錬金術士体験学習・台風襲来編
続き物っぽくなります。
「お久しぶりですわ、錬金術士さん!」
「……。」
市場にあるユーリの店【アトリエ・ユーリ】の前にいるのは高級そうなドレスの少女。あまりの場違いさ加減に唖然とするしかない。誰だっただろうか。見たことがある気がするものの、由梨に貴族の知り合いはいない……と思ったら、理久が売り物を置いたかごの中に隠れた。その様子でようやく思い出した。
「あー! 何時だったか理久を欲しがった人!」
「大正解ですわー!」
令嬢は能天気な完成と共にはしゃぐように飛び跳ねた。ハイヒールで飛び跳ねる姿は他人事ながらハラハラさせられる。由梨の心配をよそに令嬢は優雅に着地してスカートの裾をつまんでみせた。
「わたし、サラ・トラウモント・マイヤーと申します。実はお願いがあって参りましたの。」
嫌な予感がする。現に理久は既に逃げていた。直感なら由梨のほうが優れているのだが、『悪い予感』に関しては理久は非常に敏感だ。本人曰く『不幸体質にとって危機察知能力は必須スキル』らしい。もっとも、察知しても間に合わないことのほうが多い。
「わたくしに錬金術を教えてくださらない? 弟子にして欲しいんですの!」
そして、今回もやっぱり間に合わなかったらしい。
トラウモント家はそれなりの力を持っている。歴史は浅い方だが、何代か前の当主が農地改革を成功させてかなりの財力がある。ついでにここの領主―――アーロンの実家でもある――――シュタインベック家とは深い付き合いがあり……
「つまり、私らが断るのはちょいとまずい。世話んなってる大家に何か迷惑がかからんとも限らないしな。」
その隙に理久が小声で現状を説明した。理久は使い魔だと思われているので、小声の会話ならあまり怪しまれない。周りからみれば使い魔が主人に何やら話しているとしか思われないのだ。もっとも、人間の言葉を話しているとばれるのだけは避けているが。
「あたしたちがお姫様を弟子にしたら、それはそれでご領主様に迷惑じゃない?」
「すげなく断って姫様に泣かれるよりはマシだろ。一応、大家んとこに報告だけしとく。店終わったらリュリュんとこでワイン買っといてくれ。師匠の機嫌とるのに使う。」
最後にひと声「にゃあ」と鳴いてサラに愛想を見せると、理久はあっという間に市場を出た。
逃げられたと気づいたのは、市場からの帰り道だった。
理久は既に帰ってきており、由梨宛とサラ宛の書簡まで手に入れていた。サラ宛の手紙には『先方の迷惑になるから迎えが来たら戻って来い』とあったらしい。由梨宛の手紙は『明後日、迎えがそちらに行くよう手配した』とのことだった。
そんなわけで、サラの『錬金術士体験学習』がなしくずしで始まることになってしまったわけである。
ちなみに、『師匠』はワイン一瓶では説得されなかった。代わりに新しい酒の研究を約束させられたのだった。
異世界側キャラの苗字は、日本語で意味を考えてからドイツ語変換してます。
わかる人が見たらサラの苗字はかなり変です。まあ、ファンタジーと言うことで。