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『故郷の味』再現プロジェクト

修学旅行でカナダに行った身内は、1日で和食の禁断症状になったらしいです。

 由梨と理久はマレビトだ。この世界に墜ちて来た当初こそ生きることや生活に慣れることに必死だったが、人間は慣れると様々な欲求が顔を出しはじめる。

 この二人の場合、慣れない食生活がストレスの元となった。




 異国の植物についてまとめた図鑑を見ながらティータイム。ただし茶請けはクッキーのほかに何故か漬物。由梨はクッキーを一つ口に放り込んで図鑑を開いたまま机に置いた。

「結局、炊きたてご飯は諦めなきゃかぁ」

「だな。このサイラってのがそれっぽいけど、南方の国でしか作られて無いとなると……」

「手に入れる方法がなさそうだもんね。アーロンさんに頼むのもアレだし」

 机の上に座った理久は漬物をぱりりと齧っている。粉屋から仕入れたふすまを使った漬物床は一応の成功を見せていた。特に『師匠』には非常に気に入られ、すすめられるまま市場(バザール)で売っていたりもする(そして、それなりに売れる)

「ところで、猫に漬物ってアリなの?」

「猫なのは見た目だけだ。家ん中でくらい好きなもの食わせろ。大変なんだぞ、猫の演技するの」

「え、そなの?昨日は猫じゃらしにじゃれ付いてたから心も猫なんだと思った」

「……じゃれなかったらがっかりされるだろ」

 昼寝ばかりしているのんきな黒猫と思われがちだが、理久は理久なりに商売に気を使っている。接客を由梨に任せている分、猫としての愛想(サービス)は義務のようなものだった。

「大変なんだねー。あ、理久。これなんて読むの?」

「ん、それは……サイラの特徴か。粒は長く、野菜の代用として使われる……だとさ」

「えー、インディカかー。じゃあやっぱり無理だね」

「だな。……米は無理でもせめて蕎麦ならと思ったけど、これまたレベル高いしな」

 理久は皿から水をぺろりと舐めた。蕎麦も、似たような植物が無いでもなかった。が、二人とも蕎麦うちのスキルが無い。そしてまずい蕎麦がどれだけ地獄なのかもよく知っている。無駄な賭けをする気は無かったのだ。

「そだねー。お蕎麦はレベル高いし……って、そうだ!」

 勢いよく立ち上がった拍子にティーカップが倒れる。まだ熱い紅茶をかぶってはたまらないと、理久は慌てて逃げ出した。

「うどんだよ、うどん!理久、前に部活で習ったって言ってたじゃん!」

「……あ!そういやそうだよ。米に執着しててうっかり忘れてた」

 この世界に墜ちる前は理久も由梨もごく普通の高校生で、部活だってやっていた。理久が所属していたのは『男の料理同好会』なるもので、量が魅力の料理を多く覚えていた。ちなみに由梨は手芸部で、その腕前は市場で売る商品で遺憾なく発揮されている。

「小麦粉なら粉屋さんにあるし!」

「水も塩も調合に使うから腐るほどある!」




 かくして、『故郷の味再現プロジェクト』がここに開始された。





 料理で重要なのは、計量だ。もちろん熟練者なら目分量でどうにでもなるが、部活で何回か作った程度のものだ。無謀なことはしないに限る。

 まずは計量カップのようなものを作ることにした。あまり水を吸わない木を削って板を作る。理久の制服の内ポケットに定規があったので(貸していたものが帰ってきたとき、面倒だから内ポケットに突っ込んだらしい)それを使って板の寸法を測り、内側の縦・横・高さがそれぞれ十センチになるよう組み立てれば、一リットル量れる枡の完成だ。一リットルは一キロ。それを利用して大雑把ながら天秤とおもりを作れば計量自体は簡単だった。




 うどんの作り方は結構単純だ。粉を水で練る。熟成させる。延ばして切って、ゆでる。理久がうどんを打てる体になる夜を待って作業は開始された。

「そういや、鍋は?あとこのボウルどっから持ってきたんだ?」

「倉庫にあったのを洗ったの。鍋はちょっと穴が開いてたからじいさまに直してもらったんだ」

「……それはつまり、師匠はうどんに期待してるってことか。」

「うん『上手く出来たら食わせろ』だって。じいさま、食い意地張ってるよねー」

「食い意地張ってるほうが長生きすんだろ。曾ばあさんだって百近くなってあんなだ」

「冬が来るたびひとりで雪かきしようとするのだけはどーにかして欲しいって、伯父さんたち言ってたっけ。」

 二人がかりで小麦粉を練った塊を踏む。これを怠るとコシのないうどんになってしまう。由梨も理久もそろって讃岐うどん派だった。

 充分に踏んだ塊をしばらく寝かせたあと、薄く延ばして、畳んでから切る。ここまでくると二人は疲れも忘れて心を躍らせていた。

「うっどん、うっどん。これがうまくいったら天ぷらうどんも作りたいね」

「だな。そのときは出汁もしっかり作って……あ」

 軽快にうどんを切っていた手が止まる。ここまで来て大切なものを忘れたことに気づいたようだ。

「そうだ。お出汁だよ。ここ、かつお節も昆布もないじゃん」

「あー、ベーコン使うか?なんか洋風になりそうだが」

「……今からやり始めたら出来上がりが遅くなるよ?」

「……とりあえず、今日は茹で上がったら塩でも振って食うか」

 それからはうどんを切る音もどこか重たげになった。

 茹で上がったうどん自体は、大成功といってよかった。出汁も醤油もない味気なささえ除けば。




 結局、『師匠』が手打ちうどんを初体験したのはそれからしばらく経ってからのこと。カルボナーラ風にアレンジしたうどんに『師匠』はいたく感激した。

猫に漬物を与えるのはやめましょう。あと、カルボナーラうどんのカロリーは恐ろしいものがあります。食べ過ぎ注意。

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