第一話 きこえるもの
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体名、事件などは架空の物で実在する物事とは一切関係ありません。
ゆらゆらと揺れる空間の中、神と名乗る光る球体は言った。
『救え』と…
−
中学二年の時に見た夢をまた見た。
相変わらずおかしな夢だ。夢のようでそうでない、妙な現実味があるからだ。
「ねぇねぇ、知ってる?」
「何を?」
中間試験最終日、俺は女子たちの噂話で目を醒ます。
女子A「何って最近、成績の悪い生徒が試験では高得点を取るっていう話。」
女子B「え?それって、カンニングじゃないの!?」
女子A「そうそう、でも生徒には全く不審な動きがないんだって…新しい勉強法とかかな?」
はぁ、俺もその新しい勉強法とか教えてほしいぜ…
そんな事を思いながら、日本史の教科書を開く。
?「ボーっとして、どうかしたの?由くん。」
「おっ、奈々。」
奈々は幼なじみという事もあって俺の名前、『由樹』をいつも略して『由くん』と呼ぶ。
常にマイペースな彼女だが、こう見えてスポーツ万能、成績優秀。才色兼備というやつだ。
由樹「いや、ちょっとな。」
さっきの噂について話した。
由樹「あぁ、俺もテストで良い点取りたいぜ。」
奈々「由くん…?」
由樹「ん?」
試験開始前合図のチャイムが鳴った。
生徒たちは指定席へ移動する。
チャイムが鳴り響く中、移動をし始めた奈々は振り向きざまに口を動かす。
奈々「カンニングはダメだよ…」
そう聞こえた気がした。
由樹「ま、待ってくれ、どういうことなんだ?」
意味がわからない、俺は良い点数を取りたいとは言ったが、カンニングをしたいとは言っていない。
だが俺の疑問は奈々には届かなかった。鳴り続けるチャイムの音や他の生徒たちの話し声でかき消されたのだろう。
わけの分からぬまま、試験が始まった。
−
由樹「無理だ、全然分からん。」
俺が日本史を勉強しても、どうせこの程度しかできないと、何度思い知らされただろうか。
そう。俺には記憶力がない、おかげで解答欄のほとんどが空欄だった。
経過時間わずか5分。
これは最速タイムだな。
と、そんな事を思う自分が情けなかった。
周りのクラスメイトたちは未だに解答をしているだろう。静まり返った教室ではペンで文字を書く音だけが聞こえてくる。
もしかして、音で何を書いているか判別できるかもな。
その時、信じられない事が起こった。
なぜだろうか、本当に聞こえる…
まるでクラスメイト全員の書き込んでいる文字を目の前で見ているようだった。
聞こえて来る場所、力の入れ具合…
耳から伝わる情報で誰がどこの問題を解き、何を書いているのかがわかるのだ。
すると、例の噂の真相が見えてくる。
そう『俺と同じようにこの不思議な力でカンニングをしていた。』という事だ。
もしそうなら、この力を使わないわけにはいかない。
だけど…
『カンニングはダメ』か…
ふと奈々の言葉を思い出す。
少し戸惑った、いや違う…
何かが引っかかってくる感じだ。何だ?
『奈々は俺がこの力を使い、カンニングする事を知っていた?』
気づくのにそれほど時間はかからなかった。
まぁ、いいか。
今は試験中だ、そんな事は後で聞けばいい。
さっと俺はペンを再度握り、カンニングをしようと耳を澄ました…
教室中に響き渡るたくさんのペンの音。その全てを聞き分け、答えを書き写す。
これなら80点以上は取れる!やったぜ!
正直嬉しい、でも…
嫌な感じがした、それはカンニングをしたという罪悪感だろうか。
チャイムが鳴り、試験は何事も無く終わった。
いつも通りに解答用紙は後ろから回収され、監視の先生へと渡される。
緊張した空気から開放され、俺は他の生徒たちと同じように体を伸ばす。
そう、試験期間は終わりを告げたのだ。
由樹「さてと、帰るか。」
奈々「由くん待って!」
教室を出ようとする俺を呼び止め、笑顔で一緒に帰ろうと誘って来た。
俺と奈々は幼なじみというだけあって家も近所にある。
必然と帰り道は同じになるわけだが、俺の住んでいる地域から通っている生徒は他に奈々ぐらいしかいないので二人で帰る事が多い。
奈々「ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
帰り道で急に立ち止まり、低いトーンの声で話した。
学校で忠告してきた時と同じ話し方だ。
由樹「なんだ?」
奈々「由くん、カンニングした?」
…え?
由樹「なっ、何の事かなぁ…」
あまりにも唐突すぎた言葉だったため、ごまかそうとしても動揺を隠し切れなかった。
恐怖さえ感じた程である。
奈々「やっぱり由くんは覚醒するんだね。」
覚醒?なんだよそれ、それに『やっぱり』と『するんだね』という話し方も変だ。
由樹「お前は何なんだ?今日は様子が変だぞ!あの忠告も何だ?」
まったくわけが分からん。
奈々は少し考えたあと、俺に説明を始めた。
奈々「じゃあ、まずは朝の噂の真相はわかる?」
由樹「俺と同じような不思議な力を使っていたのか?」
奈々「正解。それで、その力をある学者は『超能力だ』って言ってるの。」
由樹「ちょ、超能力!?」
奈々「そして超能力者になる事を『覚醒』って言うの。」
由樹「つまり、俺は超能力者なのか。」
奈々「そう、由くんの能力は聞こえてくる音に敏感になるから、『鋭敏聴覚』かな?」
由樹「シャープペンシル?」
英語はよく分からないんだけど…
奈々「Sharp audienceだよ、由くん。」
なるほど、わからん。
由樹「まぁ鋭敏聴覚か、カッコいい名前だぜ!って、そうじゃなくて、どうして俺がカンニングすることを知ってたんだ?」
奈々「うーん…それは私の家に来たら教えてあげる。」
気が付いたら、もう俺ん家の前だった。
奈々「待ってるから、じゃ。」
俺は奈々が走り去って行くのを見送り、帰宅した。
由樹「ただいま。」
?「おかえり、お兄ちゃん。」
由樹「お、麻穂。調子はどうだ?」
妹の麻穂は病弱で、今日も風邪で学校を休んでいた。
麻穂「大丈夫、少し楽になったし明日になら学校に…ゴホッゴホンッ」
寝巻き姿で顔にはマスクと熱冷却シートを着けている、とても楽になっているようには見えなかった。
由樹「まったく…少し出かけるけど、無茶するなよ。」
麻穂「うん、わかった。いってらっしゃい。」
奈々の家へ向かった。
小学生の時以来で、とても懐かしい感じがした。
奈々「こっちについて来て。」
そこは研究室と書かれた部屋だった。
たしか奈々の父親は学者でガキの頃はこの部屋に入ろうとして叱られた記憶が…
奈々「入っていい、お父さん?」
奈々の父親「由樹くんは居るかい?」
由樹「はい。」
奈々の父親「奈々、由樹くんを連れて来てくれ。」
俺と奈々は部屋の中へ入っていった。
奈々の父親「ようこそ、由樹くん。」
由樹「はぁ、どうも…」
一瞬、ビビッたが今は様子が違い奈々と同じような笑みを浮かべている。
由樹「ところでカンニングすることを何故知ってたんだ?そろそろ教えてほしいんだけど。」
そうだ、あの忠告の意味もよく分からない。
奈々の父親「あぁ、それは奈々の能力だよ。」
能力?まさか奈々も!?
奈々「うん。実は私も超能力者なの。」
奈々は笑いながら俺に言った。
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