EP 13
シンフォニア家の子供部屋。
外の世界では「災害級のエルフ」と「正体不明の暗殺者」である二人の3歳児が、ベビーサークルの中で向かい合っていた。
「ねぇねぇ、リアン君! おままごとしよう!」
ルナが目を輝かせて提案する。
リアンは即座に首を横に振った。
「人形の? やだよ。また、俺の弓丸を泥人形とチューさせる気だろ? あの後、泥を落として関節を洗浄するのがどれだけ大変だったか……」
「むぅ……。違うもん! 今日は泥んこ遊びじゃないもん!」
ルナは頬を膨らませて抗議する。
「リアン君のその黒いお人形さん達でするから、良いでしょ?」
「……俺の『シンフォニア小隊』を使うのか?」
リアンは眉をひそめた。
これらは高度な工学と魔導技術の結晶だ。幼児の乱暴な扱いに耐えられるか……いや、強度は問題ないが、プライドが許さない。
「う~ん……」
「お願い! リアン君のお人形、かっこよくて大好きなの!」
ルナの上目遣い攻撃。
さらに、窓の外では庭の木々がザワザワと不穏な音を立て始めている。『ヒメノ、オネガイヲ、キケ……』という脅迫だ。
「……分かったよ。特別だぞ」
リアンは溜息をつき、手元にあった『弓丸』をルナに渡した。
「ありがとう、リアン君! わーい!」
ルナは嬉しそうに弓丸を受け取り、高い高いをする。
だが、顔に近づけた瞬間、ルナの動きがピタリと止まった。
「……あれ?」
ルナは鼻をヒクヒクさせた。
「この弓丸ちゃん……なんか、変な匂いがするよ?」
「え?」
リアンの心臓が跳ね上がった。
「前はこんなんじゃ無かったのに……。なんか、焦げたような、ツーンとする匂い」
「変な匂い? ……(まさか、硝煙の事か!?)」
リアンは冷や汗を流した。
昨夜のリザードマン討伐戦。玩具のリボルバーとはいえ、実弾を撃てば硝煙が出る。
掃除屋『喰丸』に現場の痕跡は食べさせたが、発砲した当事者である弓丸のボディや、内部機構に染み付いた火薬の粒子までは、完全には除去できていなかったのだ。
(マズい……! あの鼻の利くクルーガ捜査官なら、この微かな残留粒子を嗅ぎつけて『この人形が火薬兵器を使用した』と断定しかねない!)
リアンが言い訳を考えようとした、その時だった。
「んー! こんなくちゃいのは嫌いっ★」
ルナは不満げに言うと、傍らに置いてあった『世界樹の杖』を手に取った。
長さが身長ほどもある、捻じれた巨木の杖。
それを無造作に、弓丸へと向ける。
「綺麗になぁれ! キラキラ~☆」
ファアァァァ……ッ!
杖の先端から、瑞々しい新緑の光が溢れ出し、弓丸を包み込んだ。
それは、世界樹の森の最奥にしか存在しない、絶対的な「浄化」の光。
光が収まると、そこには新品同様……いや、製造直後よりも清浄なオーラを纏った弓丸があった。
「うん! これで臭くない! 森の香りがするよ。綺麗きれい!」
ルナは満足げに弓丸をスリスリする。
「ま、まじかよ……」
リアンは唖然とした。
恐る恐る弓丸に近づき、匂いを嗅ぐ。
あの独特な鉄と火薬の臭いが、完全に消滅していた。それどころか、マイナスイオンのような爽やかな香りがする。
(硝煙反応が……消えた! 科学的な洗浄でも除去しきれない微粒子を、概念ごと浄化しやがった!)
これは、使える。
リアンは瞬時に計算した。
クルーガの捜査から逃れるための、最後の、そして最強の手段がここにある。
「ちょ、ちょっと待ってて! ルナ!」
リアンはベッドの下に隠していた玩具箱をひっくり返した。
中から、指揮官機『センチネル』、支援機『騎士丸』、そして輸送機『竜丸』を引っ張り出す。
こいつらも皆、昨夜の作戦で硝煙や油の臭いが染み付いている「容疑者」たちだ。
「これも! これも汚いからさぁ! さっきのをやってくれ!」
リアンは必死に人形たちを差し出した。
「おままごと……いや、人形遊びには清潔さが必要だろ? な? 頼むよ!」
「えー? しょうがないなぁ☆」
ルナはニッコリと笑った。
「やったぁ! リアン君とお人形遊び、いーっぱい出来る!」
ルナは再び世界樹の杖を高々と掲げた。
「みんな纏めて、綺麗になぁ~れ☆」
カッ!!
部屋の中が聖なる光に包まれる。
本来なら、呪われた装備すら解呪できるほどの高位魔法が、ただの「おもちゃの洗濯」に使われる贅沢さ。
光が晴れた時、シンフォニア小隊は一切の「硝煙」「油汚れ」「罪の証拠」を洗い流され、神聖な輝きを放っていた。
「ありがとうな、ルナ! お前は最高の友達だ!」
リアンは心からの感謝を伝えた。
これで、あの黒豹野郎にいつ踏み込まれても、鼻先で笑ってやれる。
ここにあるのは、ただの「少し香りの良いお人形」だけだ。
「さぁ、人形遊びしような! 何でも付き合うぞ!」
「わぁ~い! じゃあねぇ、センチネル君は『生き別れのパパ』役ね! で、竜丸君は『意地悪な継母』役!」
「(設定が重いな……)」
「(よし! これで証拠は消えた! 万が一クルーガに嗅がれたら、どうしようかと思ってたんだ)」
リアンは安堵のため息をつきながら、世界最強の浄化装置との、終わりの見えないドロドロ愛憎劇ごっこに身を投じるのだった。




