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石の秘密と初恋と

『この石をあげる。僕の宝物なんだ。またこの街に来るときはきっと一人前になってるから、そのときは見に来て欲しいな』

 そのときの石を父の知人に見せたところ、ただの小石だと判った。けれどリュリュにとってはどんな宝石よりも大切な石だった。





「旅芸人?」

「そ。しばらく来てなかったんだけどさ。今年は五年かに一度しかない王国祭があるからね。その通り道で営業してく一座って結構多いんだよ。」

「へぇー。なんかファンタジーって感……あいた!」

 開店準備をしながらの世間話。それを不意に理久が遮った。商品を並べる台に乗り、由梨を睨んだ。

(馬鹿。いかにも異世界人です的発言してどうする)

(この街じゃ暗黙の了解なんだからいいじゃん!)

(壁に耳あり障子に目ありだ)

 無言で非難する由梨を一瞥し、定位置で昼寝を決め込む。昨晩は一晩中採取していたから眠気が限界なのだ。

「あれ、なんかリック不機嫌ぽい?」

「たまにあるんだよね。ほら、猫ってマイペースっていうか気まぐれでしょ? で、旅芸人だっけ?」 

 不思議がって理久の顔を覗き込むリュリュに苦しい言い訳をする。幸いリュリュは素直な性分だ。あっさり騙されてくれた。

「うん、そう。十年前にも旅芸人が来てね……私の初恋の人、そこにいるんだ」

「え、何それ詳しく聞きたいっ」

「いいよ、あのね……」



 そのときまだリュリュは幼く、店の簡単な手伝いをするのがやっとなくらいの年頃だった。旅芸人が来るということで、母にねだって連れて行ってもらったのだという。

 リュリュの初恋の君は、その一座の見習いだった。帰り道、人ごみに飲まれて母とはぐれたリュリュを慰めてくれたのだそうだ。一目ぼれだった。一座は十日ほど街にとどまったが、やがて王都へ出発する日がやってきた。別れを前に泣きじゃくるリュリュに、少年は宝物にしていたという小石を渡して再会を誓った。




「それがこの石なの。後で知ったんだけど、特に何か価値のある石じゃないみたい」

 リュリュはポケットから巾着を取り出して、中にある小石をみせた。サイズは親指の爪ほどだろうか。滑らかで表面は光沢を放ち、忌み色である黒の割りに禍々しさは感じない。むしろ不思議な暖かさがあった。

「うわー、きれいだね。宝石じゃなくてもアクセサリに使いたいかも」

「……にゃ?」

 眠れなかったのか、理久も目を開けて石を見た。何か気になるのだろうか、しきりににおいを嗅ぐ振りをして『もっとよく見せろ』とアピールした。

「あれ、リックも気になるの? いいよ、ほら。見せてあげる」

 理久もよく見えるよう、リュリュは商品を置く台の上に小石を載せた。目の前に置かれた石をじっと見つめ、理久はなにやら考え込んでいる。なにやら考えがあるのだろう、理久は由梨の服を引っ張って注意を引き、耳元ですばやくささやいた。

(これ、借りられないか聞いてみてくれ)

(……どうして?)

(説明は帰ってからだ。頼んだ)

 石にじゃれる振りを続ける理久を不思議そうに見る。これ以上はこの場で説明するつもりが無いらしい。仕方ない、ダメで元々だ。覚悟を決めて由梨はリュリュに小石を借りたい旨を告げた。

「ねえ、リュリュ。この石、アクセサリに加工したほうが持ち歩きやすいと思うんだよね。やらせてくれない?」

「え? でもたいした価値の無い石だよ? 加工代のこと考えるとちょっと……」

「そこは友達特権で無料ってことでいいよ。だから、ね? 形もできるだけ変えたりしないから!」

 リュリュはしばらく逡巡していたが、確かにそのほうが持ち歩きやすいと判断したようだ。石を再び巾着に入れて由梨に託したのだった。




「やっぱりな。これ、ただの小石じゃないみたいだ」

 夜。工房で石を検分していた理久が納得したように言いながら、机に石を置いた。光沢のある表面がランタンの灯りを受けて暖かな光を放っている。

「なに? まさか賢者の石とか?」

「確かに賢者の石はその辺の小石と変わらない見た目だという説もあるけど……違う」

「えー、なんだ。つまんないの」

 残念がる由梨を無視して、理久は再び石を手に取り、転がす。由梨はその様子がマッドサイエンティストのようだと思ったが、口は災いの元だ。言わないで思うだけにとどめておいた。その様子には気づかず、理久は光に透かすようにして石を見つめた。

「多分だけど、石炭だ」

「石炭なの?」

「多分だ。昔見た鉱石標本にそっくりなのがあったんだよ」

 だが、と理久は続けた。

「言わないでおこう。ちょっと珍しい鉱石の一種だったってことにしておけ」

「なんで?」

 石炭、つまり燃料だ。教えればこの世界の暮らしがもっと便利なものになるかもしれない。理由を問う由梨に、理久は肩をすくめて見せるだけだった。

「なんとなく、だ。言い出したからにはアクセに加工してやれよ。それは由梨の担当だろ」

「そだね。明日には旅芸人の興行も始まるみたいだし、せっかくだからおしゃれ用のアイテムは増やしたいでしょ」

 棚からアクセサリ加工用の道具を取り出した。このサイズならペンダントもいいが、ブレスレットも捨てがたい。もともと由梨は手芸好きだ。あっという間に作業に没頭していった。




 翌日。由梨はリュリュに誘われて旅芸人の興行を見に行った。かなり大きなテントは満員だ。

 胸を高鳴らせながら見た興行は本当にすばらしかった。小規模なサーカスのようなそれは、歌あり踊りあり曲芸あり。娯楽が少ないこの世界だ。こういったものがもてはやされるのが判った気がした。そして、最後の演目。この一座でも一番人気だという男性歌手が異国の歌を披露した。由梨的に言えばアラブ風の容貌の彼を見たとたん、リュリュは目を大きく見開いた。

「……あのひとだ……」

「え、本当?」

「まちがいないよ。さすがに大人になってるけど、ぜんぜん変わってないもん! うわあ……」

 リュリュの目にうっすらと涙が浮かぶ。歌は異国の言葉だった。どういうからくりか、由梨は言葉の壁を持たない。どんな言葉も日本語に変換されて聞こえる。だからその歌が恋歌……遠くに暮らす恋人を想う歌だとすぐに理解する。そしてその事実をリュリュにこっそり教えた。


 そして、舞台が終わる。リュリュと由梨は客が引けるまで待って件の男性歌手に声をかけようと決めていた。彼はリュリュを覚えているだろうか。あのときの約束を、覚えてくれているだろうか。頬を赤らめながら様子を見る。やがて、客が全員はけて一座の面々が後片付けを始める。その中に男性歌手もいた。

「リュリュ、ほら声かけなよ」

「う、うん。でも……」

 結局ペンダントに加工した石をぎゅっと握り締め、リュリュはテントの中をじっと窺っている。その視線の先、男性歌手の下に踊り子の女性が駆け寄った。そして……

「……あ」

 リュリュたちが見ているとも知らず、キスを交わした。

 二人はしばらく棒立ちになっていた。が、リュリュが笑顔になって由梨に振り向いた。

「あーあ、やっぱり初恋って実らないんだねえ」

「リュリュ……」

「あはは、バッカみたい。……ほんとに、ね」

 涙が一粒、リュリュの頬を滑り落ちる。由梨はたまらずリュリュを抱きしめ、泣き止むまでそうしていた。






「……ただいまあ……」

 どこか暗澹とした気分で小屋に戻ると、理久は夕食の後片付けをしている最中だった(準備だけは由梨がした)。

「お帰り。どうだった?」

「ん、舞台はすごくよかった……」

「ふーん。湯、沸かすか?薬草茶でよければ淹れるぞ」

 珍しく気遣わしげな理久の厚意に甘えることにする。自分が失恋したわけでもないが、何故かひどく悲しかった。

「この世界の歴史は地球と割と似ている。生態系だってそんなに変わりは無い。なのに、地球では古代から使われていた石炭が、こっちでは使われていたっていう記録も名残も無い」

 突然の話題転換に驚く由梨の前に薬草茶が置かれた。味に少々癖があり飲みにくいそれは、我慢して飲めば疲れを取り去ってくれる。

「気づいてないからじゃないの?必要ないと思ってるとか」

 力なく返しながら薬草茶を口に含む。クセのある苦味が、何故か今日は心地よかった。理久は白湯を飲みながら由梨の向かいに座った。

「ま、そういうことになるな。だから石炭の有用性を広めればちょっとした産業革命が起きる可能性だってある」

 だが、と理久は続ける。

「石炭には欠点も結構多い。最たるものは大気汚染だな。それに、この世界のエネルギーは精霊と魔力に依存してる。この状況、意外と悪くないなんじゃないかって思う」

 この世界のエネルギーは精霊が生み出している。人間は魔力を引き換えにして精霊の力を借りる。それが魔術であり、錬金術だ。

「つまり、この世界ではエネルギーを生み出すのに資格が要るんだ。けど、石炭は手に入れてさえしまえば子供だって火を熾せる。さらにこれをきっかけにして兵器が開発されれば、赤ん坊が人殺しだってできる」

「……あ」

 もちろん、この世界にはそれゆえの特権階級(エリート)があり、腐敗がある。だが、誰もがその気になれば人を殺せる理久たちの故郷とどちらがいいのかといえば、それは難しい問題になる。

「決めるのは私たちじゃない。それは百も承知だ。けど、知らなければアレはただのきれいな石だ。そっちのほうが浪漫があるだろ」

 済ました顔でそう締めくくり、理久は白湯を飲み終える。

「採取に行く。カップとポットは片付けておけよ」




 森の中へ消えていく相棒の影を見つめながら、由梨は先ほどの話に思いをはせた。

「ロマン、ね。理久らしくないけど……」

 確かにそのほうが夢があっていい。その点においては由梨も賛成だった。

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