表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/75

EP 3

満腹の幸福感も束の間、リアン(4歳)を待っていたのは、母マーサによる「賢者育成プログラム」の開幕だった。

静寂に包まれた書斎。

リアンは床に敷かれたクッションの上で、小さくあぐら(座禅)をかいていた。

その頭上には、辞書のように分厚く、ずっしりと重い魔導書が一冊、危うげなバランスで載せられている。

「さぁ、リアン。背筋を伸ばして。呼吸を整え、心を無になさい」

マーサが優雅に扇子を揺らしながら、リアンの周囲をゆっくりと歩く。

その足音は一切しない。元S級冒険者の魔法使い、その実力の片鱗だ。

「本を落としたら、最初からやり直しです。時間は30分。……動いてはいけませんよ?」

「う、うん……」

リアンは微動だにせず答えたが、内心では脂汗を流していた。

(……本が、重いんだけど。漬物石かよ、これ)

午前中の剣術と弓術で酷使した筋肉が、プルプルと痙攣しそうになる。

だが、少しでも姿勢が崩れれば、頭上の本がバランスを崩し、マーサの「はい、やり直し(ニッコリ)」という死刑宣告が下るのだ。

「いいですか、リアン。魔法とは、単なるエネルギーの放出ではありません」

マーサの講義が始まる。

「正しき姿勢、正しい心構え、そして正しい呼吸……。それらが整った時、魔力は貴方の内側から無理なく、泉のように自然と溢れてきます」

彼女は窓から差し込む光に手をかざした。

「そうすれば、世界に満ちる火の神、水の神、地の神、風の神……彼らが貴方を『友』と認め、喜んで力を貸してくれるのです」

精霊や神との対話。感覚的で、どこか宗教的な教えだ。

普通の4歳児なら「神様とお友達になるの?」と無邪気に聞くところだろう。

だが、リアン(元シェフ兼経営者)の脳内変換は違っていた。

(……要するに、『基本ベーシック』の徹底か)

リアンは静かに目を閉じ、呼吸を深くした。

(料理学校でも、散々同じ事を言われたな。『包丁の持ち方、立ち方が悪い奴は、最高の料理を作れない』と)

雑な姿勢は、雑な仕事を生む。

焦った心は、味のブレに繋がる。

食材(精霊)の声を聞き、そのポテンシャルを最大限に引き出すには、料理人(術者)自身が「器」として完成されていなければならない。

(なるほどな。魔法も料理も、突き詰めれば『下準備プレップ』が全てってことか)

リアンの中で、何かが腑に落ちた。

「神様」という曖昧な概念が、「調理すべき最高の食材」という具体的なイメージに置き換わる。

スゥ……ッ。

リアンの呼吸が変わった。

無駄な力みが消え、体幹が一本の柱のように安定する。

すると、どうだろう。

重かったはずの本が、体の一部になったかのように軽く感じられ始めた。

「……あら?」

マーサが足を止めた。

息子の周囲を漂う魔力の質が、急激に澄み渡っていくのを感じ取ったからだ。

ノイズが消え、純粋な魔力が静かに循環し始めている。

「(まだ教え始めたばかりだというのに……この子は、もう『瞑想ゾーン』に入ったのですか?)」

マーサは驚き、そして嬉しそうに微笑んだ。

「素晴らしいわ、リアン。……どうやら、貴方は神様に愛される素質があるようね」

「……」

リアンは答えない。答えると本が落ちるからだ。

だが、その心の中では、冷静に次のステップを分析していた。

(姿勢はクリアした。次は、この溢れてくる魔力をどう『調理』するかだ……。火加減(出力調整)はどうやるんだ?)

剣と弓に続き、魔法という新たな「調理器具」を手に入れたリアン。

スパルタ教育の初日は、意外にも彼の職人気質に火をつける結果となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ