EP 14
ルナハン騎士団本部、団長室。
重厚な執務机を挟んで、重苦しい空気が漂っていた。
いつもは豪快な笑い声を上げるゼノン騎士団長が、今日は鬼のような形相で、目の前の部下を睨みつけている。
「……クルーガ。貴様と言う奴は……見損なったぞ」
低い声が、部屋の空気を震わせた。
呼び出されたクルーガは、直立不動の姿勢で困惑の表情を浮かべた。
「は? 団長、何の話でありますか? 私は何か不手際を……」
「とぼけるなッ!!」
バンッ!!
ゼノンが机を拳で叩きつけた。山積みになった書類――その全てが、クルーガに対する『苦情状』だった。
「貴族の方々からクレームが入っている! しかも一件や二件ではない! ……酒に溺れ、借金を重ね、挙句の果てにはゴルド商会の若い女店員に乱暴を働いたそうだな!」
「な、何ですと!?」
クルーガは耳を疑った。
酒? 借金? 乱暴? 全て自分の生活とは対極にある単語だ。
「身に覚えがありません! 私は酒も嗜む程度ですし、借金など銅貨一枚たりとも……!」
「五月蝿い! 被害者の女性は、ショックで店を辞めて田舎に帰ったそうだぞ!」
ゼノンの怒号が、クルーガの弁明を掻き消した。
「立場の弱い民を泣かせ、将来ある娘の人生を狂わせるとは……それでも近衛騎士か! 恥を知れ!」
「嘘です! それは何かの間違い……いや、罠です! 誰かが私を陥れようと……!」
「言い訳は見苦しい!!」
ゼノンは立ち上がり、指を突きつけた。
「貴様には『謹慎』を言い渡す! 頭を冷やせ! ……ほとぼりが冷めるまで、辺境の地方警備任務にでも就いてもらうからな。帝都の土を踏めると思うなよ」
「そ、そんな……」
クルーガの顔から血の気が引いた。
近衛騎士としての誇り、積み上げてきたキャリア、その全てが一瞬にして崩れ去った。
「下がれ! 顔も見たくない!」
クルーガはよろめくようにして、団長室を追い出された。
廊下に出たクルーガは、力なく壁に手をついた。
重い扉の向こうからは、まだゼノンの怒りの独り言が漏れ聞こえてくる。
(……罠だ。あまりにも手際が良すぎる)
彼は優秀な捜査官でもあった。冷静になれば、この不自然さに気づく。
根も葉もない噂が、一夜にして貴族の間で既成事実化されている。この情報操作の手腕。
(誰が……。まさか、ゴルド商会のニャングルか? あの男なら、金のために汚れ仕事もやるだろう)
だが、ただの商人が、近衛騎士をここまで追い詰めるリスクを冒すだろうか?
そこにメリットはあるのか?
(……いや。その裏に居る……リアン君か!?)
クルーガの脳裏に、あどけない5歳児の顔が浮かんだ。
戦争の裏側、不審な事件、そして今回の自分の失脚。
自分がリアンに疑惑の目を向け始めた矢先の、このタイミング。
「くっ……!」
クルーガは拳を握りしめ、壁を殴りつけた。
(私は……子供を相手にしていたのか……!)
だが、今の彼には為す術が無かった。
信用は失墜し、権限は剥奪され、地方へ飛ばされる。
真実に気づいた時には、既に盤面から退場させられていたのだ。
その夜。
ゴルド商会ルナハン支店、裏口。
月明かりも届かない路地裏で、二つの影が密会していた。
「へへっ……上手いこと行きましたわ」
ニャングルが下卑た笑い声を漏らす。
「団長室からの怒鳴り声、外まで聞こえましたわ。あの堅物のクルーガはんが、顔面蒼白で出てくる姿……傑作でしたで」
「……そうか」
闇の中から現れたリアンは、表情を変えずに頷いた。
「とりあえず、これで俺への捜査の手は止まる。地方に飛ばされれば、戻ってくる頃には数年が経っているだろう。その頃には、俺の地盤も盤石になっている」
「流石ですわ、リアン坊っちゃん。兵を損なわずして敵将を討つ。これぞ商売の極意」
「……クルーガには悪い事をしたな」
リアンがぽつりと呟いた。
その言葉に、罪悪感の色は薄い。あくまで「事実」としての感想だ。
「心にも無いことを、御代官様」
ニャングルが芝居がかった口調で揶揄する。
リアンはフッと口角を上げた。
「お主も悪よのう、越後屋」
「イヒヒヒッ! 全てはリアン様の世界のためでございますよ」
悪党同士の共犯関係。
有能すぎた騎士は排除され、幼き黒幕と強欲な商人の夜は更けていく。
リアンの平穏な生活は、こうして「大人の解決法」によって守られたのだった。




