私が猫になったわけ(side理久)
使い魔(だと思われている)リックこと理久は、非常に理屈っぽいです。
「すみません。あなた方が召喚されたのは手違いです」
床に魔法陣が描かれた部屋で、宮廷魔術師を名乗る男はそう言い放った。
「……小寒?」
微妙な変換ミスをした由梨に訂正しようとして
「にゃあ」
しかし自分の口から出たのは猫の声。おかしいなと思うより先に、私は由梨に持ち上げられた。慌てて辺りを見回すと、由梨の傍らには私の高校の制服。……え?
「かっわいい! このにゃんこ、あなたのですか?」
待て由梨。その前に現状を把握しろ。さっきまで隣りでバスを待っていた私がいないことを疑問に思え!……と、抗議したくても口から出るのは猫の声。いくら由梨が無類の猫好きだからって、これはあんまりだ。薄情者め。
「あなたと共に召喚されたなら、あなたのものでは?」
「あたしじゃないです。さっきまでこの子はいなかったし……って、理久! 理久がいない!」
「にゃー! なお、ふぎゃー! (気づくのが遅い!)」
大声で抗議しつつ、わずかに残った自制心を総動員させて引っ掻くのだけは我慢する。猫に引っ掻かれるとかなり厳しい。ああ、体験談だとも。うっかり猫の尻尾を踏みつけてしまったことがある。あの時は地獄を見た。猫に引っ掻かれ、由梨の説教を喰らい……やめよう、気分が暗くなる。
「え、じゃあキミは理久なの?」
「みぎゃ。(そーだよ。)」
私達の様子を見て宮廷魔術師はため息をつき、私の背中をなぞって何事か呪文を呟いた。やめろゾワゾワする!私は首から下を触られるのが大嫌いなんだ!
「やめんか、気持ち悪……あれ?」
「このままでは話が進みそうに無いので、猫殿に言語化の魔法を掛けさせていただきました」
うわ、実にファンタジー。喋る黒猫なんて、掃除機に乗った魔女が出てくるドラマにしかいないと思っていた。
「えーっと……理久?」
「なんだ、由梨」
「……やっぱり理久なんだね。……見た目は可愛いのに」
「顔に引っ掻き傷をつけてもいいんだな?」
前足の爪を見せ付けるようにして、警告。今の私は非常に機嫌が悪い!私の本気オーラを察したのか、宮廷魔術師は由梨の手から私をつまみ上げた。ええい、首筋をつかむな!
「とにかく、この猫殿……リック殿でしたか。ユーリ殿にゆかりの猫ということでよろしいのですか?」
「私は人間。あとリックじゃなくて理久!」
「理久はいとこです。それにあたしはユーリじゃなくって由梨ですよ」
「ええ、ですからリック殿にユーリ殿でしょう?」
宮廷魔術師に抱きなおされたので、注意深く口の動きを観察してみる。すると、どう見ても口の動きと出てくる言葉が一致しない。おそらく魔法だか神秘だかで自動的に通訳されて聞こえるんだろう。そして、この世界で『ユーリ』『リック』という名前は一般的らしい。そのせいで宮廷魔術師は私達の名前を勝手に誤解した。こんなところか。
「名前については置いておくとして……手違いとは?それと私が猫になったことに何か関係があると?」
あ、宮廷魔術師の顔が引きつった。あまり言いたくないらしい。けれど言いたくないで済ませるものか。私たちには現状を把握する権利がある。
宮廷魔術師の話をまとめると、こんな感じだ。
この世界では、光を司る兄神と闇を支配する弟神が終わりのない戦いを続けているらしい。 闇を司る弟神は世界の外側に住んでいて、この世界に点在する時空の裂け目から魔物を送り込んでいる。光を司る兄神は人々に武器や魔法を与えて迎え撃つ。この戦いは光と闇の均衡を保つ為に必要とされている。
闇の神の手口が、近所付き合いがうまくいってない根暗な人みたいだと思う。言わないけど。
兄神が人に与えた魔法の中に、召喚魔法がある。時空に穴を開けて、自らの力になるモノを呼び出すものだ。だが、人がこの術を使うと反動がある。無理矢理開けられた穴を塞ごうとして空間が揺らぎ、あらぬところに穴が開いてしまうのだ。穴の向こうから何かが墜ちてくることが、たまにあるらしい。
そして、私たちがここに堕ちてくる3日ほど前、この国で救世主召喚の儀式が行われた。
ここまで話せば察してくれる人がほとんどだろう。
――――私たちは、運悪く時空の裂け目から墜落してこの世界に来たようだ。
「で、理久が猫になっちゃったのは……」
「先だって召喚された祈りの神子様は美しい白猫をつれておられました。ですから、人ひとりと猫一匹分の穴が開いたのでしょう。そして、時空の穴を通る際に……」
「何の間違いか私の体が勝手に猫に変換された、と?」
「祈りの神子様はユーリ殿と似た体格でしたからね。ユーリ殿は何の問題もなかったのでしょう」
となると、祈りの神子とやらはずいぶん小柄ということか。由梨は150センチも無い。そして私は170を少しばかり越えている。
「猫の体積分、身体が切り取られたりしなくて良かったですねえ」
「言いたいことはそれだけか、この他力本願!」
あまりの言い草に、さすがに堪忍袋の緒が切れた。宮廷魔術師を引っ掻いてやろうとする私と由梨がどうにか止める。それからしばらく不毛な追いかけっこが続き、さらにこの国の王に謁見したときに似たようなことを言われ……キレた私が王の顔に傷を創ったとして誰が責められようか。むしろその程度で勘弁してやったんだから感謝して欲しい。
王の顔に傷を創った為牢獄に入れられた私たちを宮廷魔術師は哀れんだ。儀式の責任者としての良心の呵責みたいなものもあったんだろう。彼は私を脱獄させ、自分の師匠が隠棲する森へと逃げ延びさせた。聞けばその師匠も私たちとおなじ身の上だとかで、私たちは師匠の保護下で魔術や錬金術を学ぶことになる。