EP 15
シンフォニア家のダイニングは、甘い香りと祝祭の空気に包まれていた。
テーブルの中央には、オニヒメが腕によりをかけた特大のバースデーケーキが鎮座している。真っ白なクリームに彩られたその頂きには、「4」の形をしたロウソクが立てられるのを待っていた。
「わぁぁ……! 美味しそう!」
客人――というより、もはや半住人化しているハイエルフの幼女・ルナが、目をキラキラさせて身を乗り出す。
「ふふ、ルナちゃんの分もちゃんとあるからね」
「わぁーい! マーサおば様大好き!」
和やかな光景だ。
だが、次の瞬間、その平和は崩壊の危機に瀕した。
「よし! ロウソクを立てるぞぉ。リアンもついに4歳か!」
アークスが感慨深げにロウソクをケーキに刺す。
「あ! 私、火をつけようか?」
ルナが善意100%で提案し、その小さな手に、森をも焼き尽くす『紅蓮の劫火』の魔力を収束させ始めた。
「だ、大丈夫です! マッチがありますので!」
オニヒメが顔面蒼白で叫び、神速の動きでマッチを擦った。
シュボッ。
小さな、安全な火がロウソクに灯る。
(……危ねぇ。ルナが火をつけたら、それはロウソクじゃなくて導火線だ。家ごと火事になるどころか、ルナハンが地図から消えて更地になるわ)
リアン(4歳)は冷や汗を拭いながら、主役席で安堵した。
相変わらず、この幼女は歩く核弾頭だ。
「さぁ、リアン。願いを込めて吹き消して」
「うん!」
リアンは大きく息を吸い込み、4本の炎を吹き消した。
パチパチパチ、と拍手が沸き起こる。
「お誕生日おめでとう! リアン君!」
「おめでとう、リアン」
「おめでとうございます、坊っちゃん」
「ありがとう!」
満面の笑みで答えるリアン。
無事に4歳になれた。ネット通販もバレていない。上出来だ。
だが、本当の試練はここからだった。
アークスが真剣な表情で、リアンの肩に手を置いた。
「よし! 4歳になったからには、男として強くならねばな。明日から、剣に、槍に、体術……徹底的に鍛えるからな! リアン!」
「……え?」
「特に『弓』だ! 遠距離攻撃は戦場の要だからな!」
その単語に、リアンの目が輝いた。
前世、高校・大学と弓道部に所属し、精神統一と狙撃の美学に魅せられていたリアン。
この世界に来てからも『弓丸』を使役していたが、自分自身の肉体で弓を引ける日を待っていたのだ。
「やったぁぁぁ!!」
リアンはガッツポーズをした。
(弓だよ! 弓! やっと堂々と弓道が出来る! 基礎から徹底的に練習して、スナイパーとしての腕を磨いてやるぜ!)
「ははは! そうかそうか! やはり俺の息子だ、やる気満々だな!」
アークスが喜ぶ中、冷ややかな声が水を差した。
「あらぁ……貴方? 脳筋教育ばっかりじゃ困るわよ?」
マーサが優雅に、しかし背後に幻影のドラゴンが見えるような圧で微笑んだ。
「リアンは私の息子でもあるのよ? 魔法を教えなくちゃ。魔力制御、属性魔法、古代語詠唱……私が徹底的に叩き込んで、立派な『賢者』にします」
「む……し、しかしだなマーサ。男の子は体が資本で……」
「あら? 魔法が使えない騎士なんて、今の時代流行りませんわよ?」
両親の教育方針バトルが勃発しかけたその時。
最強の調停者(管理官)が手帳を開いた。
「まぁまぁ、お二人共。喧嘩はいけません」
オニヒメが眼鏡をクイッと押し上げた。
「私が、最も効率的なカリキュラムを組みます。午前は旦那様の剣術と体術、午後は奥様の魔術講義。そして早朝と夜間は私が座学とマナー、暗器の扱いを教えます」
オニヒメはニッコリと笑った。
「剣士にも、賢者にもなれる、最高の育成計画を立てますので。ご安心を」
「……わ、わぁ~い……」
リアンの顔から表情が消えた。
早朝から夜間まで?
(……俺、休む時間あんの? 昼寝は? ネット通販のカタログを見る時間は? センチネルのメンテナンスは!?)
4歳にして、ブラック企業も真っ青な過密スケジュールの幕開けだった。
「楽しみだね★ リアン君!」
事情をよく分かっていないルナが、ケーキを頬張りながら無邪気に笑う。
「リアン君が強くなったら、私といーっぱい遊べるね! 遠くの森まで冒険に行こうね!」
「う、うん……」
リアンは遠い目をした。
(話聞いてたのかよ……。遊ぶ時間なんて1秒もないじゃん。……これから始まるのは、地獄のトレーニングだ)
「やったぁぁ!」
ルナの歓声と、両親の期待、オニヒメの冷徹な眼鏡の光。
それらに囲まれながら、リアンは覚悟を決めた。
この修行を乗り越えなければ、最強の「裏の支配者」にはなれない、と。
キャンドルの煙が消えていく。
それは、リアンの平穏な幼児生活の終わりを告げる狼煙のようだった。
第四章 「3歳児の勇者」 完




