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惚れ薬事件

「伝説で材料になっているのは……イモリの黒焼きとか、リンゴにザクロってところか?あとはハーブだとローズにネロリにクラリセージ……は在庫あったっけ」

「相変わらずどーでもいいこと詳しいよね、理久ってば。でも、リンゴもザクロも季節じゃないよ。ハーブは……まあ、裏庭と倉庫をあさればありそうだけど」

「雑学と言ってくれ。お前も引き受けるな、こんなもん」

 大釜の中身をかき混ぜる由梨の横で、理久は羊皮紙に日本語で何かを書いている。大きく丸で囲ってある字は『猫用惚れ薬』。机を叩く指は苛立たしげだ。

「仕方ないじゃんリュリュたっての頼みなんだから」




 依頼を持ち込んできたのはリュリュだった。得意先のとある貴族が最近猫を飼い始めたのだという。しかし猫が気まぐれなのか、貴族に猫を不快にさせる何かがあるのか……とにかくなつかれないのだそうだ。

「なんか話聞いてるだけでも気の毒でさぁ。ユーリ、魔法の薬で猫に好かれるようなものってない?」

「え、どうだろう。調べてみるよ」

「よろしくね。できあがったら、あたしに渡してくれる? お得意様にユーリのお店をばっちり紹介しておくから」




 そんなわけで理久と由梨はこうして書物と材料に埋もれている。材料の選別は目端が利く由梨、魔法陣の構築は理久の担当だ。『師匠』は高みの見物を決め込むつもりらしい。そもそも『師匠』は財あるものや権力者が大嫌いなので協力するはずも無い。書物と材料は好きに使えと言っただけマシというものだろう。

「ん、とりあえず媚薬っぽい処方はわかった。問題は猫に限定させなきゃならないんだよな」

「うーん、マタタビ入れとく? 効果は昼になったら理久で試すってこ……あいたっ」

 材料を乳鉢ですりつぶしていた理久は乳棒を投げつけた。猫になる体質は本意ではないし、猫になったとしても体質自体は人間のままだ。動くものにじゃれ付くのも毛づくろいも「フリ」にすぎない。

「とりあえずマタタビは入れておくか。他の素材と反発しない程度の量となると……」

 以前うどんを作るときに即席でくみたてた計量器はなかなか有用だった。由梨がヒマさえあれば改良している。マタタビ粉の重さを慎重に見極め、乳鉢の中に入れた。

「由梨。釜の中のを五㏄。一滴ずつな。魔力も流し込んで」

「はいはーい。」

 由梨が慎重に魔力と材料を流し込んでいくと、魔力に反応して乳鉢の中身がその姿を変えていった。


 原理で言えば間違いはないはずだった。ただ、二人にとっては予想外なことに――――できあがったものは揮発性が高いらしく、気がつけば乳鉢の中は空っぽになっていた。

「……あれ?」

「げ、魔法陣に不備があったか? 全部消えるとは思わなかったんだが」

「じゃあ、失敗?」

「とりあえず。仕方ない。師匠に頭下げて手ぇ貸してもらうか。とりあえず、今日はもう寝とけ。私は採取行ってくる」





 しかし、二人は気づいていなかった。揮発するというのは『成分が消える』とイコールではないことに。そして、自他共に認める不幸体質の理久が最も近くにいたため――――猫用惚れ薬の成分をもろに浴びていたことに。





 気づいたのは翌日だった。市が立つ日なので商品を抱えて市場まで行く途中、何故か猫がついてくるのだ。それはもう、ぞろぞろと。

「……ねえ、理久」

「……言うな。私は信じたくない」

「ってことは、確信してるんだね」

「とりあえず、このままだと市場に迷惑だな。由梨、今日は一人で店やっとけ!」

 返事を聞かずに理久が由梨から離れて駆け出すと――――案の定猫たちは理久を追いかけていった。

「うわあ、あたし猫派だけど……あれはうらやましくないや。」

 森まで逃げ込めばあとは『師匠』特製の結界がなんとかしてくれるだろう。偏屈で人間嫌いの側面もたまは役に立つはずだ。





 理久は水泳と殴り合い以外は全て平均以下の、ありていに言って運動オンチだ。それは猫になっても変わらないようでじりじりと猫軍団との差はつめられる一方だった。

「だああ、くっそ!」

 この先にはさほど広くないが川がある。とにかくそこまで走って、泳ぎきる!そうすれば森はすぐそこだ。猫は水を嫌うから、そこである程度引き離せるはずだ。そう信じて必死に四つの脚を動かすと川が見えた。

「頼むから怯んでくれよっ!」

 大きくジャンプして川に飛び込み、泳ごうとするが――――

「どわああっ?!」

 何せ運動音痴だ。普段と違う体で泳ごうとしてできるほど器用じゃない。そのままどこかの桃よろしく流されていき……どうにか岸に泳ぎ着いたときは、薬の成分が全て流れ落ちていたが森から遠く離れてしまっていた。





「あー、ひどい目に遭った……」

「あ、おっかえりー。そろそろ日が暮れるよ」

「おお、帰ったか黒猫。随分愉快なことになったようじゃの?」

 日暮れ直前に帰ってきた理久を出迎えた二人に労わりの色はほとんど見えない。まあ、それもいつものことだ。棚に飛び乗ってタオルを引きずりだし、自室に戻る。人間に戻ったらすぐに服を着たかった。

「理久ー、聞こえるー? 入っていい?」

「だめだ。今着替え中」

 ズボンをはきつつ応えると、由梨はそのままでいいやと言って本題に入った。

「あのねー、じいさまが猫用惚れ薬のレシピ持ってるってー。すごく笑わせてくれたから、ご褒美でくれるってさ」

「っ……師匠! 持ってるなら最初からくださいよ!」

 勢いよく扉を開けると蝶番が外れて飛んだ。

「若人の探究心を摘むなど、隠者としてあるまじき行為じゃからな」

 にやにや笑いながら嘯く『師匠』は基本的に放任主義だ。それは理解しているが……今回の騒ぎは面白がる為に放置していたように思えてしまった。

「材料自体はいい判断じゃったが、あの魔法陣は不備が多かったのう。まだまだじゃな、小娘に黒猫」

 笑う『師匠』にどのような反撃をしたものか悩む理久だった。





 ちなみに猫用惚れ薬は無事に完成した。効果は抜群だったらしく、この貴族はそれからもリュリュ経由で二人にさまざまな依頼を持ち込むことになる。

 ―――――そして、それに比例して理久と由梨の気苦労も増えていくのだった。

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