EP 5
「ルナミスの奇跡」と後世に語られることになる緒戦の勝利。
それを皮切りに、ルナハン騎士団は破竹の勢いで進撃を続けていた。
ガルーダ獣人国の軍隊は、恐るべき速度で崩壊していた。
指揮官は謎の失踪(胃袋の中)を遂げ、武器はなく、そして兵士たちは原因不明の激しい腹痛と脱水症状に苦しんでいる。
まともに剣を振るえる者など、一人もいなかった。
敗走する獣人兵たちの間で、ある「噂」がまことしやかに囁かれ始めた。
『……これは、人間の仕業じゃない』
『そうだ。あんな正確に司令部と兵站だけを狙えるはずがない』
『まさか……ガルーダ国内の反乱分子の仕業か!?』
『俺たちを売国奴が裏から刺したんだ!』
疑心暗鬼が軍を蝕み、彼らは見えない敵に怯え、戦わずして自壊していった。
しかし――。
ルナハン騎士団の活躍は、広大な戦線の一部でしかない。
帝国全体で見れば、物資は不足し、兵士たちの疲労はピークに達しつつあった。
森の木陰。
リアン(5歳)は、望遠レンズ越しに父親たちの野営地を観察し、眉をひそめた。
「……顔色が悪いな」
レンズの先には、焚き火を囲んで硬い黒パンと、具のない薄い塩スープをすするアークスの姿があった。
連戦連勝とはいえ、補給線は伸びきっている。配給されるのは保存食ばかりで、ビタミンもタンパク質も圧倒的に足りていない。
「父さん達の食事じゃ、栄養が足りない。このままじゃ壊血病になるか、スタミナ切れで死ぬぞ」
軍隊は胃袋で動く。
元経営者であり、料理人でもあったリアンにとって、この劣悪な兵站環境は許しがたいものだった。
「……仕方ない。サポートするか」
リアンは『ネット通販』のウィンドウを開いた。
購入したのは、大量の『ビーフジャーキー(業務用)』、『乾燥野菜ミックス』、『フリーズドライの卵スープの素』。
さらに、栄養価を高めるためにサプリメントを粉末にして混入させる。
「調理開始だ」
リアンは魔法鍋を取り出し、買ってきた食材を加工し始めた。
乾燥野菜と肉を、独自の配合でスパイスと共に煮込み、再び乾燥させる。
お湯さえあれば、いつでも栄養満点のシチューが食べられる「特製インスタントレーション」の完成だ。
「運べ。……誰にも見られるなよ?」
リアンの指令を受け、闇夜に紛れて『センチネル』たちが動き出した。
彼らは小さな身体で重い食料袋を担ぎ、忍びのように騎士団の食料貯蔵庫へと潜入する。
見張りが欠伸をした一瞬の隙に、袋を積み上げ、颯爽と撤収した。
翌朝。
「……なんだこれは?」
食料庫の点検に来たアークスが、目を丸くした。
昨日までは空っぽに近かった棚に、見慣れない密封された袋が山のように積まれている。
袋からは、食欲をそそるスパイシーな香りが漂っていた。
「なんで……こんなに食料が有るんだ? 発注ミスか? それとも補給部隊が夜のうちに来たのか?」
アークスが首を傾げていると、ゼノン騎士団長がやってきた。
彼もまた、その山を見て驚いたが、すぐにニカっと豪快に笑った。
「ガハハハ! 気にするなアークス!」
「しかし団長、記録にない物資です。毒の可能性も……」
「毒見は済ませたが、とんでもなく美味かったぞ! 精力がみなぎる味だ!」
ゼノンはアークスの背中をバンと叩いた。
「我等が連戦連勝の大活躍をしているからな! きっと本国からの『ご褒美』だろうさ! 粋な計らいをするじゃないか、上層部も!」
「ご褒美……ですか。確かに、この素晴らしい味と栄養価……皇室御用達と言われても信じてしまいますね」
アークスも、そう解釈することにした。
まさか、5歳の息子が森の中で夜なべして作った手料理だとは、夢にも思わないだろう。
「よし! 野郎共! 今日はご馳走だ! 腹いっぱい食って、次の戦いに備えろ!」
『ウオオオオオッ!!』
騎士たちの歓声が上がる。
具沢山のスープと肉の味は、彼らの心と体に活力を蘇らせた。
その様子を遠くから見つめ、リアンは野菜ジュースを飲み干した。
「……ふん。単純な大人たちだ」
口元に微かな笑みを浮かべる。
「しっかり食って、しっかり働けよ。……俺の平穏な生活を取り戻すためにな」
影の兵站将校リアンのサポートにより、ルナハン騎士団は「謎のスタミナと士気の高さ」を誇る最強の部隊へと変貌していくのだった。




