EP 2
ルナミス騎士団の野営地から数キロ離れた、深く暗い森の中。
獣の遠吠えが聞こえる静寂な闇に、一本の巨大な古木がそびえ立っていた。その太い枝の上に、小さな影があった。
「……ここなら、魔物も騎士団も見つけられないだろう」
リアン(5歳)は、枝のくぼみに身を潜め、安堵の息をついた。
リュックから携帯端末(のような通販カタログ)を取り出し、手早く夕食を調達する。
「購入」
シュンッ。
手元に現れたのは、味気ないパッケージの『高タンパクプロテインバー(チョコ味)』と『野菜ジュース』。
温かい湯気もなければ、家庭の匂いもしない。
「やれやれ……。母さんの作った特製ホワイトシチューが恋しいところだが、贅沢は言ってられないな」
ガリッ。
硬いバーをかじり、野菜ジュースで流し込む。
これは食事ではない。生存と戦闘のための燃料補給だ。冷たい風が頬を打つが、リアンの瞳に迷いはない。
その時、耳に装着したイヤホンからノイズ混じりの声が聞こえてきた。
父のリュックに仕込んだ盗聴器からの音声だ。
『……ゼノン騎士団長。見張りの配置、完了しました』
『うむ。ご苦労』
懐かしい父の声と、上司のゼノンの声。
リアンは咀嚼を止め、ボリュームを上げた。
『我々の任務を確認する。明日、この街道を通ってルナミス帝国領へ侵攻しようとする「ガルーダ獣人兵」の先遣隊を迎え撃つ』
ゼノンの声には緊張が滲んでいる。
『アークス。貴様ならどう見る?』
『は。……この先の細道、「狼の喉元」と呼ばれる谷から進軍してくると思われます。大軍を展開できない地形です』
『うむ。私もそう思う。我々はそこの出口で待ち伏せをし、一気に叩く』
『分かりました。部隊を二手に分け、高所からの奇襲を……』
作戦会議は続く。
リアンはプロテインバーの最後の一欠片を飲み込み、冷徹に分析した。
(そうか、明日か……。待ち伏せ作戦は悪くない。だが、相手は身体能力に優れた獣人だ。接近戦になれば、こちらの騎士団にも必ず被害が出る。父さんが怪我をする確率もゼロじゃない)
リアンは空になったジュースのパックを握りつぶした。
(確率は、俺が排除する。獣人兵達は前線基地(FOB)から来るはずだ。……そこを叩いて、補給と指揮系統を混乱させれば、明日の進軍どころじゃなくなる)
リアンは木にもたれかかり、深く目を閉じた。
意識を深く沈め、手元の玩具たちへとリンクを繋ぐ。
「……接続」
カッ!
リアンの視界が切り替わった。
彼が見ているのは、もはや人間の目ではない。無機質なカメラアイが捉える、ナイトビジョン(暗視)の世界。
足元には、『シンフォニア小隊』が整列している。
指揮官機『センチネル』。狙撃手『弓丸』。重装甲『騎士丸』。
そして、大量の『ミニ丸(麻酔針装備)』と、使い捨てリボルバーの山。
『……総員、搭乗せよ』
センチネル(リアンの意識)が号令を発する。
小隊は無言で、大型輸送機『竜丸』のコンテナへと乗り込んでいく。
ミニ丸たちは竜丸の腹部の格納庫へ。リボルバーはネットで固定される。
『竜丸、発進!』
バサァッ!!
竜丸が翼を広げ、枝を蹴った。
静音仕様の翼は、夜の闇に溶け込むように羽ばたき、高度を上げていく。
目指すは国境付近、ガルーダ獣人国の前線基地。
5歳児が操る「おもちゃの兵隊」による、誰にも知られない夜襲作戦が幕を開けた。




