物じゃなかったのね」

「へ? ああはい。この子はリックって言ってあたしの使い魔です。リック、ほら起きて挨拶」

「んなう……」

 小さな額を人差し指で小突かれ、しぶしぶながらに瞳を開ける。あくびと共に伸びをすると、令嬢の目が輝いた。なんだか嫌な予感がする。再び寝たフリを決め込もうとするが、令嬢はかまわずに理久を抱き上げてしまった。

「まあ可愛い! わたくし、猫が大好きなの!」

「ふぎゃっ!」

「店主さん、この子くださいな。おいくらかしら?」

「え、えええ?」

「お、お嬢様! いけません、使い魔は主から離れたらただの魔物です!」

 慌てたのは理久だけではない。由梨もメイドも慌てている。使い魔の定義は『契約に縛られて魔術師に隷属を誓った魔物』だ。真相はどうあれ、それが今の理久の身分である。令嬢の腕の中でもがくが、万が一令嬢に傷をつけようものならどうなるか判ったものではない。

「大丈夫よ、ブリギット。こんなに賢い猫だもの。きっと私、仲良くなれるわ」

「そういう問題ではありません……!」

「じゃあ、店主さん。あなたのことも買っちゃいますわ」

「無駄遣いするなと旦那様に言われたばかりではないですか!」

「ちょ、この国って人身売買って認められてましたっけ?」

 当然だが、表向きは認められていない。例えば娼館などはあるのだが、建前は自由業だ。おそらく令嬢としては由梨を雇いたいといっているつもりのはずである。

 錬金術士は希少だ。魔術師の一種だが、基本的に野に下って人々の為に生きる。同じく錬金術を使いながら王家や貴族に使えるものもいるが、彼らは『錬金術師』と呼ばれて区別される。そして由梨は由梨なりに錬金術士であることを誇りに思っているため……受けるわけにはいかないのだ。



「理久、ちょっとごめんこっち来て!」

 慌てて『理久』と呼んでしまったが、誰も気づいていないようだ。とっさに令嬢から理久をさらい、額から毛を何本か抜く。抗議の悲鳴が聞こえたが、今はかまっていられない。

「理久、このハンカチにインクで足跡つけて」

「にゃ?」

 訝しげに声を上げつつそれでも指示に従った。アドリブとフォローは由梨の十八番だ。きっと何か策が浮かんだのだろう。インク壺に手(意地でも前足とは言わない)をつっこみ、売り物のハンカチにくっきりと肉球スタンプを捺す。由梨はその上に切った毛を置き、さらに羽ペンでなにやら書き付け、ハンカチを両手で包んだ。


『――――――――!』



 言葉にならない言葉でハンカチに魔力を流し込む。手の中に光が生まれ……収まるのを見計らって両手を開く。

 ハンカチは手のひらサイズの黒猫のぬいぐるみに変化していた。

「え、えーっと……リックは売り物じゃないので……代わりにこちらでいかがでしょう。厄除けのまじないもこめました」

「……にゃ」

 うまく丸め込まれてくれよと祈りつつ、ぬいぐるみを令嬢に差し出す――――と、あっというまにぬいぐるみは令嬢にさらわれた。

「素敵! 錬金術をこの目で見るのは初めてですわ! ブリギット、お代を支払ってちょうだいな」

「……かしこまりました、お嬢様」

 安堵か呆れたのか、とにかくメイドはため息をつきつつ金貨を一枚取り出した。どうやら迷惑料込みらしい。釣りはいらないとばかりに令嬢の後を追って別の店へと歩いていった。





 帰り道。気疲れでぐったりとした理久は荷物の中から首だけ出していた。

「あー……疲れた」

「ホントにねー。テンション高い人だったね」

 苦笑するしかないとはこのことだろう。どうにか事なきを得たし、あのぬいぐるみで気をよくしたお姫様は他の店でも色々買い込んだらしい。今日一日でどれだけ多くの商人の懐が潤ったことだろう。

「ところで、随分ハデな術使ったみたいだけど、どんな魔法陣書いたんだ?」

「魔法陣……書いた、かな?とっさのことだから覚えてないや」

「……は?」

 何せ、あの時は現状を打破することしか考えていなかった。極限状態での対処だけに、記憶があやふやなのだと笑った。

「そもそも肉球スタンプつきのハンカチでお茶を濁すつもりだったし。ただ『理久の身代わりを作る』ってことしか考えていなかったからさ」

「……それがどうしてぬいぐるみになるんだ。あいかわらずデタラメな術ばっかり使ってからに」

 呆れたような疲れたような声が理久の思い全てを物語っていた。





 余談だが。

 令嬢が王都に持ち帰ったぬいぐるみは、王都で爆発的な人気となった。

 そして数ヵ月後、『王都ではやっているから』とアーロンが黒猫のぬいぐるみを手土産に持って帰って、理久から盛大な八つ当たりを喰らった。

由梨の錬金術はイメージ先行、理久の錬金術は理論先行。どこまでも対照的な二人です。

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