EP 2
剣術の素振りを終え、心地よい疲労感が腕に残る中、アークスが納屋から新たな武器を持ち出してきた。
「よし、次は弓だ」
渡されたのは、子供の体格に合わせて作られた特注のショートボウ。
だが、作りは本物だ。しなやかな木の材質、張り詰めた弦のテンション。
「……!」
リアン(4歳)の目が輝いた。
震える手でその弓を受け取ると、愛おしそうに木の感触を確かめ、頬ずりをした。
(やった! 久しぶりの弓だぜ! 前世の高校・大学と弓道部で鳴らした俺の、一番得意な武器! まさかまた弓を引ける日が来るとは……!)
木剣は不慣れだったが、弓は魂に刻み込まれている。
弦の匂い、木の温もり。全てが懐かしい。
「ん? お前、そんなに弓が好きなのか?」
アークスが息子の異様な食いつきに目を丸くする。
「まぁね! なんか、とっても落ち着くんだ!」
リアンは満面の笑みで答えた。
嘘ではない。精神統一が必要な弓は、彼の性格に合っていた。
「ははは、そうかそうか。……だが、弓は剣よりも難しいぞ。筋力だけでなく、風を読む感覚と集中力が必要だ」
アークスは庭の遥か彼方を指差した。
「目標物は、あの木の幹に吊るした的だ。距離は100メートル」
「……100メートル」
通常の4歳児なら、矢を届かせることすら不可能な距離だ。
アークスも、まずは「矢を前に飛ばすこと」から教えるつもりだったのだろう。
「うん、やってみる」
しかし、リアンは迷いなく頷いた。
彼はスッと足を広げ、的に対して体を横に向ける。
(足踏み、胴造り……)
無意識のうちに、前世で叩き込まれた「射法八節」の構えを取っていた。
呼吸を整える。
世界が静止し、風の音が消える。
意識が拡大し、100メートル先の的が、まるで目の前にあるかのようにズームアップされる。
(……風は微風、右から左へ。重力を計算して仰角を修正)
リアンは弦を引き絞った。
ギリリリ……と、小さなショートボウが限界までしなる。
4歳児の腕力ではない。魔力強化を、筋肉の繊維一本一本に微細に行き渡らせているのだ。
(射つ!)
指先から弦が離れる。
ヒュンッ!!
矢は一直線に空を切り裂いた。
放物線を描くことすらなく、レーザーのような弾道で庭を駆け抜ける。
ドスッ!!
乾いた音が響いた。
100メートル先の的。そのど真ん中、黒点の中央に、矢が深々と突き刺さっていた。
「な……!?」
アークスが口を開けたまま固まった。
まぐれ? いや、今の構え、残心。
完全に達人のそれだった。
「何!? い、一回で的を……!? しかも中心!?」
アークスが慌てて的まで走り、確認して戻ってくる。
「父さんの教え方が良いからだよ! 構え方、見てた通りにやっただけだもん!」
リアンは無邪気に笑ってみせたが、内心ではガッツポーズをしていた。
(くぅぅ……楽しい! 楽しいぜ! 自分の指先で放った矢が、狙い通りに吸い込まれるこの感覚! センチネルの自動照準もいいが、やっぱ自分の腕で当てるのは格別だ!)
「す、素晴らしい……! まさか、弓の才能がここまでとは……! 流石は俺の息子だ!」
アークスはリアンを抱き上げ、高い高いをした。
「剣聖であり、弓聖にもなれる逸材かもしれん! よーし、今日はご馳走だ!」
「ありがとう、父さん!」
空高く持ち上げられながら、リアンは冷徹な目で的を見下ろしていた。
(だが……こんな物じゃ満足出来ない。的は止まってくれているからな)
リアンの脳裏に、森を疾走する魔物や、物陰から襲い来る暗殺者の姿が浮かぶ。
(実戦の敵は動く。雨も降れば、夜の闇もある。……あらゆる環境下で、動く標的を百発百中で撃ち抜く。その為の特訓が必要だ)
「父さん! もう一回! 今度はもっと難しいのがいい!」
「ははは! 望むところだ!」
天才アーチャーの覚醒に、アークスは親バカ全開で応える。
だが彼はまだ知らない。
この可愛い息子が、将来、数キロ先から敵将の眉間を射抜く「見えざる死神」として恐れられることになる未来を。




