EP 9
馬車に揺られること数日。
リアン(4歳)とシンフォニア一家は、ついにルナミス帝国の心臓部、帝都ルナミスへと到着した。
石造りの巨大な城壁を抜けると、そこにはルナハンとは比較にならないほどの大都会が広がっていた。
行き交う馬車の数、石畳に響く蹄の音、そして活気に満ちた人々の熱気。
「まぁ……。流石、帝都なだけ有るわ。人がいっぱい。冒険者時代以来ね、来るのは」
窓の外を眺めながら、マーサが懐かしそうに目を細めた。
かつて「殲滅の魔女」としてこの都を歩いた記憶が蘇っているのだろう。
「そうだな。このひりつく空気、悪くない……」
アークスが武人の顔つきになり、通り沿いにある巨大な建物――『冒険者ギルド総本部』をギラついた目で見つめた。
「駄目よ? 貴方。今日はリアンの為に、わざわざ帝都まで来たのだから。昔の仲間に喧嘩を売りに行ったりしないでね?」
マーサが釘を刺す。
「分かってるって。愛しの我が子の晴れ舞台だ。……だが、少し腕が鳴るな」
苦笑する父を見ながら、リアンは冷めた目で街を観察していた。
(……人が多いってことは、金が動いているってことだ。そして、権謀術数も渦巻いている。4歳児が迷い込むには少し危険な匂いがするな)
その夜、一家は闘技場近くの宿屋に宿泊した。
夕食に出されたのは、帝都名物『ピラダイの香草焼き』だ。
「いただきます!」
リアンはフォークを手に取り、皿の上の魚を観察した。
見た目は獰猛なピラニアそのものだが、身は白く輝いている。
(ふむふむ……。このピラダイの香草焼きは中々美味い。見た目はグロテスクだが、味は高級魚の鯛以上に繊細で、脂が乗っている)
リアンは一口食べ、元シェフとしての分析を開始した。
(ただ焼くだけじゃ能がないな。俺が手を加えるとしたら……一度炙って臭みを完全に消してから、アラで濃厚な出汁を取って……透明な極上のスープ(潮汁)仕立てにするのも悪くない。あるいは、アクアパッツァか……)
「リアン? 美味しい?」
「うん! 美味しいよママ!」
中身はおっさんのグルメ評論家だが、表面上は無邪気に振る舞い、明日の決戦に備えて栄養を蓄えた。
翌朝。
雲ひとつない快晴の下、リアン達は『全帝国マグナギア闘技場』へと向かった。
巨大なコロシアムの周りには、既に長蛇の列が出来ている。
その時だった。
群衆を割るように、一台の豪華絢爛な馬車が滑り込んできた。
漆塗りの車体には、黄金で獅子の紋章が描かれている。
「……ッ! あの紋章は……アルヴィン侯爵家!?」
アークスの顔色が変わり、サッとその場に膝をついた。
マーサとオニヒメもそれに続く。
周囲の民衆も、波が引くように道を開け、頭を垂れた。
(……貴族のお出ましか)
リアンも空気を読んで、ちょこんと頭を下げた。
馬車の扉が開き、中から一人の少年が降り立った。
煌めく金髪に、サファイアのような瞳。
仕立ての良い服に身を包んだその少年は、4歳にして既に王者の風格を漂わせていた。
「ここが、僕が優勝し、陛下からお言葉を拝命する舞台か」
少年――クラウス・アルヴィンは、コロシアムを見上げ、当然の未来を語るように呟いた。
「その通りです、お坊ちゃま。この会場の全てが、貴方様の引き立て役となるでしょう」
執事のアインシュが恭しく答える。
クラウスはふと視線を巡らせ、最前列にいたリアンで止まった。
正確には、リアンが抱えていた『弓丸』に目が釘付けになったのだ。
「ん? ……君のそれ」
クラウスが歩み寄ってくる。
「え? ……弓丸の事か?」
リアンは思わずタメ口で返してしまった。
「これ! 貴様! 坊ちゃまに無礼な口を……!」
アインシュが色めき立つが、クラウスは片手でそれを制した。
「構わないよ、アインシュ。……君も大会に参加するのか? 面白い機体だね。市販品じゃない、独自の改造が施されている」
クラウスの目は、弓丸の重心バランスや関節の構造を一瞬で見抜いていた。
「だけど……僕と対戦したら、その機体は壊れるから。泣かないようにね」
それは嫌味ではなく、純粋な忠告だった。
絶対的な強者としての、慈悲。
だが、それがリアンの癇に障った。
(……このボンボン、言ってくれるじゃねぇか)
リアンはニヤリと笑い、挑発的な視線を返した。
「その言葉、そのままお返ししますよ」
「……ッ! リアン!!」
アークスが青ざめて叫ぶ。侯爵家の子息に対して、なんという暴言。不敬罪で斬られても文句は言えない。
一瞬、空気が凍りついた。
だが、クラウスは怒るどころか、楽しそうに笑い声を上げた。
「ハッハッハ! ……いい目だ。庶民にしては骨がある」
クラウスはリアンに背を向け、アインシュを連れて会場へと歩き出した。
「楽しみだ。決勝で会おう、名も無き少年」
「……へっ。名前くらい覚えてから帰れっての」
リアンは舌を出した。
運命のライバルとの遭遇。
金貨100枚を巡る戦いは、波乱の幕開けを迎えた。




