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EP 4

義務教育という名の強制連行

ルナハン領、領主の館。

初冬の柔らかな日差しが差し込むサンルームで、リアン(もうすぐ6歳)は至福の時を過ごしていた。

「……完璧だ」

最高級の革張りソファ。

サイドテーブルには、オニヒメが淹れたロイヤルミルクティーと、試作品の『スイートポテト』。

窓の外には、整備された美しいルナハンの街並みが広がっている。

(領地経営はオートモードで黒字。父さんの名声は鰻登り。俺は「神童」という噂を適度に流しつつ、基本は部屋で引きこもって趣味のマグナギア改造に没頭する……)

リアンはティーカップを傾け、ふっと息を吐いた。

(これぞ、勝ち組。これぞ、スローライフ。前世で社畜として死んだ俺への、神様からのボーナスステージだ)

この平穏が永遠に続くと思っていた。

そう、その「封筒」が届くまでは。

コンコン。

「失礼します、旦那様、奥様、リアン様」

オニヒメが銀のトレイを持って入ってきた。その上には、金色のロウで封印された、重厚な羊皮紙の封筒が載っている。

差出人の紋章は、ペンと剣が交差したデザイン――『ルナミス帝国・教育省』のものだ。

「あら、何かしら? 王都からのお手紙?」

マーサが封筒を手に取り、ペーパーナイフで開封する。

アークスも横から覗き込む。

「なんだなんだ? また褒賞か? それとも『太陽芋』の追加注文か?」

「いえ……あら? 『入学許可証』……?」

「にゅうがく?」

その単語を聞いた瞬間、リアンの手が止まった。

嫌な予感がする。背筋に冷たいものが走る感覚。

マーサが手紙を読み上げる。

「『拝啓、アークス・シンフォニア男爵殿。……帝国の未来を担う貴族の子弟に対し、来春より【王立ルナミス学園・初等部】への入学を許可する。対象者:長男リアン・シンフォニア』……ですって!」

「おお! 学園か! 懐かしいなぁ、俺も昔は憧れたもんだ!」

アークスが能天気に笑う。

だが、リアンは笑えなかった。

ティーカップを持つ手がガタガタと震え始める。

「……が、学園? 父上、母上……それって、通い? だよね?」

リアンは縋るような目で尋ねた。

ルナハンから王都までは馬車で数日。通える距離ではない。つまり、もし入学するなら……。

「いいえ、リアン様」

オニヒメが、無慈悲な事実を淡々と告げた。

「ルナミス学園は、帝国の全貴族子女に義務付けられた教育機関。そして、貴族としての自立心と同胞意識を養うため……**『全寮制』**となっております」

ガシャーン!!

リアンの手からティーカップが滑り落ち、床で砕け散った。

「ぜ、全寮制……?」

その言葉は、リアンにとって「監獄」と同義だった。

狭い相部屋。

厳格な門限。

集団生活。

朝の点呼。

不味い食堂飯。

そして何より――プライベート空間と自由時間の消滅。

「い……」

リアンの口から、魂の叫びが漏れ出した。

「嫌だぁぁぁぁぁッ!! 絶対に嫌だぁぁぁ!!」

リアンはソファの上でジタバタと暴れだした。

5歳児の演技ではない。本気マジの拒絶反応だ。

「なんで!? なんで僕が学校なんて行かなきゃいけないの!? 勉強なら家でできるよ! オニヒメ先生がいるもん! 家庭教師ホームスクーリングでいいじゃん!!」

「リアン、なんてことを言うの。お友達がたくさんできるのよ?」

マーサが諭そうとするが、リアンには逆効果だ。

「友達なんていらない! 人間関係とか面倒くさい! 僕はここで、父上のハンコ押しを手伝いながら、お芋を食べて暮らしたいんだよぉぉぉ!!」

「リアン様。往生際が悪うございます」

オニヒメが眼鏡を押し上げ、分厚い『帝国法典』を取り出した。

「帝国法・貴族法第12条。『爵位を持つ家の子女は、満6歳より12歳まで、ルナミス学園にて教育を受ける義務を負う』。……これに例外はありません」

「例外はあるはずだ!」

リアンはソファから飛び降り、法典をひったくった。

高速でページをめくる。

「……あ、あった! 『重篤な病、または身体的な理由により通学が困難な場合は、特例として免除される』! これだ! 父上、僕は明日から『謎の奇病』にかかることにする!」

「縁起でもないこと言わないでリアン!」

アークスに叱られるが、リアンは必死だ。

「オニヒメ! 診断書を偽造してくれ! 金ならある! ニャングルに頼めば医者の買収くらい……」

「無駄です」

オニヒメが冷徹に切り捨てた。

「先日、アウラ皇帝陛下が直々に仰っていたのを覚えておいでですか? 『楽しみな芽が育っておる』と。……陛下は、貴方の入学を楽しみに待っておられます」

「……あ」

「もし、『病気で入学できない』などと報告すれば、陛下は心配して、最高峰の宮廷医師団を派遣されるでしょう。……仮病など、一瞬で見抜かれます」

「…………」

詰んだ。

完全に、詰んだ。

男爵になったこと、皇帝に目をつけられたこと、その全てが裏目に出た。

「そんな……嘘だろ……?」

リアンはその場に膝から崩れ落ちた。

目の前が真っ暗になる。

愛しのマイホーム。快適なトイレ。引きこもり天国。

それら全てとお別れし、規則と規律に縛られた集団生活へ放り込まれる。

「うわあああああん!! 男爵なんてなりたくなかったぁぁぁ!!」

「こらこら、嬉しいのは分かるが、泣くほど感動しなくても」

「あなた、リアンは嬉し泣きしているわけでは……」

アークスの勘違いと、マーサの苦笑い。

そしてオニヒメの「諦めなさい」という視線に見下ろされながら、リアンは床を叩いて慟哭した。

最強の5歳児を倒したのは、魔王でも軍隊でもなく、**「義務教育」**という逃れられない社会システムだった。

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