EP 7
生後数ヶ月。
ついに、リアン・シンフォニアの「お外デビュー」の日がやってきた。
「さぁ、リアンちゃん。今日はお外に出ましょうね~」
マーサは上機嫌で、特注の乳母車にリアンを乗せた。
クッション性の高いサスペンションに、日差しを遮る天蓋。元A級冒険者の財力で作られたこの乳母車は、リアンにとっては「高級オープンカー」だ。
その横には、護衛役(?)として、胡桃割り人形の『センチネル』もしっかりと座らせられている。
(ふむ……これが『公園デビュー』という奴か)
リアンは揺れる車内から、ルナハンの街並みを観察した。
活気のある声、石造りの建物、行き交う冒険者たち。
だが、元三つ星シェフの嗅覚が、ある一点に反応した。
(ん……? この甘酸っぱい香りは……果物か? 柑橘系の、いい匂いだ)
視線の先には、屋台が並ぶ大通り。
その一角で、串に刺さった赤い果実がキラキラと輝いている。
(食べてみたい……! 母乳とドラゴンミルク以外の味を知るチャンスだ!)
リアンは瞬時に計算した。
どうすれば母親にこれを買わせるか。
答えは一つ。
「おぎゃあっ! おぎゃあっ!!(あれだ! あの美味そうなのを寄越せ!)」
リアンは屋台を指差しながら、力の限り泣き叫んだ。
「まぁまぁ、どうしたのリアンちゃん? ……あら、果実飴が食べたいの? 目ざといわねぇ」
マーサはクスクスと笑いながら、屋台に近づいた。
さすがは母親、赤ん坊の要求を的確に察知するスキルが高い。
「おじさん、一つ頂戴。……はい、リアンちゃん。まだ歯が生えてないから、ペロペロするだけよ?」
差し出されたのは、林檎飴のような見た目の「木苺飴」だった。
リアンは小さな両手でその棒を掴み、慎重に舌を這わせた。
(……ペロッ)
瞬間、脳内厨房で解析が走る。
(成る程……。カリッとした砂糖の結晶じゃない。粘度が高い。これは……果汁を煮詰めた蜜か、あるいは樹液系のシロップだな)
地球のような精製された白砂糖は、この世界では貴重品なのだろう。
だが、その分、素材本来の酸味と、蜜の野性味あふれる甘さが絶妙にマッチしている。
(悪くない。いや、むしろ美味い。素材の味を殺していない。この世界の菓子文化、ポテンシャルはあるぞ……!)
「美味しい? リアンちゃん」
マーサが覗き込むと、リアンは満面の笑みを浮かべた。
「キャッキャ!!(あんがとよ! 母ちゃん!)」
「うふふ、良かったわねぇ」
買い食いを終えた二人は、街の中央にある公園へとやってきた。
芝生が広がり、噴水の周りでは子供たちが走り回っている。
マーサは木陰のベンチを見つけると、乳母車を停めて腰を下ろした。
「ふぅ……いい天気ねぇ」
柔らかな木漏れ日と、心地よい風。
そして何より、リアンへの過剰な「聖育」と家事で、マーサには疲労が溜まっていたのだろう。
S級冒険者といえど、育児の疲れは別物だ。
「……スー……スー……」
数分もしないうちに、マーサの首がカックンと傾き、寝息が聞こえ始めた。
平和なルナハンの公園、しかも元A級としての気配察知があるからこその、無防備なうたた寝だ。
(お休み、母ちゃん。……ゆっくり寝ててくれ)
リアンは心の中で感謝しつつ、ギラリと目を光らせた。
チャンスだ。
この隙に、やらなければならないことがある。
(センチネル、起動!)
リアンの魔力が糸のように伸び、隣に座っていた木製の人形に接続される。
カシャン……
センチネルが音もなく立ち上がった。
リアンは乳母車の中から、センチネルの視界を通して周囲を見渡す。
(俺の本体は動けないが、こいつなら動ける。この公園……子供が多いな)
子供が多いということは、アレがある可能性が高い。
リアンはずっと狙っていたのだ。
「ネット通販」を使うための、最初の一歩となる資金を。
(行け、センチネル。ミッション・スタートだ。目標……『子供が落とした銅貨』の捜索!)
センチネルは乳母車を軽やかに飛び降りると、誰にも見つからないよう草むらの中へと姿を消した。
元三つ星シェフによる、仁義なき「お小遣い稼ぎ」が始まったのである。




