EP 13
帝都ルナミス、全帝国マグナギア闘技場。
その熱狂は、スタジアムの石積みの壁をも震わせるほどに達していた。
「お待たせ致しました! ついにこの刻がやって参りました!」
審判の絶叫が、静寂を切り裂く。
「決勝戦を行います! ルナハンが生んだ異端の天才、リアン・シンフォニア選手! 対! 帝都が誇る黄金の麒麟児、クラウス・アルヴィン選手ぅぅぅ!!」
ワアアアアアアアアッ!!
割れんばかりの歓声の中、対極的な二人の少年がフィールドの両端に立った。
貴族の誇りを体現したような、凛々しい立ち姿のクラウス。
ポケットに手を突っ込み、どこか冷めた目で会場を見渡すリアン。
「ようやくか……。貴様との対戦は」
クラウスが静かに闘志を燃やす。
その瞳は、眼前の敵以外を映していない。
「そのようですね。……まあ、ここまで長かったような、短かったような」
リアンは肩をすくめた。その態度は、まるで散歩のついでといった風情だ。
「減らず口を……。僕が、その捻くれた性根ごと、貴様を倒してみせよう。正々堂々とな」
「出来たら良いですね。……出来れば、ね」
リアンはニヤリと口角を上げた。その笑みに、クラウスは微かな違和感を覚える。
(……何か企んでいるな)
「フィールド生成! テーマは……『雪山』!!」
審判の宣言と共に、会場の空気が急激に冷え込む。
平坦だった床が隆起し、雪に覆われた岩山が出現。
さらに、フィールドの半分には鬱蒼とした針葉樹林が形成され、視界を遮る猛吹雪のエフェクトまでが再現された。
「……雪山か。足場が悪い」
クラウスは眉をひそめたが、すぐに気を取り直して愛機『聖竜騎士ジークフリート』をセットした。
どんな環境であろうと、王者の走りは揺るがない。
「(……最高の舞台だ)」
対するリアンは、心の中でガッツポーズをした。
視界不良、障害物、高低差。
スナイパーである『弓丸』にとって、これ以上の狩場はない。
「決勝戦! レディー……試合開始!!」
「行くぞ! リアン・シンフォニア! 決着だ!」
開始の合図と同時、クラウスの指が疾走する。
「ジークフリート」がブースターを全開にし、雪煙を巻き上げて突進した。
最短距離。最速の踏み込み。一撃で勝負を決める気だ。
「来な! クラウス・アルヴィン!」
リアンが叫ぶ。
受けて立つか――と思われた瞬間。
ザッ!!
「……は?」
観客が呆気にとられた。
リアンの『弓丸』は、ジークフリートに背を向け、全速力で「逃げ出した」のだ。
「な、なに!? 逃げるのか!?」
クラウスが激昂する。
決勝戦の舞台で、刃を交えることもなく背走するとは。
「待て! 卑怯者め! それでも騎士の端くれか!」
ジークフリートは速度を上げ、雪山を駆け上がる弓丸を追撃する。
だが、弓丸の目指す先は頂上ではない。深く暗い、針葉樹の森だ。
(……逃げる? 違うな)
リアンの目は、冷徹な計算で満ちていた。
雪深い平地で、重量級かつ高出力のランス使いとまともにやり合えば、軽量級の弓使いなど一瞬でスクラップだ。
勝機は「地形」にある。
弓丸が森の入口に差し掛かる。
ジークフリートの槍先が、あと数メートルまで迫る。
「捉えたぞ!」
「……甘い」
リアンが指を弾く。
弓丸のバックパックから、シュルルッ! と射出音が響いた。
飛び出したのは『鉤爪付きロープ(グラップリング・フック)』。
カォンッ!
鉤爪が高い木の太い枝に食い込む。
次の瞬間、巻き取り機構が唸りを上げた。
キュイィィィン!!
「なっ!?」
クラウスの目の前で、弓丸の姿が「消えた」。
いや、頭上へ飛び去ったのだ。
ワイヤーアクションによって一気に垂直上昇した弓丸は、雪を被った高い枝の上に着地した。
「見失った!? ……いや、上か!」
ジークフリートが急停止し、槍を構えて上空を警戒する。
だが、深い森と吹雪が視界を遮り、どこに潜んでいるか判別できない。
遥か頭上。
木の枝に身を潜めた弓丸のカメラアイを通して、リアンは雪上の青い騎士を見下ろしていた。
「さぁて……。クラウス坊ちゃんよ」
リアンは楽しげに、コントローラーのトリガーに指をかけた。
そこは、一方的に獲物を狙える絶対的な安地(安全地帯)。
「ここからは『騎士の決闘』じゃない。……『化かしあい(ゲリラ戦)』の始まりだ」
吹雪の中に、弓丸が静かに矢をつがえる音が響いた。




