EP 4
豪勢な夕食が終わり、リアン(4歳)は膨れたお腹をさすりながら、ようやく訪れた休息の時間を噛み締めていた。
午前は筋肉痛必至の剣術と弓術、午後は神経をすり減らす魔法の瞑想。
そして夜。
ようやくフカフカのベッドで眠れる……そう思っていた。
「さて、リアン様」
食器を片付け終えたオニヒメが、冷徹な光を眼鏡の奥に宿して立っていた。
その手には、デザートではなく、タオルと道着が握られている。
「腹ごなしも済んだ頃でしょう。私と組み手をしましょう。『鬼人流格闘術』の初歩を教えて差し上げます」
「……う、うん」
リアンは引きつった笑顔で頷いた。
拒否権はない。彼女は最強のメイドであり、我が家の裏番長だ。
(鬼人流……。名前からしてヤバそうだが、要するに『CQC(近接格闘術)』か)
武器を失った際、あるいは武器を使えない狭い室内で、素手で相手を制圧・殺傷する技術。
スパイ映画や特殊部隊でお馴染みのあれだ。
「では、参ります」
オニヒメが音もなく間合いを詰める。
速い。
リアンが反応する前に、視界がぐるりと回転した。
「ぐふっ!?」
受け身を取る暇もなく、畳の上に転がされる。
痛みはない。絶妙な力加減だ。だが、完全に自由を奪われている。
「力で勝とうとしてはいけません。相手の力を利用し、関節を極め、重心を崩すのです」
「は、はい……!」
(なるほど……。合気道やジュードーに近い。これは護身用に使えるな)
そこから1時間。
リアンは投げられ、捻られ、締め上げられながら、身体の使い道を叩き込まれた。
「ぜぇ……、ぜぇ……」
汗だくになったリアンが床に大の字になる。
もう指一本動かせない。これでようやく眠れる……。
「お疲れ様でした。シャワーを浴びてスッキリしましたね」
オニヒメは涼しい顔で、分厚い本を机に積み上げた。
ドサッ、という重い音が響く。
「その後は『座学』です」
「……へ?」
「個の武勇だけでは、人の上に立つことはできません。身体を鍛えるだけではなく、兵の動かし方、補給線の確保、地形の利用……すなわち『将としての采配』を学んでいただきます」
オニヒメが指示棒で黒板(いつの間にか設置されていた)を叩く。
「……将?」
リアンは聞き返した。
俺は冒険者か、あるいは裏稼業の武器商人になる予定なのだが。軍人になるつもりはない。
「えぇ。リアン様はアークス様の跡取りですから」
オニヒメは当然のことのように言った。
「将来、騎士団を率いるにせよ、領地を持つにせよ、今のうちから兵法のイロハを覚えて頂かねば困ります」
「……」
リアンは積み上げられた兵法書を見た。
『孫子』とか『クラウゼヴィッツ』みたいな難解なタイトルが並んでいる。
「あ、ありがとう、オニヒメ……」
リアンは乾いた声で礼を言った。
(……俺、4歳児だよ? まだオムツが取れて数年のガキに、軍隊の指揮を教えるのか?)
だが、ふとリアンは思い直した。
(待てよ。……『兵の動かし方』は『組織論』。『補給線』は『物流管理』。これ、前世の経営学と通じるものがあるな)
シンフォニア小隊(センチネル達)を効率よく動かし、喰丸などのリソースを管理し、対クルーガ戦などの作戦を立案する。
これはまさに「軍師」の仕事だ。
「……分かった。やるよ、オニヒメ」
リアンは机に向かい、本を開いた。
「おぉ……! その目、素晴らしいですリアン様!」
オニヒメが感極まったように手を組む。
「では、今夜は『包囲殲滅戦の基礎』について、朝まで徹底的に語り合いましょう」
「……朝まで?」
「はい。寝る間を惜しんで学ぶ、それもまた修行です」
スパルタ教育の夜は長い。
最強の4歳児リアン・シンフォニアの頭脳と肉体は、こうして常識外れの速度で完成されていくのだった。




