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錬金術士体験学習・騒動編

「きゃああああっ! 人殺し、通り魔、殺人鬼ですわっ!」

 とんでもない悲鳴で飛び起きた。慌てて裸足のまま飛び出すとそこにいたのは、いまだ叫ぶ貴族の令嬢と引きつった顔の相棒。人間の姿でいるところをみると、まだ夜明け前らしい。

「なんだ、びっくりさせないでよー。サラ、その子は……」

 正体を明かそうとすると、背中に回りこんだ殺人鬼(りく)に口をふさがれた。そこでどうやら自分がまだ寝ぼけていたらしいことに気づく。

(おいこら。ンなこと、この姫サマにばらしても状況悪化にしかならんだろうが。)

 低くささやかれたその声に硬直した。考えてみれば、理久の体質を明かしたところで悪い方向にしか転ばない。秘密を知る者は少ないほうがいいに決まっている。

(じ、じゃあどうすれば……?!)

(そのくらいお前が考えろ。猫と今ここにいる私が別物だと思わせればそれでいい)

(う、え、えーっと……)

 アイコンタクトでの会話は、しかし令嬢から見れば殺人鬼に捕らえられた少女の図にしか見えなかった。早く誤魔化せとばかりに睨む姿も、事情を知らないサラが見れば凶悪犯の所業にしか見えない。

 混沌の一途をたどるその場に、場違いなほどのんびりした声が割り込んできた。



「何事じゃ、うるさくて眠れん。」

 『師匠』だ。さすがに騒ぎで起きてきたらしい。由梨を拘束する理久(人間状態)に、それを指差して悲鳴をあげるサラ。それだけでおおよそ把握したのだろう。理久に近付くと、杖で頭を小突いた。

「何をしておる。早いとこ獲物を氷室に入れんと腐るじゃろうが。」

 この場を離れるためのフォローだ。これ幸いとばかりに理久は逃げ出した。

「ありゃ、居候じゃ。ちぃと訳有りで夜にしか動けん体質での。」

「そ、そうそう。夜じゃないと採取できないモノもあるでしょ? そういうのはあの子の担当なの。あんまり人前に出ないから、紹介しにくくてさ!」

 理久は由梨共々、この家の居候だ。『昼間は猫の姿だから』夜にしか自由に動けないし、『昼間は猫の姿だから』本来の姿で人前に出ることはない。嘘は言っていない。重要な部分を隠しただけで。

「騒ぎの原因がそれだけなら、ワシは寝なおすぞ。老体には堪えるわ。」

 『師匠』が去り、まだ狐につままれたような顔のサラを寝室に押し込む。あとで理久に説教だと決めて、由梨も一度ベッドに戻った。




 氷室といっても本当に氷を使って冷やしているわけではない。魔力の流れを操作して室内の温度を一定に保っている……とは『師匠』の説明だ。彼は元々エンジニアの類だったのではないかと、理久は推測している。捌いたウサギを放り込み、氷室を出たところでタイムオーバー。服を残して猫の姿になってしまった。

「なんじゃ、もう夜明けか。」

「師匠。」

「あの客人は適当にごまかしておいたぞ。……火酒一樽じゃな。」

 にやりと笑う師匠はどこまでもしたたかだ。弟子のフォローにも対価を要求する。このしたたかさがあったから貴族達から嫌われたんじゃないかと、弟子たちは邪推していたりする。

「……飲みすぎです、師匠。小麦酒一樽。」

「ま、そのくらいは負けてやるわ。感謝せい。」

 愉快そうに笑いながら師匠は去る。酒造関係は理久の担当だ。由梨がアルコール耐性ゼロのため、否応無しといった感じだ。まだ二十歳になっていないので良心がとがめてはいるのだが。

 とりあえず、脱げてしまった服をどう片付けたものかが一番の問題だった。





「……で、これは猫用だからマタタビを入れるんだ。」

 サラは猫好きだからと『猫まねき』を目の前で調合してみせる。騒動の元になったものだ。そういえばあの薬を依頼したのはサラの母だったらしい。

 調合する由梨の横で、理久は睡眠中だ。黒猫状態の理久を撫でながら、サラはどこか上の空だった。

「ねえ、ユーリさま?」

「ん、どしたの。やってみたいとか?」

 魔力が必要な工程は既に終わっていて、あとは簡単な仕上げだけ。それくらいならサラにやらせても平気だろう。フラスコを差し出してみるが、サラは違うとばかりに首を振った。

「あの……今朝の方に謝りたいのですわ。」

「あ、あれなら気にしなくて平気だと思うよ。」

「ですが……」

「変な話だけど、誤解されるのに慣れてるタイプだからさ。多分今頃はすっかり忘れて寝てるって。」

 実際そのとおりだ。年齢性別その他諸々、誤解は日常茶飯事だ。由梨と話していたらカツアゲかと勘違いされたこともある。さすがに殺人鬼扱いは初めてだが。

「そ、そうなのですか?」

「うん。昔からの付き合いだけど、もう誤解なんてしょっちゅう。」

 フラスコの中身をクリスタル製の香水瓶に移せば完成だ。緑がかった液体が日光を透かしてきらりと輝く。

「はい完成。お土産にどうぞ。」

「あ、ありがとうございます。それでその……」

 瓶を受け取りながらも、サラはまだ何か言いたげだ。そろそろ話を逸らすのも限界らしい。雲行きが怪しい。何か別の話題を探してみるが、見つかる前にサラが言葉を続けてしまった。

「あの方とはお付き合いされてるんですか?!」

「……は?」

「あの方のことをよく理解していらっしゃるようですし、思い返してみればユーリさまはかわいらしくて、あの方は凛々しくて……その、お似合いだなあって……」

 顔を赤くして訴えながら、少しずつ声は小さくなっていく。まずい。この流れは非常にまずい。

「けれど、わたくしは諦めたくないんです!こんなに胸が高鳴ったのは初めてなんですもの。」

「それは……」

 どう考えても釣り橋効果というか、誤解だろう。確かに理久は少年と言われた方が納得できる容貌だが、一応は女だ。しかしどこを訂正しても追及されてボロを出しそうだ。由梨は嘘がつけない。しばらく考えて結論を出した。

「えーと、とりあえず、あたしと恋人ってわけじゃないから。うん」

 後始末は投げることにした。サラは明日帰る。今夜を乗り切れば、一時の感情など忘れるだろう……多分。





 由梨の願いも空しく、夜にまた一騒動起きた。サラは人間状態の理久をどうやってか捕まえてしまったのだ。

「……由梨。」

 睨む相棒に合掌する。これ以上フォローするは無理だ。

 サラはそんな空気も気にせずに理久を見上げた。

「あの!わたくし、サラ・トラウモント・マイヤーと申します。今朝は失礼なことを言ってしまって、その……」

「朝の件なら気にしてない。」

 ため息をつきつつ目をそらす。関わらないようにしているのが見え見えの態度だが、恋する乙女のフィルターを通せば、それも『ぶっきらぼうで照れ屋』に早変わりだ。恐るべし、恋する乙女。しかもさりげなく理久の手を握っていたりする。

「あの、お名前を聞かせてくださいっ。」

「……リカルダ・ヴィンター。」

 『冬沢理久』の即興での偽名だ。ヴィンターはドイツ語で冬。リックはリカルドの愛称なので、そこから女性名に無理やり変えた。

 しかし、恋する乙女フィルターは理久の苦肉の策さえ捻じ曲げてしまった。

「あの、わたくし、明日戻ることになっているんです。」

「……知ってる。」

「それで、その……お手紙書きますっ。わたくしのこと、忘れないでくださいませリカル()さまっ」

 その瞬間、理久が由梨を睨む目がさらに険しくなった。





 数週間後。理久は届いた手紙に目を通していた。

「お嬢様、なんだって?」

「……読んでみろ。」

 便箋を投げ出して頭を抱えた。樹皮を使っての紙はこの辺りでは高級品だ。さらに香水が吹きかけられているあたりさすが貴族の令嬢と言うべきか。その香りにやられたのか、文章にやられたのか……おそらくは両方だが。

「はいはい、なになに?『またお会いしたいです。こちらは薔薇の花がさかりですが、あなたがいなければ色あせて見えます……?貴方の黒髪は禁忌だとわかっておりますが……』すごい。熱烈だねえ。」

「お前、いったいなんて言ってはぐらかした?」

「何って……黒猫理久と人間の理久が別物だと思わせて、あと理久とあたしが恋人だと思われてたのは訂正しといた。」

「……一応私は『リカルダ』と名乗ったつもりなんだが。」

「恋は盲目っていうか、聞き間違い?」

 なんとも気楽に応えてくれる相棒の後頭部を景気よくひっぱたく。抗議の声は黙殺した。





 『一時の感情だからすぐ忘れる』という二人の希望をよそに、サラは以降も『リカルド・ヴィンター』を理想の異性として憧れ続けた。種明かしするにできない不毛な片恋は、親に押し付けられた婚約者にサラが一目ぼれするまで続くことになる。

 お嬢様はまた出したいキャラです。

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