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錬金術士体験学習・遭遇編

ちょっとだけ流血表現があります。

「ユーリさま、泡が出ましたわ!」

「うん、シャオム草使ってるからねー。その泡で洗うんだよ。」

「わかりましたわ。リックさま、きれいにして差し上げますからねっ。」

 嬉々としてたらいの中の湯を泡立てるサラと指導するユーリ。とても楽しそうな二人を、黒猫(りく)がじとっとした目でにらんでいる。

(……どうしてこうなった!)




 それは領主から『サラ嬢の機嫌を損ねないように』と依頼……というかほとんど命令が下っているからだ。シュタインベック伯テオドール。アーロンの兄にして由梨と理久の大家ともいえるこの御仁は、にっこり笑って無茶を言うタイプだった。

 その彼が、机の上に乗って沙汰を待つ理久を撫でながらこう言ったのだ。

「トラウモント卿はサラ嬢に甘いんだ。あとあと面倒が無いよう、機嫌を取っておいてくれないかな?」

 社交界でも人気の中年貴族は公正かつ寛大だ。由梨と理久の立場を(秘密込みで)深く理解しており、偽りの身分を与えたりして二人を守ってくれてもいる。二人に無茶はさせるが無理はさせない。

 時折持ち込む無茶振りさえなければ、領民思いのいい領主。それがテオドールに対する二人の評価だ。





 先日調合したばかりの猫用シャンプーにサラが目をつけ『リックさまを洗って差し上げたいですわ!』なんぞと言い出して今に至る。ごしごしと危なっかしい手つきで洗われるのをじっと耐える。理久はスキンシップの類が苦手だ。さらに人間の状態で清潔にしておけば猫の状態でも反映されるのでノミ知らず。つまり『猫シャンプーは不要』なのだ。

 最後に水をざばっとかけられてシャンプー終了。ぶるりと身を震わせて水を吹き飛ばしてようやく落ち着いたところを、今度はタオルに包まれ、抱き上げられた。サラだ。

「みにゃっ!」

「いい子でしたわねー、リックさま。さっぱりしました?」

「……にゃぉ。」

「あ、できれば座らせたまま拭いてあげて。リック、抱き上げられるのはあんまり好きじゃなくて。」

 由梨はさりげなくリックを奪って救出した。サラは残念そうな顔で従ったが、目を離せばまた抱き上げそうだ。

「残念ですわ。『抱き合えば ぬくもり二倍 愛情百倍』ですのに。」

「お芝居のセリフかなにか?」

「父と母の口癖ですわ。」

 サラは自慢げに微笑んだ。どうやらトラウモント夫妻はそういう性格らしい。





「あら、リックさまは?」

 すっかり日も暮れたので夕食にした。由梨、『師匠』、サラが食卓に揃うが、そこに黒猫(りく)はいない。

「理久? うーん、たぶん……夜のお散歩?」

 それらしいフォローを入れつつ『師匠』に視線で援護を要求する。が、『師匠』は我関せずの姿勢でウォッカもどき(実験中に偶然できてしまった)を飲むばかりだ。理久がおそらく夜明け直前まで戻ってこないことは簡単に予想できる。おそらくは採取だ。夜は冷えるが、夜の森は理久のテリトリーでもある。獣避けの道具もあるし、心配は要らないだろう。――――帰ってきたときサラと鉢合わせしないように工夫さえすれば。






 由梨の推測どおり、理久は森の中にいた。罠を仕掛けてある場所を回り、かかっていたウサギを回収していく。湖のそばで火を起こし、ウサギを捌いた。毛皮と脚はアクセサリの材料、肉は食料。繁殖力も高い。理久たちの生活には欠かせない獣のひとつだ。血抜きし、絶命したウサギを前に祈りをささげる。森の恵みや命に感謝をささげるのは万国共通らしい。この世界の祈り方は知らないので自己流だが。

 一通り作業を終えると、血で汚れた手と顔を洗う。服は……

「あ、シミ取りの薬忘れてきた。」

帰ってから染み抜きをしなければならないだろう。

 季節は夏に近づいている。イリアナの天文の法則は地球とそう変わらないらしい。そしてこの国は随分北にあるらしく、夏が近づくにつれ夜は驚くほど短くなっていく。日が出てしまうと猫の姿に逆戻りだ。採取と処理を終えると、急ぎ足で家路についた。




 そして、帰ってきた理久は。




 お約束と言うべきか、のどが乾いて目が覚めたサラと鉢合わせしてしまった。

「あ。」

「……?!」

 採取と言うよりは狩猟に近いことをしてきた帰りだ。理久の服はところどころ血で汚れており、手はウサギ(しかも皮を剥いである)を握っている。貴族の令嬢が見るには少しばかり猟奇すぎた。

(見なかったことにしてくれないかなー)

 そんな甘いことを考えた直後、絹を裂くような悲鳴が響いた。





続く

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