EP 9
ルナミス学園、入学式
帝都ルナミスの中心部に位置する『王立ルナミス学園』。
広大な敷地に、歴史を感じさせる煉瓦造りの校舎、手入れの行き届いた庭園、そして最新鋭の魔法訓練場。
帝国の次代を担うエリートたちを育てる場所だけあり、その威容は圧巻の一言だった。
入学式当日。
正門前は、色とりどりの豪華な馬車で埋め尽くされていた。
「おぉ、あれは公爵家の紋章か?」
「あちらは将軍家のご子息だ」
着飾った新入生たちが、従者を連れて降りてくる。
誰もが自信に満ち溢れ、すでに小さな社交界(マウント合戦)が始まっていた。
その隅で、地味な馬車から降りた一人の少年――リアンは、死んだ魚のような目で校舎を見上げていた。
(……帰りてぇ)
煌びやかな世界に、開始1秒で精神的疲労を感じていた。
周囲は「お友達作り」に余念がないようだが、リアンの目的は真逆だ。
(いいか、リアン。お前のミッションは『ステルス』だ。成績は中の上、態度は控えめ、存在感は空気。……『あいつ、いたっけ?』と言われるくらいのモブキャラを目指すんだ)
リアンは気配を断つスキル(前世の処世術)を発動し、壁際をコソコソと歩き始めた。
誰とも目を合わせず、速やかに入学式の会場へ――。
「――おや?」
その背中に、凛とした声が突き刺さった。
「君は……リアン・シンフォニアではないか? あのマグナギア決勝大会以来だな」
(……げっ)
リアンは立ち止まった。
その声には聞き覚えがありすぎる。
振り返ると、そこには金髪碧眼、白亜の制服を着こなした美少年が立っていた。
王道主人公のようなオーラを放つその少年は、以前、公園でリアンに勝負を挑んできたあの「金持ち坊ちゃん」だった。
リアンは瞬時に「人違い作戦」を実行した。
「え? 誰ですか? 僕はただの『モブキャラA』です」
無表情で答える。
だが、相手は引かなかった。
「僕の名を忘れたとは言わさんぞ! 『クラウス・アルヴィン』だ! アルヴィン侯爵家の息子だ!」
クラウスはバサァッとマント(制服にそんな付属品はないが、幻視が見えるほど堂々としていた)を翻し、リアンの前に立ち塞がった。
「く、クラウス様……?」
「おい、アルヴィン侯爵家の御曹司だぞ……」
周囲の生徒たちがざわめき始める。
リアンは天を仰いだ。
(……終わった。一番目立つ奴に絡まれた)
「……あぁ、思い出しました。どうも、お久しぶりです」
リアンは仕方なく、愛想笑いを浮かべた。
「ふん、思い出したか。……しかし、奇遇だな」
クラウスはリアンを上から下まで値踏みするように見た。
「ここは貴族のための学園だ。君のような平民が、なぜここに居るのだ? まさか、迷い込んだ清掃員ではあるまい?」
悪気はないのだろうが、ナチュラルに失礼な発言だ。
周囲の視線も「平民がなぜ?」という疑問の色を帯びる。
リアンは溜息をつき、懐から身分証代わりの『男爵家のバッジ』を取り出した。
「……父が、先の戦争で功績を挙げましてね。成り行きで『男爵』になったんです。だから、嫌々ながら……いや、謹んで入学させていただきました」
「男爵……? ほう!」
クラウスの目が、カッと見開かれた。
驚きではない。歓喜の色だ。
「そうか! 君も貴族になったのか! ならば、身分の壁などない!」
クラウスはガシッとリアンの両肩を掴んだ。
「フハハハ! 面白い! やはり神は、僕と君を戦わせたいらしい!」
「はぁ……?」
「マグナギアの借りを返す時が来たようだ! 学業、剣術、魔法……全てにおいて君と競い合い、今度こそ僕が勝利する!」
クラウスの背景に、熱血漫画のような炎が燃え上がる。
リアンとの温度差が凄まじい。
「楽しみな学園生活が始まったぞ! リアン・シンフォニア! 僕のライバルよ!!」
「……あ、うん。お手柔らかに……」
リアンは乾いた笑いで返した。
(お断りします。俺は平穏に暮らしたいんです。ライバルとか、そういう暑苦しいポジションは結構です)
「さぁ、行こうか! 式が始まる!」
クラウスは強引にリアンを連れて歩き出した。
周囲からは「あのクラウス様と対等に話すあの子は誰だ?」「男爵家? 聞かない名ね」と、ひそひそ話が聞こえてくる。
(……ステルス作戦、失敗)
入学式開始前。
リアンは既に、学園の注目の的になりつつあった。
だが、彼の胃痛はこれで終わりではなかった。
この後の式典で、さらなる「爆弾」が投下されることを、彼はまだ知らない。




