EP 9
深夜。
シンフォニア家の屋敷は静寂に包まれていたが、リアンの部屋だけは、音のない悲鳴に満ちていた。
「う、うう……。や、やめろ……」
ベッドの上で、小さな体が何度も跳ねる。
脂汗が額を伝い、シーツを握りしめる指は白くなっていた。
(……『センチネル』……撃て……!)
(……だめだ……壊れた……プラスチックが……!)
(……逃げろ……逃げてくれ……!)
夢の中、スローモーションで再生される光景。
砕け散る玩具のリボルバー。
絶望に歪む母親の顔。
そして、鮮血と共に崩れ落ちる村人たち。
「はっ……!!」
リアンは弾かれたように飛び起きた。
心臓が早鐘を打ち、荒い呼吸が喉を灼く。
視界には、見慣れた平和な子供部屋。だが、リアンの瞳にはまだ、あの燃え盛る村の炎が焼き付いていた。
「はぁ……はぁ……。また……あの夢か」
リアンは震える手で額の汗を拭った。
(……俺は、戦場には行っていない。行ったのは『人形』だ。俺は安全な森の中で、コントローラーを握っていただけだ)
自分に言い聞かせる。だが、魂は騙せない。
トリガーを引いた時の感触。モニター越しに見た命が消える瞬間。そして、自分の手で(人形を介してだが)掘った冷たい土の感触と、遺体の重み。
それらは、「ゲーム感覚」で済ませるにはあまりにも重すぎた。
5歳の肉体に、前世の平和な日本人の精神。
そこに、剥き出しの「戦争の現実」と「殺人の記憶」が突き刺さったのだ。
「……誰にも、言えねぇよな」
リアンは膝を抱えた。
母マーサに言えば、彼女は悲鳴を上げて卒倒するだろう。
父アークスに言えば、彼は一生消えない罪悪感を背負うことになる。
「父さんを守るため」という大義名分があっても、あそこで手を汚し、そして救えなかった事実は、リアン一人が墓場まで持っていくしかない秘密だった。
孤独な闇が、リアンを押しつぶそうとしていた。
布団を被って震えていれば、楽になれるかもしれない。
二度と外に出ず、引きこもっていれば、もう傷つくことはないかもしれない。
だが。
「……けどよぉ」
リアンは顔を上げ、窓から差し込む月明かりを見つめた。
「俺がダメになって部屋で震えてても……世界は待っちゃくれねぇ。放っといたら、また戦争が起きちまう」
リアンの脳裏に、ゼルガル騎士団長への報告内容が蘇る。
『ガルーダ獣人国は日照り続きで、作物が育たない』
『飢餓による食料不足が深刻』
「……あいつらだって、好きで略奪に来たわけじゃねぇ。腹が減って、家族を食わせるために、鬼になったんだ」
戦争の原因は「悪意」だけではない。
その根底にあるのは、もっと原始的な「生存本能」――すなわち「飢餓」だ。
「……食い物が足りないから、奪い合う。なら、奪う必要がないくらい、食い物を溢れさせればいい」
リアンの瞳から、怯えの色が消えていく。
代わりに宿ったのは、冷徹なまでの「解決策」を模索する、元経営者の光だった。
「武器を売るだけじゃ、平和は守れねぇ。……飢餓を解決しねぇと」
リアンはベッドから降り、机に向かった。
震える手でペンを握り、ノートを開く。
そこに書いたのは『新型兵器』の設計図ではない。
『品種改良』
『肥料改革』
『物流革命』
「……やってやる。俺の知識とチート能力で、この世界の『食』の常識をひっくり返してやる」
悪夢は消えないかもしれない。
罪悪感は一生背負うかもしれない。
だが、その痛みを原動力に変えて、幼き勇者は新たな戦い――「貧困と飢餓との戦争」へ挑む決意を固めたのだった。




