EP 5
地獄のルーティンが始まって数日が過ぎた。
リアン(4歳)の日常は、ブラック企業も裸足で逃げ出す「デスマーチ」と化していた。
早朝4時。
まだ星が出ている中、アークスに叩き起こされ、近所の裏山(標高高め)へ連行される。
「足腰の鍛錬だ!」と言いながら山頂までダッシュし、酸素が薄い中で素振りと弓の稽古。
昼食という名の燃料補給を挟み、午後はマーサの魔法地獄。
一瞬でも気を抜けば頭上の本が落ち、母の冷たい笑顔が飛んでくる。脳味噌が沸騰するほどの集中力を強要される。
そして夜。
オニヒメによる関節技のフルコースと、眠い目をこすりながらの兵法講義。
「……あかん。このままでは死ぬ。物理的に潰れる」
深夜2時。
ベビーベッドの上で、リアンは震える手で『ネット通販』のウィンドウを開いた。
4歳児の回復力とポテンシャルをもってしても、この運動量はキャパシティを超えている。筋肉痛で全身が悲鳴を上げ、成長痛も併発しそうだ。
「せ、せめて栄養だけは取らないと……。筋肉の分解を防がないと……!」
リアンは、もはや味や楽しみなど二の次で、生存に必要なアイテムをカートに放り込んだ。
* 『ホエイプロテイン(チョコ味・3kg)』
* 『マルチビタミン&ミネラル(徳用)』
* 『BCAA・クエン酸配合(疲労回復系粉末)』
* 『スポーツドリンクの粉末(箱買い)』
「購入……!」
シュンッ。
枕元に現れた現代の「ドーピングアイテム」たち。
リアンは慣れた手付きでシェイカーに水と粉末を入れ、防音結界(布団を被る)の中で激しく振った。
シャカシャカシャカシャカ……!
「……うぐっ、ぷはぁ!」
一気に飲み干す。
五臓六腑にタンパク質とアミノ酸が染み渡る。
さらに、サプリメントを水で流し込む。
「……よし。これで明日の朝までは保つ」
リアンは空になったシェイカーとボトルを『魔法ポーチ』の奥底、誰も見ないような場所に隠した。
そして、翌日のトレーニング用に、スポーツドリンクを作って水筒に入れた。
翌日、山の中腹。
「はぁ……はぁ……」
リアンは岩陰に隠れ、水筒のスポーツドリンクを煽った。
電解質と糖分が、枯渇したスタミナを急速チャージする。
「よし……動ける!」
現代スポーツ科学の結晶は伊達ではない。
足の重みが消え、視界がクリアになる。
「どうしたリアン! 遅れているぞ!」
「今いくよ、父さん!」
リアンは駆け出した。
本来ならへばっているはずの時間帯に、驚異的な粘りを見せる息子。
その姿を、アークスは驚愕と歓喜の入り混じった目で見つめていた。
その夜、シンフォニア家のリビングにて。
リアンが泥のように眠りについた後、大人たちによる「緊急家族会議(査定会)」が開かれていた。
「……うむ。流石は俺の息子だ」
アークスが腕を組み、満足げに頷く。
「あの過酷な山岳トレーニングの後でも、息が上がっていない。回復力が異常に早いんだ。俺の予想を遥かに超えて、指導についてきている」
「えぇ、そうですわね」
マーサも紅茶を飲みながら同意する。
「魔法の集中力も切れません。普通の子なら10分で知恵熱を出すところを、数時間も維持しています。……底が見えませんわ」
「えぇ。夜の座学でも、私の関節技を受けても、翌日にはケロリとしています」
オニヒメが眼鏡を光らせ、手元のデータ(観察日記)を閉じた。
「結論として、リアン様のポテンシャルは、現在のカリキュラムに対して『余裕がありすぎる』と判断できます」
3人の視線が交差する。
そこにあるのは、息子の才能への信頼と、さらなる高みへの渇望。
「つまり……」
「もっともっと、リアンを鍛えられるわね」
「はい。負荷を現在の1.5倍……いえ、2倍に引き上げましょう。それが彼のためです」
「よし! 決定だ! 明日は重り(ウェイト)をつけて山登りだ!」
翌朝。
「……ひいいいいいい!!」
リュックに石を詰められ、笑顔の父に追い回されるリアンの悲鳴が山に木霊した。
「なんで!? なんで昨日よりキツくなってるのぉぉぉ!?」
プロテインとサプリによるドーピングが、「無限のスタミナ」と勘違いされ、さらなる地獄を招いてしまったのだ。
自業自得でありながら、あまりにも理不尽なスパルタの連鎖。
リアンが本当の意味で「最強」になる日は近いが、その前に筋肉と精神が崩壊しないか、それは神のみぞ知る世界であった。




