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EP 8

公園のベンチ。

柔らかな日差しの中で、マーサは無防備な寝息を立てていた。

その隣、高級乳母車の中で、赤ん坊のリアンは鋭い眼光を放っていた。

(センチネル……アレだ。アレを持ってくるんだ)

リアンの視線の先、魔力の糸で繋がれた胡桃割り人形『センチネル』が、草むらを匍匐前進していた。

その途中、広場の方から子供たちの甲高い声が聞こえてくる。

「いけぇ! 僕の騎士人形!」

「負けるもんか! クラッシュしてやる!」

数人の少年たちが、地面に置いた30センチほどの人形に向かって手をかざし、拙い魔力を送っている。

ルナミス帝国で大流行中のホビー、『マグナギア』だ。

(ほう……あれがマグナギアか。人形同士で戦わせてるのか?)

リアンはセンチネルの動きを一瞬止め、観察した。

子供たちの魔力操作は雑で、人形はガクガクとぎこちなく剣を振っているだけだ。

(動きに無駄が多い。重心移動もなってない。……ふん、あんなレベルで喜んでるのか。俺が参戦したら、秒で全員の小遣いを巻き上げられるな)

リアンはニヤリと笑ったが、すぐに真顔に戻った。

(面白そうだが……今はこっちが本命だ。軍資金がなきゃ、賭けにも参加できねぇ)

センチネルは子供たちの死角を突き、ベンチの下や噴水の縁を捜索する。

そして、キラリと光るものを発見した。

銅貨だ。

子供が夢中になって遊んでいる最中に落としたのか、それとも酔っ払いが落としたのか。

泥にまみれた銅貨が3枚。

センチネルは周囲を警戒し、誰も見ていないことを確認すると、ササッ! と銅貨を回収。自身の制服のポケット(飾りではなく、本当に物が入れられるようにリアンが魔力で少し広げた)にねじ込んだ。

(よし、確保完了。……帰ってこい、センチネル)

センチネルは音もなく乳母車に戻り、元の「ただの人形」のポーズで座り込んだ。

完全犯罪成立だ。

「……んっ、はっ!?」

直後、マーサが跳ね起きた。

「あら、やだわ! 私ったら寝ちゃって! もうこんな時間!? 夕飯の支度もしなきゃいけないのに!」

マーサは慌てて時計を確認し、乳母車のグリップを掴んだ。

「ごめんねリアンちゃん、急いで帰るわよ!」

「キャッキャ!!(おうよ! 飛ばせ母ちゃん! 早く帰って収支確認だ!)」

その夜。シンフォニア家の子供部屋。

両親が寝静まった深夜、リアンは行動を開始した。

(センチネル、成果物を出せ)

人形がポケットから、泥を拭き取った3枚の銅貨を取り出す。

リアンはその銅貨をじっと見つめ、そして念じた。

(出ろ、ネット通販!)

空中に青白いウィンドウが浮かぶ。

リアンはセンチネルに指示し、銅貨を画面の前に掲げさせた。

(チャージ!)

シュンッ……

リアンが念じた瞬間、銅貨が光の粒子となって分解され、画面の中に吸い込まれていく。

そして、右上の残高表示が切り替わった。

【残高:300円】

(やった……! 300円か!)

たかが300円。されど300円。

銀座のレストランならコーヒー一杯も飲めない金額だが、今のリアンにとっては「地球とのパイプが開通した」ことを意味する歴史的な瞬間だった。

(無駄遣いはできねぇ。だが、本当に購入できるか、物理的な転送が可能か試さねぇとな)

リアンはセンチネルを操り、画面をスクロールさせる。

300円で買えて、かつ今の状況で最も有用なもの。

(駄菓子……じゃない。洗剤……でもない。……これだ)

彼が選んだのは、『100円ショップの万能ナイフ(果物ナイフ)』。

ステンレス製、刃渡り10センチ。プラスチックの鞘付き。

消費税込みで110円。送料はプライム会員(女神特典)につき無料。

(ポチッとな)

購入ボタンを押した直後。

ポンッという軽い音と共に、目の前に小さな茶色の小包が現れた。

(来た……! 現代日本の物流、恐るべし!)

センチネルに小包を開封させる。

中から出てきたのは、チープだが鋭い輝きを放つ、新品のナイフだった。

(よし……。アナステシアの鉄より、不純物が少なくて切れ味がいいかもしれん)

リアンはそのナイフと、センチネルを見比べた。

(これを改造して……『薙刀なぎなた』にするか)

センチネルの手には、今は飾りの木剣しか握られていない。

だが、このナイフの柄を長い棒(例えば壊れたおもちゃのパーツなど)に固定すれば、リーチの長い強力な武器になる。

(センチネルの武装強化だ。これで野良猫やカラスくらいなら撃退できる)

リアンは満足げに頷くと、センチネルに指示を出した。

(隠せ。母さんに見つかったら没収される)

センチネルはクローゼットの下の隙間に潜り込み、ナイフを奥深くへと隠した。

(ふふふ……。第一段階クリアだ。次はもっと稼いで、調味料……いや、コーヒーだ)

暗闇の中で、赤ん坊と人形が交わす無言の祝杯。

これが、後の世に語り継がれる「伝説の勇者(兼シェフ)」の、最初の一歩であった。

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