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ゴーレム

「じゃ、採取に行ってきます」

「気をつけてね。あとでお夜食持っていくよ」

 採取用の装備を背負い、腕には仕掛けつきの手甲。今日は満月なので湖のそばで採取だ。先に理久が出かけて採取し、由梨が夜食を持っていくのはいつもの流れだった。

「注意せえよ黒猫。夜の森にはバケモノが住まうでの」

「またそれですか、師匠。もう一年経ちますけど一度も見たことないですよ」

 バケモノが出ると脅すのは師匠の常だ。森に潜む狂気というわけでもなく、物理的に『出る』のだという。用心の為に獣避けの魔具も持っているのでそうそう危険に出遭うこともないはずなのだが、バケモノは生き物ではないので無意味なのだそうだ。

「用心はしますよ。では、行ってきます」

 手甲をはめた腕をひらひらと動かし、理久は小屋を出る。その後姿を見る師匠がニタリと笑みの形を取った。








 獣避けの装備といってもさほど重装備にはならない。獣が嫌うにおいの香を腰に提げた香炉で焚き、鈴を頻繁に鳴らすくらいだ。

 師匠特製のこの香は、どんな化学変化が起きているのかは不明だが、とりあえず効果は抜群だ。レシピはよくある香料ばかりなので、おそらく比率がポイントなのだろうと理久は睨んでいる。

 あとは森中に張り巡らせた罠に気をつければ、罠が獣たちの壁になってくれる。

 本来、夜の森は獣たちの領域だ。必要以上に森の恵みは奪わない。それを絶対条件とし、身を守る道具を身につけることで由梨と理久は夜の森の一員になっていた。



 武器と着ていた服を脱ぎ捨てて水に潜る。香炉も荷物の側に置いたので獣のたぐいは来ないだろう。この森に魔物は来ない。湖を中心として天然の強力な結界が張られているのだそうだ。獣にさえ気をつけていれば危険なことはないはずだった。



 そう、そのはずだったのだ。




 気がついたのは由梨が先だった。調合の材料を拾いながら湖へ向かう途中、地面が揺れたような気がしたのだ。そこは由梨も地震大国日本の出身。あわてることなく相棒の様子を確かめるために歩く速度を少し上げた。

 同じころ、理久は水の中にいた。その為気づくのが少し遅れたのだろう。魚の動きが不自然になったのに気づいて、ようやく水面に顔を出した。

「理久、だいじょうぶー?」

「大丈夫って、何かあったのか?なんか水の中も様子がおかしいんだが」

「大したことないけど、地震があったんだよ。お夜食とタオル持ってきたから休憩しない?」

「ん、サンキュ。そうだな。採れる分は採ったし、あとは薬草探しにする」

 タオルというよりはただの大きな布だが、理久はそれで体を大雑把に拭いて服を着た。

「あ、また髪の毛ほっといてるー」

「すぐ乾くから放っておいても同じだろ。それより夜食がほしい」

「だめだってば。お夜食は食べてていいから、ほら、頭! あたしが拭くからじっとしてて」

 理久はチーズをかじりつつ、おとなしく頭を拭かれる。弟扱いされることが多かったせいか理久は自身が女性であるという認識が薄い。由梨にとってはそれが我慢ならないらしく、こうして世話を焼くのは昔からの習性のようなものだった。


 

 再び地面が揺れた。振動でバスケットが倒れてサンドイッチやらサラダやらが地面に落ちてしまい、そこでようやく違和感に気付いた。

「うわわっ」

「これ、地震っていうかアレだな。怪獣映画とかであるだろ。地面が揺れて……」

「あー、うんうん。それで怪獣の体で光がさえぎられたりするんだよね。今みたいに」

 そう。今二人のまわりは急に月光が遮られている。ちょうど、どこかの怪獣映画のごとく。

 ぎこちなく後ろを見てみると――いた。

 泥でできているらしい体は縦に五メートルほど。不格好な手足、粗雑な造りの頭。



 ――――ゴーレム。そんな言葉が二人の頭をよぎった。



「逃げるぞっ!」

「うんっ!」

 理久は手甲をつけなおし、理久はバスケットを抱えて駆け出した。






「なにあれっ! 魔物とかこのへん来ないはずでしょ?」

「知るか! とりあえず走れ!」

 後ろを気にしながら疾走する。途中に罠がたくさん張り巡らされているエリアがあるが、そこは慣れというものだ。避け方はすっかり覚えている。自分が引っ掛からなければ、罠はいい足止めになってくれるはずだ。

「理久、その手甲の仕掛けでなんとかならない?」

「ならん。仕込んであるのはスリングショットと弾とナイフだけだ」

 口では否定しながらも手甲からナイフを引っ張り出す。

 接近戦を挑むことになるが、あんな巨体に石つぶてではたいした効果は望めない。

 それに、このまま逃げ続けてもスタミナの差で負けるだろうことは予想できた。

「援護頼む。爆弾はいくつある?」

「三個しかないや。あとはしびれ薬とか眠り薬ならあるけど」

 爆弾と言っても火薬は使っていない。圧縮した空気をぶつけるだけの目くらまし程度のものだ。獣を退けることはできても、怪獣に効くとは思えない。

 しかし、森の中で下手に火を使えばしっぺ返しのほうが怖い。

「薬は多分無理だな。牽制しながら、洞窟の方向に逃げる」

「わかった」



 地響きが近づいてくる。獣たちは異常を察したのかどこかに隠れたようだ。由梨が爆弾を用意したのを確認してゴーレムの前に躍り出た。

「ちっ、やっぱり私たちがターゲットかよ!」

 乱暴に振り下ろされた腕をどうにかかわし、無意味だと予想しつつもナイフで切りつけてみる。案の定、刃に泥がついただけだ。

「アタリだな。やっぱりこいつはゴーレムか何かだ」

 命を持たないものとなれば遠慮は要らない。もっとも、遠慮していられる余裕もないが。

「理久、いくよ!」

 声が聞こえると同時に伏せる。直後、爆発音と共に理久の目の前に泥の塊が落ちた。

 跳ねた泥が服につく。見上げてみると、右腕が半分以上なくなっていた。

「でかした!」

 快哉をあげながら、さらにゴーレムを切りつけた。ダメージにはならないだろうが牽制くらいにはなる。ゴーレムの動きはかなり鈍い。攻撃も殴りつけるだけの単調なもの。振りあがる腕に気をつければ、理久でも凌ぐくらいならどうにかなりそうだ。




 そんな油断が災いしたのだろう。左腕が理久の背中を狙っているのに気づかなかった。

 気持ちいいとは絶対に言えない感触が体にまとわりつき、高々と持ち上げられる。

「理久っ!」

「ちっ……由梨、爆弾はいけるか!……がっ!」

 強く締め上げられたのだろう。理久の喉から苦悶の声が漏れる。

 爆弾を投げるべきか否か。

 理久に当たったらと言う不安。だが、このままでは握りつぶされてしまう。

「あたったらごめん!」

 爆弾を二つ取り出して立て続けに投げる。命中。左手首が爆発で分断される。

 ――落ちる!そう思ったが不思議と落ち着いていた。

スローモーションの視界の中でゴーレムの頭に仕込まれた『もの』が見える。



(あれは……)



 衝撃で思考は強制終了。背中をしたたかに打ったせいで肺から空気が押し出された。

「が……っは」

「理久っ!」

「く……るなっ。今そっちに行くから」

 無理やりに空気を吸い込んで立ち上がった。

 しかし、無防備になった標的を見逃すようなゴーレムではなかったらしい。

 中途半端な長さの左腕を横に薙ぎ、理久を吹き飛ばす。



 いくつもの衝撃。枝を折り、木にぶつかってようやく地面へと落ちる。

 結構な距離を飛ばされたようだ。由梨が駆け寄ってくる音は聞こえるが、眼を開けるのが億劫だ。

 運よく頭を打たずに済んだが、服が枝で破かれて露出した肌に傷ができる。息を吸っても痛みはない。おそらく肋骨は無事なのだろう。




 ――――そう、致命傷でも重傷でもない。ならば、動ける。

「ちょ、動いちゃダメ!」

「動かなきゃ的になるだろ。……あー、くらくらする」

「ああもうっ! ほら、つかまって。肩くらいなら貸すから」

 無理に起きようとする理久に肩を貸す。ここから少し行けば罠がたくさんあるエリアだ。うまいこと迂回しながら洞窟を目指せば、時間を稼ぐくらいはできるだろう。

 理久の顔色が悪くなっていないか注意しながら森を進んだ。




 

「あのゴーレムだが、誰の仕業かわかった」

「誰?」

「師匠だよ」

 罠を注意深く避けながら理久がうめく。泥まみれの顔に浮かぶ苦渋は痛みゆえか忌々しさゆえか。

「ゴーレムは起動のための道具があるんだがな」


 ゴーレムは魔力によって動く人形だ。動かし方にはいろいろとあるが、代表的なものだと羊皮紙を使ったものがある。

 呪文を唱えて、羊皮紙を貼り付けることで動くのだ。羊皮紙にはヘブライ語で「emeth(真実)」と書かれており、頭文字を消して「meth(死)」にすれば動けなくなると言われている。


「額に石が埋まってて、魔力の気配がした。ありゃ、師匠の魔力だ。多分、師匠流にアレンジしたんだろうな。師匠も悪魔じゃない、私たちが死なないように細工もしてあるはずだ」

「なんであんなもの……」

 由梨は呆れたようなため息をつく。その顔を横目で見ながら、理久は人差し指を立てた。

「その一。私が武器を手に入れたから修行の為に練成した」

「……うーん、じいさまってそこまで面倒見良かったっけ?」

 首をかしげる由梨は無視して、中指を立てる。

「その二。以前、私たちが与太話として話したゴーレムを実践してみたくなった」

「う、それはありうるかも……」

 理久はさらに薬指を立てた。

「その三。単なる悪ふざけ。私はこれが一番可能性が高いと思っている」

「……だね」

 二人同時に重くため息をつく。

「で、対策はありそう?」

「多分でよければ。いいか、つまり重要なのは動力源を壊すことだ。だから……」




 走りながら説明を終えると、洞窟にたどり着いた。

「準備を頼む。時間稼ぎは私がする」

「もう平気なの?」

「あんまり。薬くれ。それと、止めはお前に任せる」

「わかった。準備できたら合図するから、うまく逃げてね」

 由梨はポケットから体力回復用の水薬を差し出す。理久はそれを受け取ると一気に飲み干した。この薬、非常に苦いうえに後で強烈な眠気が襲ってくる。だが死ぬよりはマシだ。

 無理やりに息を整えて洞窟から出た。遠くから音が聞こえる。森に張り巡らせている罠にかかっているはずだが、外さずにそのまま追ってきたのだろう。


 大地が震える音がした。周囲の木々の断末魔が聞こえる。

 足音は緩慢な足取りで、しかし確実に近づいてくる。

「ち、もう追いつかれたか!」

 手甲の仕掛けを動かしてスリングショットを作った。

 震える手を叱咤する。

 このまままっすぐ洞窟に来られたら困る。

 とにかく洞窟から引き離さなければならない。

「おら、こっちだデカブツ!」

 足元の石を拾って弦を強く引き絞る。

 発射。

 石はあごの辺りに当たってそのまま埋まった。

 やはり物理的な効果は薄い。それでも注意を引くには充分だったらしく、ゴーレムは標的を理久へと定めたようだった。

「そうそう、こっちだ。鬼さんこちらってな!」



 一方、由梨はバスケットの中身から材料を選び、準備に取り掛かった。

 動力源を破壊する。それが作戦内容だ。理久の見立てでは額に埋め込まれた石がそれだという。由梨の任務は頭部を爆破できる手段を作ることだ。

「ええっと、あんまり道具を使わないでできるものといえば……」

 湖に行く前に拾った衝撃に弱い木の実に、夜食用のチーズにサンドイッチ、採取に使う細めのナイフ、夜食を包んでいた布。それだけだった。調合用の機材一式には頼れない。今すぐ練成しなければいけないのだ。

「威力、足りるかなあ……」

 布を袋状に結んで、木の実をできるだけ詰め込む。さらにチーズとサンドイッチも押し込んでみた。

 出来上がった簡易爆弾に威力を強化する為の術式を書き込めば、おそらくは頭を爆破するには充分だろう。

「……うう、理久にはいつも文句言ってるのに……」

 少しためらったが、決心して指に小さく傷を創る。

 流れ出た血で魔法文字を書き込むのは理久がよくやる手段だが、あまりやってほしくないと思っていた。どんな理由でも自分で自分を傷つけるのは褒められた行為ではない。

 だが、理久はいつも決まって「効率を考えたらこの方が早い」と言って聞かないのだ。

「今は理久の安全優先!」

 小さな痛みに顔をしかめつつ、魔法文字をつづった。流れ出る血が魔力を術式に流し込んでいく。

 最良の手段がどのようなものかは判らない。ただ相棒の無事を願うだけだ。いつだって由梨の調合は土壇場のときこそ強い力を発揮する。

 


 だから、今回も。



「理久――――っ!」

 爆弾をつぶさないように持ち、洞窟の入り口から声を張り上げる。理久はそれほど離れていなかったようで、すぐに手を上げて合図した。

「手段は!」

「できた! 早くこっちに来て! 爆風がどのくらいか、わかんないの!」

「わかった!」

 スリングショットを畳み、洞窟に向かって駆ける。その足取りはすこし不安定になっている。

 そろそろスタミナが限界のようだ。

 もともと理久は運動神経がスタミナも自慢できるほどにない。

 今までもたせたのも気力によるもの。


 だからだろう、安心したのか足元にある石に気づかなかった。

「っ!」

 普段ならよろけるだけで済んだのだろうが、転んでしまう。大きな隙だ。それを逃すゴーレムではない。足を高く上げて踏み潰しにかかった。

 ――――やられる! 

「ダメぇええええっ!」

 由梨が悲鳴と共に爆弾を投げた。しかし爆弾は空中分解、木の実とチーズとサンドイッチがバラバラと落ちてしまう。

「そんな……!」

「ちっ」

 横に転がってゴーレムの足から逃れる。ゴーレムとしても必殺の一撃だったのだろう。勢いを殺しきれず、そのまま転倒した。

「! しめた!」

 理久は目の前にあったチーズを掴んで立ち上がる。そのまま転んだゴーレムの頭へ回り込んだ。

 ゴーレムは長さの違う腕を地につけて、起き上がろうと顔を上げる。

 その刹那。

 理久はゴーレムの額の石にチーズを貼り付けた。



 emeth(しんじつ)からmeth()へ。

 ゴーレムを動かす魔術は上書きされて停止命令へと変わる。

 起き上がりかけたゴーレムの体がどろりと融けだし、やがて全てが泥へと還った。








「で、何か釈明はありますか師匠。内容によっては酌量もやぶさかではありませんが」

「なんのことじゃ、黒猫。小娘も険しい顔をしておるが」

 翌朝。理久も由梨も寝不足で不調だったが、糾弾が先だろうと意見は一致した。動力源となった石を観察すると、やはり石に書き込まれた文字は師匠の筆跡だったのだ。

「逃げようったってダメですからね、じいさま。ほら、証拠だってあるんだから」

 テーブルの上に証拠の石を放り出す。師匠はその石を手にとると……なにやら呪文を唱え、塵へと変えた。

「ああっ!」

「ちょ、じいさま! それはないでしょ!」

「ほっほっほ。しかしアレを倒すとは成長したのお。今度はもっと強いゴーレムを作るとしよう」

 弟子の成長を喜ぶというよりは、完全に愉快犯の笑みだ。

 これで刑は確定だ。

「由梨、師匠が反省するまで……」

「わかってる。じいさま、酒蔵の鍵はあたしが預かります。反省文書いてくるまでお酒一滴だってゆるしませんからね」

「んな……!」

 その後、師匠は反省文と共にいくつかの研究書を由梨たちに譲ることを約束し、ようやく飲酒を許された。さらにこの件をもう一人の弟子アーロンに愚痴るも、「それは師匠が悪い」と一刀両断にされた。

 しかし、それでも師匠の悪戯癖は直らなかったことを書き加えておく。

作中に出てくる爆弾は、ア●リエシリーズのク●フトとかその辺を想定しています。

この世界、火薬はありませんので。

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