EP 11
控室へと続く薄暗い通路。
初戦を「酒瓶クラッシュ」という型破りな戦法で制したリアンが、あくびをしながら歩いていると、その行く手を遮るように一人の少年が立っていた。
「……リアン・シンフォニアとか言ったな」
黄金の髪、蒼穹の瞳。
アルヴィン侯爵家の神童、クラウスだ。
その視線は、汚物を見るかのように冷ややかだった。
「おや。ようやく俺の名前を覚えてくれましたか、次期侯爵様」
リアンは悪びれもせず、ニヤリと笑った。
「茶化すな。……さっきの戦いはなんだ? 網で動きを封じ、酒瓶を落とすなど……あのような卑劣な戦いをして、貴様には騎士道は無いのか?」
クラウスの声には、本物の怒りが滲んでいた。
彼にとってマグナギアとは、技術と精神を競う神聖な決闘だ。それを泥遊びのように汚されたことが我慢ならないのだ。
「騎士道ねぇ……」
リアンは肩をすくめた。
「生憎ですが、俺は騎士の家の生まれですが、まだ4歳でしてね。パパから『騎士道』ってやつは教わってなくてですね」
「……!」
「教わったのは、『泥をすすってでも勝て』ってことだけなんで」
リアンは「へいへい」と手を振って、クラウスの横を通り過ぎようとする。
「……ぬかすな」
クラウスが低い声で呟いた。
「僕が、本当の戦いを見せてやる。正義と技術が、小手先の卑怯な真似を凌駕することを証明してやる」
「へいへい。期待してますよ」
リアンは振り返らずに手を振った。
その背中を見送ったクラウスは、マントを翻し、光の溢れる舞台へと向かった。
「第二試合! 優勝候補筆頭、クラウス選手! 対! 荒くれファイター、ルーカス選手!」
ワアアアアアッ!!
先ほどとは比べ物にならない黄色い歓声が会場を揺らす。
対戦相手のルーカスは、厳つい顔をした少年だ。
「けっ! 坊ちゃんだか、なんだか知らねぇが! 俺の『レッドオーガ』が負けるかよ!」
ルーカスがセットしたのは、全身を赤く塗装し、トゲ付きの金棒を持たせた重量級の鬼型機体。
「審判、フィールド生成! テーマは……『川辺』!」
会場の床が波打ち、サラサラと流れる川と、足場の悪い砂利、そして大きな岩が点在するフィールドが形成された。
(足場が悪い……。重量級には不利だが、それは繊細な機体にも言えることだ)
クラウスは静かに愛機『聖竜騎士ジークフリート』をセットした。
「レディー……ファイト!!」
「いけええ! オーガ! 叩き潰せ!」
ルーカスの咆哮と共に、レッドオーガが水しぶきを上げて突進する。
単純だが、重い。
「……遅い」
クラウスが呟く。
レッドオーガが巨大な金棒を振り下ろした。岩をも砕く一撃。
だが、ジークフリートは一歩も動かない。
カァンッ!
硬質な音が響いた。
ジークフリートが持つ『魔槍グラム』の柄と、左腕の『竜鱗の盾』が、完璧な角度で金棒を受け流していた。
衝撃を殺し、力を逃がす。達人の「パリィ」だ。
「なっ!? ビクともしねぇ!?」
「力任せに振るうだけの剣など、剣術とは呼ばない」
クラウスの冷徹な言葉に、ルーカスが焦る。
「ひ、ひい! ま、負けるかよ!」
ルーカスは、先ほどのリアンの試合を思い出していた。
『そうだ、綺麗に戦う必要はねぇ!』
「くらえっ!」
レッドオーガが金棒を地面に叩きつけた。
バシャッ! ジャララッ!
川辺の濡れた砂利と泥水が、散弾のようにジークフリートの顔面へと跳ね飛ばされた。
目潰しだ。
観客席からブーイングが起きる。
「……笑止」
だが、クラウスは眉一つ動かさなかった。
ジークフリートは視界を奪われるどころか、飛んでくる砂利の隙間を見切ったかのように、槍を一閃させて水を払った。
「つ、つまらん……。貴様もあの『卑劣な男』の同類か」
クラウスの瞳が、サファイアのような冷たさで光った。
「フィニッシュだ」
クラウスの指が、目にも止まらぬ速さでコマンドを入力する。
ジークフリートの背中のスラスターが展開し、青白い光を噴射した。
「必殺! 『竜穿・一閃』!!」
ズドンッ!!
爆発的な加速。
砂利を巻き上げ、川を切り裂き、ジークフリートが一条の青い雷となって直進した。
「あ……」
ルーカスが声を上げる暇もなかった。
ガギンッ!!
すれ違いざまの一撃。
レッドオーガの胴体に風穴が開き、その巨体が宙を舞った。
そのまま川の中へとボチャンと落下し、機能停止の煙を上げる。
「く、クラッシュ!! 勝者! クラウス選手ぅぅぅ!!」
圧倒的。
小細工など通用しない、純粋な「強さ」の暴力。
「……ふん」
クラウスは泥一つついていない愛機を回収し、観客席のリアンを一瞥した。
『見たか。これが王道だ』と言わんばかりに。
観客席のリアンは、頬杖をつきながらそれを見ていた。
(……へぇ。砂利の目潰しを目視で回避どころか、ブースターの加速に乗せてカウンターを決めたか。……こりゃあ、ただのお坊ちゃんじゃねぇな)
リアンの目が、獲物を狙う狩人のそれに変わった。
(面白くなってきたじゃねぇか。あの『王道』を、どうやって泥沼に引きずり込んでやろうか)
対極に位置する二人の天才。
決勝での激突は、もはや避けられない運命となっていた。




